W・Escape(後編)
初めはファーライアとK助の二人が主役だったのですが、なんとなくK助が主人公になってしまった感じです。
2497年4月3日
イン・ファン山脈麓、トリンクル国内にて
ガサッ、ガサガサ・・・・・・・・・
「ぷはー・・・やっと茂みを抜けたみたいね。」
茂みから顔を出しているのはファーライアである。
ガサガサ・・・・・
ファーライアが茂みから抜け出すと、K助とビスケットも続けて出てくる。
「さて、そろそろ森を抜けても良い頃なんだがな。」
ビスケットのその言葉に、ファーライアは目を細めてバルムークの方であろう方角を凝視した。
木々の間から、僅かではあるが草原が見える。
「丘が見える、きっと森を抜けられたんだわ。
もうすぐバルムークよ!」
ファーライアは嬉しそうに駆け出した。
「止まれ!」
ビスケットが叫ぶとファーライアが何事かと振りかえる。
その後ろにダーザインが音も無く現れる。
K助はファーライアの手を引き、自分と位置を入れ換えると同時にダーザインに切りつけた。
ダーザインは大きく跳び退きそれをかわす。
3人の注意がダーザインに集中した瞬間、ビスケットは違和感を感じた。
フッ・・
視界の隅で何かが動いたような気がする。
ヒュッ!
ビスケットは襲って来た物を排除するために、アタックシールドを飛ばした。
ギ・・・ザシュッ!
一瞬攻めぎあったかと思うと、相殺して消えた。
千切れた細い糸状のものが辺りに散乱する。
ザ・・・ザザザザザ・・・・・・
幾つものパーツに切り裂かれた周辺の木々が倒れ、視界をふさぐ。
ビスケットは右手を、右斜め後方に向けた。
すると、ビスケットの手の先で何かが光って消えた。
それも一つや二つではない。
連続して5つか6つだ。
「出てきやがれ。」
言って、ビスケットはそのまま右手で何かを防ぎながら、左手を水平に振った。
ズッッッ・・・・・
ビスケットたちを中心にして、圧倒的な衝撃波が吹き抜けた。
近くにいたダーザインはもろに衝撃波を浴び、塵と消えていく。
吹き荒れる嵐に、ファーライアもK助も地面に伏せたまま起き上がる事が出来ない。
暫くして衝撃波が収まると、そこは周りの木々が吹き飛び、直径数十Mはあろうかという円形の開けた場所が出来ていた。
「な、なに?!」
ファーライアは顔を上げ、乱れた髪を撫で付けると、周りの惨状に息を呑んだ。
ファーライアは現状を把握できずにパニくってしまっていた。
そこにビスケットが静かな口調で声をかけた。
「先に町へ行け。」
ビスケットの口調があまりにも周りの様子とかけ離れていたため、呆然としているファーライアにはその言葉が聞こえていなかった。
その時、3人がいるところから少し離れた地点で、薙ぎ倒された木々を押しのけ、立ちあがった者達がいた。
レジィとヒートである。
二人は立ちあがると、ずれたサングラスを直し、服の埃を払う。
「行け!K助。」
K助はビスケットの言葉に瞬時に反応し、まだぼうっとしているファーライアの手を引くと、強引に引っ張っていった。
「ちょっ・・・待ってよ。
まだビスケットちゃんが・・・」
K助は一度足を止め、振り返った。
「そう、奴の名はビスケット。
パブロダール四大魔法士の一人、ビスケットだ。」
「えっ・・・」
「パブロダール四大魔法士。
クライファート・ヴェル、アオイ・レンカノン、ヤヒロ・クェックトーレス、そしてビスケット。
聞いたことくらいはあるだろう。」
ファーライアは信じられないと言った顔をしている。
K助は有無を言わせずたたみ掛ける。
「俺達がいたんじゃ、あいつの足手まといになっちまう。
行くぞ。」
