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「え? 仁井谷(にいや)さん、仕事ってこんな時間からどこに行ったの……?」

 帰宅したはずの親父が一通りの説明だけ終えて、再び出て行ったことに疑問を抱いたのだろう。鳴海(なるみ)はほんの少しだけ緊張から解放された様子で訊ねてきた。


「ああ、親父は自称、フリーの経営コンサルタント的な仕事をしてるんだ」

「え、なにその、胡散臭さを凝縮してカタカナで誤魔化しましたみたいな肩書き……?」

「お前、仮にもお継父さんになる人に向かってその言い草はどうかと思うぞ?」


 俺の父親は最初の結婚時に事業に失敗し、その後フリーの経営コンサルタント的な仕事を始めた。


 ()なんて曖昧な言い方なのは親父の自称だからだ。

 そんな職種だからなのかフリーという立場のせいなのか親父の仕事に定時という感覚はなく、たった今みたいに夜中に出掛けていくこともあれば一日中帰ってこないなんてこともざらだ。

 

 鳴海の母親とはそのコンサルティング業務のクライアントとして知り合い意気投合し、私生活でもパートナーとして再婚する運びとなったと聞かされた。


「そういうわけで、親父は長いときには一週間くらい平気で帰ってこなかったりするな」

「そう、なんだ……」

 俺の掻い摘まんだ説明を聞き終えた鳴海が気の毒そうな目を向けてくる。


 どんな目で見られようが、現実として親父はどこかで働いて時折帰ってくるという生活を続けているのでそう伝えるより他ない。


「……それで、わたしってここで生活して、ここから学校に通うって、本当なの?」

「そうなるみたいだな。さっきの電話の感じだとお前のお母さんと相談して決まったみたいだし、家が差し押さえられてるってことは帰ることは出来ないだろうからな」

「そんな……、なんなのよそれ……」

 鳴海が沈痛な面持ちで呟く。もちろん俺だって全く以て同感だった。


 帰国できない母親がひとまず命の危険はないとわかって胸をなで下ろしたかと思ったらこの急展開だ。


「あー……、まあ、なんていうか――」

「こんな、クラスにいたかどうかもはっきりわかんない陰キャがわたしと兄妹……? しかも、ついこの間フッた男子の部屋で同棲みたいな生活しなきゃならないなんて……」

 なんとか慰めになる言葉を捻り出そうとした俺を遮って、顔全体に絶望の色を浮かべながら呪詛みたいに鳴海が呟く。気を遣おうとした俺が馬鹿だった。


「あのな、それ全部こっちに非はないんだからな?」

「絶対にバレるわけにいかないわ。アンタなんかと兄妹になることも一緒に生活してることも、なにもかも全部ぜんぶぜぇーんぶ秘密よ! 絶対秘密! わかった?」

 俺の受け答えなどまるっきり無視して非難がましい口調で心底嫌そうに吐き捨ててくる。


「秘密にすることに異論はないが、どっちかといえば俺の方が被害者なんだぞ?」

「なによそれ、誤魔化してないでちゃんと返事しなさいよ。本当にわかった? 冗談でも誰かに喋ったりしたら絶対に許さないから!」

「言わねえよ。誰に言うんだそんなクソ面白くもない話なんか……」

「まあ、それもそうよね。アンタ陰キャぼっちだから話する相手とかいないだろうし」

「話する相手くらいいるわ! 勝手にぼっち認定すんな! 陰キャだのぼっちだのって不名誉な肩書きどんどん付け足すんじゃねえ!」

「いいわよ、そんな必死にならなくても。本当に存在してるかどうかもわかんないアンタのイマジナリーフレンドなんて興味ないし」

「くそ可愛くねえな、お前……」

「はあ? なに言ってんの? 男子はもとより女子からだって可愛い可愛いって言われまくってますけどー?」

 しれっと吐き捨てながらセミロングの艶やかな髪に手櫛を通す。


 呆れるほどに傲慢な言い草でじつに腹立たしいが、その仕草は板に付いていて可愛い事実を否定する材料が見当たらない。


「……お前、すげえな」

「わかれば良いのよ。ちなみに、そんな褒め言葉なんか聞き飽きてるから」

「褒めてねえわ。性悪腹黒を隠し通してる猫のかぶりっぷりがすげえって言ってんだ」

「はあ!? わたしのどこが性悪腹黒だってのよ!?」

「本性の全てが真っ黒じゃねえか。俺の前でもしっかり猫かぶってろよ、どうして猫かなぐり捨てちゃったんだよ……?」

「アンタに対して猫かぶって見せたって得られるものがないじゃない!」

「猫かぶってる自覚はあるんだな、より最悪じゃねえか……」

「うっさい! それはそうと、さっきわたしのこと幸帆(ゆきほ)って呼び捨てにしたでしょ?」

「ああ。親父は兄妹になったら他人行儀なのを認めないんだ。名前で呼び合えば心も早く打ち解けると思ってるんだ」

「……仁井谷さんの前では仕方ないけど、それ以外であんな馴れ馴れしい呼び方したらビンタするから。わかった?」

「具体的な暴力を示すな。だったらお前は俺のことなんて呼ぶつもりなんだよ?」

「仁井谷さんの前で? え、なに? 名前で呼ばせようとしてるの? キモッ。ちょっと待って……、え、キモっ。キモすぎなんだけど……」

「息するようにキモキモ言うな。普通に俺も仁井谷なんだから仕方ねえだろ」

「もう、紛らわしいわね……。仕方ないから、仁井谷さんの前ではわたしも名前で呼ぶわよ。マシオだっけ? 真潮(ましお)って呼んであげるわ。調子に乗らないでよね?」

「紛らわしいって名字は仕方ないだろ。名前呼ばれたくらいで浮かれねえから心配すんな」

 とにかく嫌そうに顔をしかめて不遜につんと顎を逸らせる鳴海に、同じように顔をしかめ返してやる。


 このわずかなやり取りだけで悪態にも慣れてきた。それはそれですごく嫌だが。






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