どうしてこの世に福口哲郎は存在しているのだろうか?
必ずみんなの期待に応えたい。
その気持ちだけは、誰にも負けない。
正直、自分は天才じゃないし、才能もありません。
何者にもなれない存在。
若い頃は、自分の人生はまだ始まっていないだけだと思っていました。
いつか必ず、自分にも運命の日が来る。
映画や漫画の主人公みたいに、ある日突然、人生が大きく動き出す。
いきなり覚醒する。
そんな他力本願な都合のいい未来を、本気で信じていました。
でも現実は違いました。
二十代になっても、三十代になっても、何も変わらない。
四十代になれば焦りだけが増え、五十代になれば「もう遅い」という言葉が胸に刺さる。
涙が自然に溢れる。
きっと六十になっても、七十になっても何も始まらない。
結局、人生は何も起きないままひっそりと終わってしまう。
そう思っていました。
仕事が終わって疲れ果てた夜。
机に向かって原稿用紙を広げても、真っ白な紙を見つめるだけ。
「今日は疲れた。」
「明日書けばいい。」
そう言って閉じたノートが何冊あったでしょう。
締切なんてない。
誰に怒られるわけでもない。
だからこそ、自分に負けるのは簡単でした。
「才能がない。」
「売れない。」
「時間の無駄。」
「今さら遅い。」
そんな言い訳だけが、少しずつ上手になっていく。
でも、誰よりも純粋な福口哲郎だけは違いました。
純粋で透明な瞳で、僕の目を真っ直ぐ見つめて言うんです。
「書けよ!」
って。
どんなに言い訳を並べても、
「才能がないから。」
「何もないから。」
「売れないから。」
「無駄だから。」
「馬鹿だから。」
「怠け者だから。」
「眠たいから。」
「辛いから。」
「もう書けない。」
そう何度叫んでも、福口哲郎は少しも引きません。
「いいから書け。」
その一言だけを何度でもぶつけてくる。
まるで本気で殴られているような気持ちになります。
逃げようとするたびに、胸ぐらをつかまれて机の前へ引き戻される。
そんな感覚です。
福口哲郎は、僕が作ったキャラクターのはずなのに、いつの間にか僕のほうが支えられている。
いや、叱られているのかもしれません。
誰よりも諦めが悪く、誰よりも夢を信じているのは、きっと僕ではなく福口哲郎なんです。
正直、人生は死ぬほど辛いです。
思いどおりにならないことばかり。
努力しても全く報われないこともある。
それでも僕は、まだ生きています。
それだけで、書く資格があるのかもしれない。
世の中には、夢の途中で病気や事故により、この世界を去ってしまった人たちがたくさんいます。
もちろん、家庭や仕事を理由に諦めた人もたくさんいるでしょう。
「もっと生きたかった。」
「死ぬ前にやりたかった。」
「夢を叶えたかった。」
そんな声なき声や願いを胸に抱いたまま、未来へ進めなかった人たちが確かにいました。
もし明日が必ず来ることが奇跡なのだとしたら、今日という一日を無駄にしてはいけない。
僕にできることは多くありません。
けれど、書くことだけはできる。
たった一行でもいい。
たった一文字でもいい。
昨日より今日、今日より明日。
歩幅は小さくても前へ進み続けたい。
多分、福口哲郎は、そういう人たちの想いや願いや怨念を叶えるために存在しているのだと思います。
そして、その福口哲郎を書き続けることが、僕に与えられた役目なのかもしれません。
だから今日も、僕は机に向かいます。
期待してくれる人が一人でもいる限り。
たった一人でも何か感じで下さる方がいる限り。
そして、物語を最後まで信じてくれる福口哲郎がいる限り。
僕は何度でも、何度でもペンを握ります。