K助は、それでもビスケットの方を気にしているファーライアを無視して、町へと引っ張っていった。
レジィとヒートは、走って行く二人をただ見ていた。
「あの二人、どうしよっか?」
レジィがたいして気にしてないような調子で、ヒートに尋ねる。
「ダーザインの奴がどうにかするだろ。
元々、あっちは奴の任務だ。
そこまで面倒見きれん。」
二人とも、目はビスケットを見据えている。
「そうね、どっちにしろ向こうまで手回らないし。」
「行くぞっ!」
ヒートの掛け声を合図に二人は散会して、ビスケットに襲いかかった。
同日
バルームーク内、港にて
ファーライアとK助は倉庫が立ち並ぶ中を慎重に進んでいた。
二人は一度も立ち止まることなく街中を走りすぎ、まっすぐ港へと入ったのだ。
バルムークは僻地とは言え、一応国際港なので大きな倉庫が立ち並んでいた。
その倉庫に隠れる様に進んでいく。
倉庫街の端まで来て、船が見える位置まで来ると、二人は一度足を止めた。
「パブロダール行きの船を捜さなきゃな。
ビスケットの奴がここを目指してたって事は、迎えの船があるはずだ。」
「なら、帆の無い船を捜して。」
「帆が無い?」
「ビスケットちゃん・・・様、が乗るって事は王国所有の船って事でしょ。
パブロダールの船は特殊でね、魔法で帆を張って進むの。
どう言う原理かは知らないけど、風が無くても進むらしいわよ。」
「は~、そりゃ便利なこった。
帆が無い船だな。
急ごう、いつ追っ手が来るか分からない。
早いとこかくまってもらおう。」
「うん。」
二人は辺りに気を配り、そっと倉庫の影から出た。
が、その時K助は何かを感じた。
感じたと言うか、勘のような物だ。
気付いたときにはファーライアを抱えて、横っ飛びに飛んでいた。
一瞬前まで二人のいたところに、直径10cm程度の円盤状のものが突き刺さっていた。
K助はベルトを引き抜くと、続けて飛んできた円盤を弾いた。
そして、ファーライアを引きずって倉庫の影に飛び込んだ。
近くに立つ倉庫の上からダーザインが降りてくる。
「よく分かりましたね。」
「やっぱ生きてやがったか。」
ファーライアを後ろにかばいながら言う。
「今度はそう簡単には倒せませんよ。」
(逃げろ。)
K助が背中でファーライアを押しながら小声で言った。
(いや。)
(・・・死ぬかもしれないぜ。)
(死ぬのはあいつよ。)
(・・・ふっ、良い返事だ。)
K助が一歩前に出る。
「作戦会議は終わりましたか?」
「ああ。」
「では、精一杯抵抗して見せなさい。」
言うが早いか、円盤が飛んでくる。
K助はそれを叩き落すと間合いを詰め、剣を振るった。
ダーザインは左手にナイフを握ると、K助の剣を受けた。
そして、右手で再び円盤を投げてきた。
至近距離のためK助も円盤を完全にかわすことは出来ない。
また、ダーザインもK助の激しい攻撃を全て受けることは出来なかった。
K助は間合いを開けてしまうとダーザインペースになることは分かっていたので、逃げられない様に絶えず攻撃をしつづけた。
二人とも、あっという間に全身に大小の傷が走り、血だらけになっていった。
その時・・・・・
「K助ー!」
突然ファーライアが大声を上げる。
何故か?その答えは足元にあった。
二人の足元では魔法紋様が淡い光を放っていた。
K助は腰の後ろの所に挟んであったナイフを取り出した。
ナイフも魔法紋様と同じ色に光っている。
ダーザインが下がろうとしたので、K助は剣をダーザインに向かって投げた。
剣は虚しく弾かれたが、ダーザインの足を止めることに成功する。
K助はそのままダーザインに向かって突っ込んでいった。
ダーザインは有らん限りの円盤を投げてK助を威嚇する。
