第3話 過去
第3話 過去
・・・母さん ・・・紅蓮 ・・・紅燐 ・・・蒼翠 ・・・師匠
・・・お願いだから・・置いてかないで・・・俺を・・・・独りにしないで──
§§§
黒くて赤い夢。
果てしなく続く闇の中には微かな光すらなく。
物の色など識別することはできないはずなのに俺の目には鮮やかな赤が暗闇の中に見えた。
暗闇の黒。そして足元に広がる──赤。
それだけがこの世界の全て。
温かい液体は確かに自分の体の中にも巡っているものであることは俺にもわかっていた。けれど認めたくない。
自分の足に触れるものや鼻に漂ってくる匂いの根源がそれだということを。
突然、俺の体から力が抜けていき、その場に立っていることができず座り込んだ。
赤い液体はヒトの手のような形をとり俺の腕を掴む。
自分たちの方へと引き込むように引っ張る手。
俺の体は呆気なく倒れ肌も服も真っ赤に染まる。
無意識に伸ばした手を包む温かい感触に俺は安心し目を閉じた。
§§§
「・・・っ!」
目を開けると其処には見慣れた天井が広がっていた。
「夢・・・?」
誰に問い掛けるわけでもなく零れ落ちた言葉。
ふわり、髪を揺らす空気の流れ。
開いた窓からの心地よい風に俺は目を閉じた。
「紅蓮か・・・」
夢の中で感じた手の温もりを思い出しそっと微笑む。
§§§
───カタン・・・
小さな物音が気になり、私は部屋を出る。音のした方へ歩く。
古い床が軋み、ギシギシと音を立てる。
その音で紅燐達に気付かれないように、ゆっくりと歩く。
「紅蓮・・・?」
そこには、月明かりに照らされた一体の人形が立っていた。
茶色の髪が、月の光の為か黄金色に輝いているように見える。幻想的な光景に私は息を呑んだ。すると、人形──紅蓮はどこかほっとしたような表情で私の方を振り返る。
「アンタか・・・」
声にも安堵の響きがあった。
私が何かを言う前に紅蓮が言い放つ。
「怜にも紅燐にも何も言うな」
「何故?」
「無駄な心配なんてかけたくないんだ」
琥珀色の瞳に悲しみの色が浮かんだように見えた。しかし、それも一瞬でいつもの硝子玉でできた、冷たい瞳に戻る。
「何故この館に来た?何の為に怜に近づく?」
どうしてこんな質問をするんだろう?
私は疑問に思いながらも、はっきりと答える。
「人形師になって祖父の跡を継ぐために」
すると紅蓮は私を見据え、告げる。
「─それなら、怜を傷つけたり、裏切るようなことは絶対するな。その覚悟ができなければ此処から出て行け。 もし、アンタが怜や俺達を裏切れば──俺はアンタを殺す・・・」
紅蓮に睨まれ、私は全身から冷や汗がどっと噴き出るのを感じる。紅蓮の本気がひしひしと伝わってくる。
その瞳には、私に対しての強い警戒心が映っている。そして──大切な人達を守り通そうとする決意が表れていた。
私が恐怖のせいで動けずにいると、紅蓮はその横を通り自室へと向かって行った。
「アンタもう寝たほうがいいぜ」
振り返らずに紅蓮が言い、今度こそ闇に紛れて見えなくなった。
月だけが何も無かったかのように空に浮かんでいた。
§§§
紅蓮は、雫と別れると自室へは向かわず、怜の部屋へ再び来た。怜は規則正しい呼吸で眠っている。紅蓮は怜の寝顔をしばらく見ていたが、ふと目を閉じる。
『人形は人間と違ってずっと僕のそばにいてくれるんですよね?』
幼い怜の声が頭の中で響く。
『ええ。そうですよ。でも、怜君にはずっと一緒にいてくれる友達がいるでしょう?』
怜の人形作りの師であり、この館の前の主であった男──名を啓という──が優しい声音で言う。
『彼らを大切にしなさい。君にとって、彼らは家族と同じ存在なのですから』
紅蓮は目を開けた。
もう、何年も昔の事だったが、目を閉じるといつもこの会話が鮮明に思い出される。
そうだ、あのころはずっと一緒に居られると思っていた。当たり前のように。だけど、俺は怜を裏切ったんだ。怜を傷つけた。悲しませた。だから──
そこまで考えたところで、怜の異変に気付く。
顔が血の気を失い、蒼白だった。それなのに全身にじっとりと汗をかき、苦しそうにうなっていた。何か悪い夢を見ているようだ。
「!!怜!大丈夫か?!」
紅蓮は怜の体を抱え起こす。
「こう・・・れん・・・」
怜は、紅蓮の服にしがみつき、震え出した。
「・・・怜、大丈夫か?」
紅蓮はもう一度怜に問いかける。しかし、怜は答えることはなくぎゅっと紅蓮の服を掴む手に力を込める。まるで迷子の子供が母親にするように。けして離すまいと。
「・・・怜、大丈夫だ。俺はお前を置いていかない」
「本当に?」
弱々しい小さな声で怜は訊く。
「ああ。俺も紅燐も、二度とお前を置いて行ったりしない」
紅蓮の言葉を聞き、安心したのか怜はふっと微笑みまた眠りに就いた。
紅蓮は怜をベッドに横たえ、灰色の髪を撫でるとひとつ溜息をつき、部屋を後にする。
§§§
紅蓮は自分の部屋に戻ると、窓越しに月を見上げる。
窓の外ではさっきは降っていなかった雨がパラパラと降り出していた。
「そういえば、昔っから泣き虫な所だけは変わらないな・・・」
誰に言うわけでもなく、独り言をもらす。
だから──
俺は誓った─
もう二度とアイツを独りにしないと。
今度こそ、大切な人達をこの手で守ると。
あの日──俺と紅燐が怜によって作り出された日に──誓ったんだ。
紅蓮は月を見つめながら、せめて今夜だけは怜が悪夢にうなされないよう、居るはずもない神に祈った。
─be to continue─
DMの第3話になります。読んでくださった方有難うございます。これから物語が動き出すので精一杯書いていこうと思います。どうぞ、お付き合いの程よろしくお願いします。