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 呆然と口を半開きにして固まっている鳴海(なるみ)の姿は見るに堪えなかった。


 人は本当に驚いて為す術がなくなると言葉を失ってしまうお手本が、まさに目の前で鎮座していた。

 

 皆が一様に視線を落として沈黙が横たわった室内に、思いがけず素っ頓狂な甲高い着信音が鳴り響いた。

 場違いなくらい軽快な着信音を響かせるスマホは親父のもので、画面表示を確認するなり慌てた様子で通話ボタンをタップする。


「はい、もしもし。……ああ、ちょうど良かった。いま側に幸帆(ゆきほ)ちゃんがいるので代わりましょう。幸帆ちゃん、お母さんからの電話だよ」

 手にしたスマホを鳴海の眼前に差し出した。


 電話の相手は母親からで両手を震わせてスマホを受け取った鳴海は、

「ママ!? 大丈夫なの!? な、何がどうなってるのっ!?」

 あふれ出る疑問を抑えきれない様子で電話口にまくし立てた。


 親父の説明通り無事というのはどうやら本当らしい。


 鳴海が食い付く勢いで通話している姿を眺めながら、俺にとっても継母となる人だけにほっと胸をなで下ろす思いだった。


「うん……、うん……、わかった。うん。じゃあ代わるね」

 そう答えて親父にスマホを返した鳴海の表情は若干だが落ち着きを取り戻して見えた。


「……はい、……ええ、……こちらも安心しました。……ええ、もちろんですよ、幸帆ちゃんのことは任せてください。……ええ、それではまた」

 短く言葉を返して通話を終えた親父は、鳴海に向き直り小さく咳払いして頷いてみせる。


「さて、幸帆ちゃん。お母さんとも話をしたんだけれど、自宅の差し押さえとお母さんの会社の後処理諸々については、お母さんに代わって僕が引き受けることになったから何も心配しなくて良い。とりあえず、学校の方もここから通えるようにするから安心して良いからね」

 ここまでの重い口調とは打って変わって優しく語り聞かせた。


 ――のだが、最後に付け足された一言に強烈な違和感を覚えて耳を疑ってしまう。


「……え? ……ここから、ですか?」

「当面の生活に足りない物は、明日にでも真潮(ましお)を連れて買いに行ってくるといいからね」

「……当面の、……生活?」

「ああ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。ちょっと狭いけれど、これからここは幸帆ちゃんにとっての新しい自宅になるんだからね」

 親父から語られた衝撃の言葉を受けた鳴海はあんぐりと開いた口が塞がらないでいる。


 もちろん親父と鳴海の会話を聞いていた俺の口だって負けじと塞がらない。


 親父よ。鳴海(なるみ)の表情はかしこまってるわけじゃなく理解することを拒絶しているんだ。そして、この部屋は狭いどころの騒ぎじゃない。こんな古めかしい六畳二間に三人で生活だと?


 いくら何でもさすがに無理があると口を挟みかけてすぐに思い留まった。自宅を差し押さえられた上に母親が帰国出来ないのだから、現実的に鳴海には帰る場所が無いのだ。


 親父から告げられる驚愕の展開に呆けた様子で唇を動かしていた鳴海は、

「あ、ありがとうございます。仁井谷(にいや)さ――、え、っと、お、おお、おと、お継父(とう)……」

「ははは。いいよいいよ幸帆ちゃん、無理しないで。今まで通りに仁井谷さんって呼んでくれて構わないから。なにもかもが急すぎたからね」

「……はい、すみません」

 まるで気持ちが追いつかず鳴海は呻くみたいに小声で謝って顔を伏せた。


 気持ちを整理する暇もなく状況を受け入れるしかない鳴海にしてみれば、親の再婚による生活の変化が今この瞬間から強制されてしまったのだ。

 慌てて不慣れな単語を紡ごうとして不器用に声を詰まらせるくらい当然だろう。


「真潮、ちゃんとお兄ちゃんとして妹の幸帆ちゃんと仲良くするんだぞ」

 不憫そうに鳴海を見下ろしていた俺に向き直った親父は声を落ち着かせてそう告げてきた。


「……ああ、わかってる。鳴海は同じクラスで知らない仲じゃないから問題ない」


 そう、知らない仲じゃない。

 一方的に勘違いされてフラれた仲だ。

 仲良く出来るかどうかを判断する以前に、すでにお互いの関係性が絶望的なだけだ。


「おい真潮。妹の幸帆ちゃんのことを鳴海なんて他人行儀な呼び方をするもんじゃない」

 当たり前に苗字で呼んだだけなのにそんな小言を付け加えてくる。


 自分は仁井谷さんって呼ばせることを容認したくせに。


 ただ親父は昔からこういう部分へのこだわりが無駄に強かった。


 俺は小さく溜息を吐いて肩を落とすと、

「……よろしくな、幸帆」

 口元を引き攣らせ強張った笑顔を貼り付けながら鳴海に視線を投げる。


 話の行く末を見守っていたはずだろうに、いきなり下の名前で呼び捨てにされて露骨に面食らっている。


「よし。それじゃあひとまず仕事に戻るからな。幸帆ちゃん、本当に気兼ねなんていらないからね? なんでもお兄ちゃんに言いなさい。じゃあ真潮、頼むぞ」

 それだけ言い残した親父は、いまだに要領を得ないまま瞬きを繰り返す鳴海に笑顔を振りまいて部屋を出て行った。






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