表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第6話 真実【参】

 

 第6話 真実【参】


 朝日の下 真実は

 その姿を露わにする──


§§§


 「とりあえず座るといい。長い話になる」

 怜はそういうと机をはさんで向かいにある椅子を指した。

 私は言うとおり椅子に座り、怜の顔を真正面から見た。とてつもない威圧感があったが何故か目を逸らしてはいけないと思ったのだ。といっても怜の目は前髪のせいで見ることは出来ないが。


 「代々、俺の人形師一族は当主になった時点で成長を止める」


 怜はゆっくりと口を開き話し始めた。まるで昔のことを思い出すかのような口調で。

 「そして次の当主になる者が現れるまで死ぬことはない。いやでも生かされるんだ」

 淡々と語る怜の声にはなんの感情も感じられない。しかし私はその言葉の裏に怜の苦しみを垣間見たような気がした。

 死ぬことを許されない苦しみとは一体どれほどのものだろうか。

 考えても結論がでるとはとうてい思えなかった。そんな非現実的な現実を彼は──怜は生きているのだろう。私には想像もできない。

 「俺が人形師として師匠に認められたのは15の時だ。その時からもう50年近くこの体のままだ。さっきの写真に写っているこの黒髪の人が俺の師匠だ。このアルバムはもともと師匠の物だった」

 机の上に広げられたアルバムの中の青年を指差し、懐かしむように言う。

 「師匠は先代の当主であり、俺の人形の師でもある。」

 ということはこの青年も怜と同じように生き続けていたのだろうか。もしかしたらまだ生きているのかもしれない。

 「この人は・・・今何処に?」

 躊躇いがあったが訊いてみたくなった。

 「もう死んだよ。今からもう50年も昔に。この写真を撮った時、俺は10歳で師匠は120年生きていた。師匠が亡くなったのはこの5年後だ」

 「えっと・・・ごめん。」

 妙な沈黙が流れた。怜はじっと写真を見ている。

 ふと怜が手を前髪にあてた。

 不思議に思って見ていると掬い上げるように長い前髪を持ち上げた。

 「この眼が師匠と俺、そして代々の当主との共通点だ」

 そう言った怜の瞳は写真の青年と同じ黄金色だった。私は息を呑み怜の目を見つめた。

 「珍しい色だろう?これが一族である目印なんだ」

 「目印・・・?」

 「そうだ。この瞳は次の当主候補の目印。そして力を持つことを許された者の証だ」

 「力・・・」

 「人形に魂を込める力・・・人形をより人間に近づけるために、死者の魂を人形に込めるための力だ」

 私は驚きを隠せなかった。もちろん怜が60年近く生きていることにも驚いたが、それ以上だ。

 ここへ来る前に聞いた噂話。『人形に魂を込める一族』『人形に永遠の命を与える一族』ただの大げさな噂だと思っていたけど・・・。比喩や喩えではなく本当だったのだ。

 ということは紅燐と紅蓮は───

 「紅燐と紅蓮はその力を使い作った人形だ。俺が力を使って作った人形は彼等を除いてあと一体しかない」

 作ろうと思っていても作れない物もあるがな。と付け足し怜は続けた。

 「紅燐も紅蓮も生きていた時は俺の幼馴染で親友だった」

 そう言った怜の声はとても優しいものだった。

 怜がどれだけ彼等を大切に思っているかが私にもわかるほどに。

 「けれど紅燐は病気で。紅蓮は・・・村が襲われた時に他の村人と共に命を落とした。だから俺は4年後・・・その魂を人形に入れ二人を作った」

 声が震えていた。大切な者を亡くしても怜は生き続けなければならなかった。村が滅びる瞬間さえも何もできずに見ていることしかできなかったのだろう。

 私が黙っていると怜は気持ちを抑えるように一度溜息をついた。

 「俺は時々師匠を恨むことがある」

 怜はとても悲しそうな口調でまた話し始めた。前髪はもとのように怜の目を隠している。

 「優しい、いい師匠だと今でも思っている。師匠としても人としてもとても優しかった。身寄りの無い俺を引き取って俺に人形作りを教えてくれた。・・・けれど本当に師匠は俺を大切に思っていてくれたのだろうかと考えてしまうことがある」