しかし、構わず突っ込んでいった。
K助は上着を脱ぐとそれで円盤を叩き落とした。
が、全て叩き落すことは出来ず、一本が肩に刺さった。
痛みに顔をゆがませても、K助の勢いは衰えず、ダーザインの間合いまで入ると、その胸にナイフを突き立てた。
その瞬間、魔法紋様の輝きが増し、視界を焼き尽くすほどの電光が迸った。
電光は一度拡散した後、ダーザインの胸に突き立ったナイフに向かって集約すると、一本の太い光の柱となって突き抜けた。
K助は余波に吹き飛ばされ地面へと転がった。
そして、ダーザインはと言えば、一瞬で黒炭の彫像と化していた。
「見たかチョビ髭め。」
K助は肩を押さえうずくまったままだ。
ファーライアが走り寄って来る。
「大丈夫?」
心配そうにのぞき込んでくる。
「なんとかな。」
K助は無理に笑って見せた。
ファーライアはそんな痩せ我慢を見ぬいているのか、無言で手当てをはじめた。
「私の魔法じゃ傷をふさぐくらいしか出来ないから無理はしないでね。」
「俺は傭兵だぜ、少し位無理しなきゃ飯が食えない。」
「それなら・・・」
「なんだ、終わったのか?」
ファーライアが口を開きかけたときに、後ろから声がかけられた。
そこに立っていたのはビスケットだった。
「B/Mは?」
治療の終わったK助が尋ねる。
「逃げられた。」
「さすがだな。」
「あの・・・」
ファーライアが控えめに話し掛けてくる。
「パブロダール四大魔法士の御一人、ビスケット様ですね。
私、リーヴス第一王女ファーライア・ディル・エイク・フォン・リーヴスと申します。
貴国へ亡命させて頂きたいのです。
御同乗させては頂けませんでしょうか?」
ファーライアはひざを折って頭を垂れている。
ビスケットの返事を待っているのだ。
ポリ・ポリ・・・・・
ビスケットは頭を掻いて、困った顔をしている。
「俺は堅っ苦しいことは嫌いなんだ、これからも今まで通り頼むよ。」
言って、ファーライアの肩に手を置く。
「じゃぁ・・・」
「いいよ。
ウチは、自由の国だ。
悪い奴じゃなけりゃ、どんな奴でも歓迎するよ。
困ってるならなおさらだ。」
ファーライアはビスケットをかかえ上げると、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがと。
あなたが一緒だと心強いわ。」
「行こう。
向こうに船を待たせてある。」
ファーライアは頷いてビスケットを下ろした。
「それじゃ、俺はもう行くな。」
K助は少し焦げた上着を肩にかけて、立っていた。
「行くの?」
「ああ、働かなきゃ食えないからな。」
「なら、私と一緒に来ない?」
「は?」
「特別行く所は無いんでしょう。
だったら、私と一緒にパブロダールへ行きましょ。」
「いいのか?」
「良いに決まってるじゃない。嫌なの?」
「・・・・・そう・・・だな、一緒に行く?かな。」
K助の顔は何故か晴れ晴れとしたものだった。
「そうと決まれば、善は急げだ。船は何処だよ?」
「ついて来い。」
ビスケットは二人を案内する形で歩いていき、一際大きな船へと乗り込んでいった。
Ending
風が頬に当たり流れていく。
春先になり、ようやく風も暖かくなってきている。
船は先ほど出向した。
これで、もう追っ手は来ないだろう。
K助の心は軽かった。
こんな気分は久しぶりだ。
「自由の国か・・・悪くないな・・・」
船縁に座りこんで呟くK助の目線の先では、ファーライアがビスケットと話し込んでいる。
「悪くない・・・・・」
K助は目を閉じ、全身を襲う倦怠感に身を任せる。
(久しぶりに良い夢が見られそうだ・・・・・)