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「わたしから名前を呼んでもらえるなんて、本当だったらオークションで競り落とされるレベルのご褒美なんだからね」

「捨てるほど金持っててもそんなものに入札しねえわ」

「はあ!? もっと感謝しなさいよっ!」

「よし、もういいわかった。全部わかった。お前とのことは誰にも言わねえし感謝もしてやるから安心しろ。ただし、ここでのこれからの生活は俺に従ってもらうからな」

 負けじと、というつもりではなかったがこれだけは譲れない。


 鳴海(なるみ)がしきりに気にする学校での立ち振る舞いは無視してやり過ごせば良いが、俺たちの生活はすでに始まっているのだ。


「はあ!? 従ってもらうってどういう意味よ? ……さ、さてはおかしな要求してくる気でしょうイヤらしいっ! この変態陰キャぼっち!!」

 条件反射のように両手で胸元を覆い隠し座ったままの姿勢でジリジリと後ずさる。またナチュラルに不名誉な肩書きが増えたな。


「なんですぐにそんな発想に繋がるんだ? お前の方がよっぽど変態でイヤらしいだろ」

「わたしにフラれた腹いせに、ここぞとばかりにイヤらしい要求する気でしょ! わかってるんだからねっ! 簡単に屈すると思わないでよねっ!!」

「なんもわかってねえだろ……。落ち着いて人の話を最後まで聞け」

 言ってる側から聞く耳など持たずに、わなわなと震えながら背中を襖にぴったり貼り付けて睨んでくる。こんな、くっコロ女騎士展開に自ら進んで行くやつ初めて見たわ。


「そんなこと言って油断させて隙を見せた途端にワーッて襲いかかるつもりでしょ!」

「いいか、とりあえずもう遅い。だからこれ以上大声を出すな。親父が言った通り、明日はお前の生活必需品の買い物に出掛けないといけないんだ。だから今夜はもう寝よう」

「ね、ねねねっ、寝るっ!?」

「言っとくが睡眠って意味だからな。お前の脳は思春期の男子中学生かよ……」

 ほとほと疲れ果て、降参の意思表示に両手を挙げて見せながら小さな子供を諭すみたいに言って聞かせる。


 するとさすがの鳴海にも伝わったのだろう、表情だけは怪訝そうに歪ませたまま渋々といった感じに顎を引いて頷いてくれた。


「よし。では、ここで一つ質問がある」

「……なによ改まって、気持ち悪い」

「気持ち悪くはねえだろ、黙って聞け。いいか、お前が背にしてるそっちの部屋は俺が使ってる自室だ。そして本題はここからだが、うちに来客用の布団なんてものはない」

「え、わたしどうやって寝るのよ?」

「そっちの部屋には俺が普段使ってる布団がある」

「……まさか一緒の布団で寝るって言ってんの!? ふざけないで絶対イヤよっ!!」

「大声を出すな。一緒に寝るわけないだろ。思春期脳のスイッチを切れ。話を続けるが来客用の布団がない以上、俺の使ってる布団か親父の使ってる布団のどちらかを使え」

「うっ……」

 究極の二択を迫られたように引き攣らせた表情が固まる。素直なのはじつに良いことだと思いはするがもう少し遠慮しろ。失礼極まりないだろ。


「ちなみに親父の布団を選んだ場合、もし深夜に親父が帰ってきたら一緒に寝てくれ」

「なんでよっ!?」

「親父の布団なんだから当たり前だろ。ちなみにだが親父が使ってる布団はいわゆる煎餅布団だ。俺が言うのもなんだが、あれは床に直で寝てるのと大差ない。今お前が使ってる座布団の方がマシなレベルだと思うぞ」

「……あ、アンタの布団は?」

「俺のは一応、安物だが羽毛布団だ。親父の布団と比べれば雲のように軽いだろう」

「うっ、うぅ……」

 差し押さえられた鳴海宅で普段どんな寝床だったかなんて知るはずもない。


 嫌味ではなく社長令嬢だったわけだから、お姫様御用達みたいなアンティーク調の悪趣味な天蓋付きベッドに山盛りのふかふか枕で眠っていたのだろう。傲慢な悪役令嬢のイメージにぴったりだ。


「う、羽毛に、する……っ」

 起死回生の一手を指す棋士さながらの長考の末、下唇を噛み締めながら鳴海が呻いた。


「まあ、賢明だな」

「へ、変なシミとか付いてないでしょうね!? 明日におい嗅いだりしないでよ!? あと絶対にこっちに来ないでよっ!」

「おい、そっちは俺の部屋だって言っただろ、って、ああもう、わかったから大声を出すな。俺はこっちで寝るから押し入れに入ってる親父の布団だけ取りに行かせろ」

 何か言い返さないと気が済まない鳴海を宥めつつ、両手を挙げて無抵抗を示しながら襖を開けて隣の部屋に入る。


 こんなことになるとは思わず、とりあえず部屋に押し込んだ鳴海のスーツケースと鞄の数々が部屋を占拠して足の踏み場もない。これでは布団を敷くのも一苦労だ。


「……念のため確認なんだが、お前って家で布団敷いたことってあるのか?」

「え? ベッドメイクは家政婦の――」

「もういいわかった、布団敷いてやるから大人しく待ってろ……」

 なんてこった、家政婦がいたレベルのお嬢様だったのか。今さらながら、素知らぬ顔して座卓に腰を下ろした非常識さが頷けてしまった。


 これからこの六畳二間でたった一枚の襖を挟み、自他共に認める美少女が就寝するのだ。


 いわゆる健康的な高校生男子であれば、触れると破裂しそうな緊張感と年相応の高揚感がない交ぜになって落ち着きをなくしたりするのだろう。


 しかし今の俺は、明日からの生活に一抹どころでは済まない不安が広がるだけだった。







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