 怜は俯いた。そのせいか私は彼が泣いているのかと思えてきた。

 「俺に人形作りを教えてくれたのは早く俺を立派な人形師にして当主にさせるためだったのではないかと、師匠はこの苦しみから逃れるために俺を利用したのではないかと何度も考えた。否定して欲しくてももう師匠は此処にはいない」

 「なら、師匠さんの人形を作ればいいんじゃないの?」

 魂を込めることができるのならば師匠さんの人形を作り本人の口から聞くことも可能なはずだ。

 「無理だ。当主だった人間の人形を作ることはできない」

 「・・・何故?」

 いやな予感がした。それでも訊かずにはいられなかった。

 「当主が死ぬと言うのは、体や脳が活動をやめた時ではなく魂が消滅した時を指す。つまり当主になった人間の魂は心臓が止まると同時に消えるんだ」

 「消・・・滅・・・」

 「所詮俺らは望まれない異端児なんだ。神にすら見放されてしまってる。人形に人の魂を込めて人間に近づけるなんて本来ならばしていいことではないんだから」

 「じゃあ怜も・・・?」

 「そうだ。俺もいつかは魂ごとこの世から消える。例外は無い。そして・・・紅燐と紅蓮もだ。彼等は死後俺に呼び戻されたがために転生の権利を剥奪された。俺のくだらないエゴのせいで・・永遠に・・・」

 怜はその続きを言おうとはしなかった。いや、言えなかったのかもしれない。溢れてくる涙のせいで。

 私は怜をこれ以上見ていたくなかった。あまりにも痛々しい姿に目を逸らしたい衝動に駆られた。けれどそうすることが怜を今以上に傷つける気がしてできなかった。

 「それでも・・・無理だとわかっていても師匠の人形を作ろうとしているんだから未練がましいな俺は・・・本当に」

 怜の言葉は語尾が掠れて聞き取りにくかった。

 静かに吸い込まれるように涙が落ちて絨毯に染みを作る。

 何を言っても怜を追い詰めてしまいそうで私はなにも言えずにいた。


 「怜・・・」

 なんとかしてあげたい。でも自分には何もしてやれることは無い。

 励ますことも、苦痛を和らげてあげることも、ずっと傍にいることでさえ。

 怜が望んでいることを私は叶えることができない。

自分の無力さに私は怒りさえ覚えた。

 どうして、私はこんなにも無力で何もできないのだろう。

 でも、どうにかしなければ怜は永遠と悲しみ、悔やむのだろう。紅燐と紅蓮だってそうだ。そんな姿を見ていたくはない。できることなら幸せに生きて欲しい。


 「怜」

 もう一度呼びかけても怜はただ泣きつづけた。静かに。

 「私は、怜に何もしてあげられない。きっと何もできないし、何も言えることは無い。でもさ・・・」

 怜の手に自分の手を重ね、握りしめる。

 「私が生きている間なら、一緒にいてあげられる。私だっていつかは死んでしまう。けど少しの間なら、一緒にいられるよ。・・・怜は一人じゃない。紅燐だって紅蓮だっている。これからは私だっている。怜は絶対に一人じゃないよ」

 紅燐や紅蓮のように永遠に傍にはいられない。それでも、私はこの屋敷に──怜の傍にいることはできるのだ。そうして何年もかけて少しずつ怜の悲しみを取っていってあげればいい。

 「雫は師匠に似てるな。あの人も昔、俺に同じ事を言っていた」

 涙を手の甲で拭いポツリとつぶやいた。

 「太陽の光のように温かくて、俺には眩しい」

 それから怜は優しく微笑んだ。

 その笑顔は今までに見たことのないほど綺麗だった。哀しみと優しさがごっちゃになったような微笑み。

 例えるなら、そう・・・『月』だ。

 私や師匠さんを『太陽』と例えるなら怜は暗闇を優しく眩しすぎないように照らす、儚く美しい『月』。

 「雫が此処に来たのもあの人が仕組んだように思えてくる。師匠はいつも先を見ている人だったから」

 それからそっと聞こえるか聞こえないか位の小さな声で彼は囁いた。


 「・・・ありがとう」


 私は怜の荷物を少しでも軽くできただろうか。

 できているといいな、と心の底で思った。

 そして願わくば彼より先に私の命が燃え尽きることのないように・・・。




───パサリ・・・・・・




 何かが落ちる音がした。


 ─be to continue─



DMの第6話になります。とりあえずひと段落。次で完結(予定)です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