番外編 【見てきた者達】
番外編 【見てきた者達】
満月が真上まで昇っている。街は静まりかえり、人の気配は家の奥へと消え去っている。
綺麗な店が建ち並ぶ街の中で一際小さい、かなり年季の入った店がある。
看板は無いので何の店だかは定かではない。
その店の前──三段ほどの小さな階段に人影があった。
人影は何をするわけでもなく、ただそこに座り月を見上げている。
その人は黒い髪を腰まで伸ばし、白いシャツと黒いスーツのズボンを適度に崩して身に纏っていた。その格好から男性だと分かるが、一見女性にも見えなくない、中性的な顔立ちをしていた。歳は25ほどだろうが、10代や30代だと言われても不思議に感じないようで、実際の年齢をその容姿からは計り知れなかった。
不意に店の中から1人の老人が現れた。老人は持っていたランプの明かりを消し、月明かりに照らされている人影に近付き、声をかけた。
「どうしたんじゃ、時雨。こんな時間に客でも来るかいのう?」
しわがれた老人の声は聞き取りづらかったが、その青年には届いたようだった。
時雨と呼ばれた青年は老人を振り返り、ふっと微笑んだ。
「いいえ。そういう訳じゃありませんよ、京葉。ただ私は──」
「あぁ、月を見とったんじゃな」
京葉と呼ばれた老人は時雨の言葉を遮って言った。
「ええ」
「そういえば今日は奴の・・・啓の命日じゃったな」
「・・・ええ」
京葉は時雨の隣に腰掛けるとゆっくりと話だした。
「啓が死んで、もう何年になるかのう?」
「もう、50年になります」
「もうそんなになるのか・・・」
それきり二人は黙り込んだ。
「あそこの坊主はどうしてるかのぅ。皐月を置きに来てから一度も顔を見せんのぅ」
しばらくして先に口を開いたのは京葉だった。
「坊主?・・・あぁ、怜さん・・・でしたか。怜さんがどうかしたんですか?」
「うむ。こないだ、要の所の孫娘が来たじゃろう」
「ええ。雫さんもずいぶん大きくなられましたね」
「あの娘、あの館の場所を知りたいと言ってきおった」
「『人形館』について雫さんが?それで、教えたんですか?」
時雨は少し驚いたような顔をして聞き返した。
「あぁ。どうしても行きたいと言うんで、道を教えてやった」
京葉は大したことではない、という口調で答えた。
それを聞いて、時雨はまったく、と言った表情をしたものの、すぐに真顔に戻る。
「雫さんは・・・人形師になりたいんでしょうか」
「そうじゃろうなぁ。要の跡を継ぐんだと張り切っておったしのぅ。帰って来ない所を見ると、うまく弟子入りでもしたんじゃないかの」
時雨が真面目に聞いていても、京葉は飄々とした態度を崩すことはない。
「雫さんは、私や皐月をまだ人間だと思っているのでしょうか」
「そうじゃのう。おそらく、人形だとは気付いてないのだろう」
「要さんの家系は何かと『人形館』の人形師達との関わりがありますねぇ」
時雨は呆れたような、感心したような調子で呟いた。
「うむ。要は啓へ、孫の陵と雫は怜へ弟子入りした。繋がりの深い連中じゃ」
「雫さんは、大丈夫でしょうか・・・」
「あの娘は言い出したら聞かん。何を言っても無駄じゃ。意外と根性も度胸もある。大丈夫じゃろう」
「そう、ですか」
時雨は安心したように肩の力を抜いた。
「しかし・・・あの一族の──坊主の真実を知って、あの娘はどうするのか・・・」
ぼそっと京葉は呟いた。この小さな呟きを時雨は聞き逃さなかった。
「真実・・・?どういう──」
「お父さん!兄さん!」
時雨の言葉を遮り、店の中から少女の声がした。
時雨と京葉が振り返るとそこには青いワンピースを着た、16・17歳程の少女が仁王立ちで二人を睨んでいた。時雨と同じ黒い髪を肩のあたりで切りそろえ、同じように端正な顔立ちをしていた。
「皐月」
京葉が少女の名を口にした。
「お父さんは早く寝なさい!明日もお仕事あるんだから!兄さんもお父さんをこんな時間まで付き合せないでよね!」
「皐月、わかったから。部屋を暖めてておくれ」
京葉は渋々、店の中へと戻っていく。
ふと、店への入り口で立ち止まると、まだ階段の下にいた時雨を振り返った。
「ほら、早くおいで。時雨」
京葉の優しい声音と表情を見て、時雨も微笑み返した。
「今行きますよ──父さん」
満月は西の空に消え、東の空はうっすらと明るくなり始めている。
また、いつもの朝がやってくる。
fin.
DMの二つ目の番外編になります。
今回は本編の第1話でちょろっと出てきた情報屋の老人と人形達のお話です。登場人物をいっぺんに出しすぎました。判りづらい所もあったと思うので、まとめておきます。
啓…怜の師匠です。
要…雫の祖父で京葉とは親友だったり。
陵…雫の兄です。雫が15の時に他界しています。
時雨(人形)…京葉の元息子です。作者は啓です。
皐月(人形)…京葉の元娘です。作者は怜です。
その他、不明な点は後々書いていこうと思います。
最後に読んでくださった方、有難うございます。




