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「なんで話しかけてくる相手がみんな、お前のこと好きだと思ってんだよ……?」
「事実としてこれまで何度も告白されてるもの。途中で数えるの止めたから正確な人数までは覚えてないけど」
「だからってあんなすげない断り方はなくないか……?」
「曖昧な断り方して変に気を持たせるよりずっとマシでしょ。そんなの相手が不幸になるだけじゃない。告白してきた相手の事を考えるなら、きちんとフってあげるのが優しさよ」
苦し紛れの言い訳なんかではないのだろう、鳴海は事前に用意していたように言い淀むことさえなくきっぱりと断じて顎をそらせる。
フッた相手をそれ以上傷付けないための心意気は本心みたいだ。淀みのない口調が証明しているのだが、それにしたってもう少し言い方はどうにかならないのだろうか。
「そもそもだな、お前が日曜の顔合わせにきちんと来ていれば俺が話しかけることもなかったんだ。そしたら告白なんかと勘違いされてあんな目に遭わずに済んだんだぞ」
「仕方ないでしょ、急用が出来たんだから。ママの再婚はママの都合だけど、わたしにはわたしの都合があるんだし」
愚問とばかりに鼻を鳴らしてすかさず切って捨ててくる。近い将来に兄妹となる相手との初顔合わせを反故にするほどの急用が何なのかさっぱり見当も付かない。
鳴海の一方的な勘違いからフラれた前日の日曜日、本来であれば俺たちは顔合わせを行う予定だった。
再婚に向けての入念な下準備として、俺と将来の継母となる鳴海の母親とは顔合わせは済ませていた。もちろん逆に、将来の継父となる親父と鳴海も顔合わせはとうに済み、後は満を持して子供同士の顔合わせの場を整えていたのだ。
しかし当日、鳴海の母親から娘が急用で来られなくなったと伝えられた。
しきりに謝ってくる将来の継母に俺は、今にして思えば余計なことを口走ってしまった。
――鳴海さんだったらクラスメイトだから顔は知ってるので大丈夫です。
これを受けた鳴海の母親が、
「まあ! 二人はお友達だったのね!」
「こんなことってあるのね、なんて素敵なのかしら!」
「だったら、直接あの子に伝えてちょうだい! きっと喜ぶに違いないわ!」
と興奮気味に手を握りしめて詰め寄られたのだ。
これまで挨拶さえ交わしたこともないクラスの男子から「今日から君のお兄ちゃんだよ」なんて伝えられて喜ぶ女子などいるはずがない。
しかも顔を知っていたのは俺の方だけで、鳴海にいたっては俺をクラスメイトとさえ認識していなかったし。
自分の軽はずみな発言に対して後悔が押し寄せるばかりだったが、瞳を輝かせて俺の手を握りしめる将来の継母をがっかりさせるわけにもいかず、引くに引けない状況に陥ってしまった。
かくして当の鳴海本人が知る由もないやり取りの末、自分の余計な一言が原因で翌日の月曜に覚悟を決めて鳴海に話しかけた結果、あんな悲劇へと繋がってしまったのだ。
口は災いの元と言いはするが、どう考えても鳴海の勘違いのせいでしかない。
「……ところでさっきの、知らない大人が押し掛けてきたってのはどういうことなんだよ?」
気を取り直して話題の変換を試みる。すでに過ぎ去ってしまった悲劇を思い返すより、まさにいま現在進行形で起こっている混乱の把握が大切だ。
「そんなのわたしにもわかんないわよ……」
言葉にすると不穏でしかない出来事の確認を求めてみるが、訊ねたことで思い出してしまったのか、鳴海は不安そうに表情を曇らせながら抱えた膝に顔を埋めてしまった。
先ほどまでの物言いが嘘みたいに、そんな弱々しく黙り込まれると途方に暮れてしまう。
重い沈黙を持て余し点けっぱなしだったテレビを仰ぎ見る。画面のキャスターが手元の原稿に目を落として、いまだにどこかの国のクーデターについての速報記事を読み上げていた。
手持ち無沙汰だしぬるくなったお茶でも淹れ直そうと、正面で顔を伏せたままの鳴海を気遣ってそろりと立ち上がったと同時におもむろに玄関が開いた。
「幸帆ちゃん、待たせたね。ああ、座ったままで良いからね」
鳴海と荷物を車から降ろして再びどこかに出掛けていったらしい親父が帰ってきた。
それを見て慌てて立ち上がろうとした鳴海を制すると、親父は背広の上着を脱ぎもしないで座卓に歩み寄ると仰々しく膝を揃えて腰を下ろした。
「驚かないで聞いて欲しい。幸帆ちゃんのお母さんなんだが、出張先の国のクーデターに巻き込まれて帰国出来なくなってしまった」
親父の口から紡がれた耳慣れない単語の意味を推し量るように、俺と鳴海は静まり返った室内で瞬きを繰り返した。
押し寄せる疑問を俺が口にするのも何か違う気がして黙っていたのだが、ちっとも理解出来ているように見えない鳴海が口を開く気配はない。
テレビから記事を読み上げるキャスターの音声が静かな室内で無機質に響き渡り、俺たち三人の視線が自然とそちらに移る。
「ああ、ニュースでもやってるのか。まさにこれだよ」
テレビ画面を指差して親父が苦々しい表情を浮かべる。
改めて親父が簡潔にかみ砕いてくれた説明によると、日曜の顔合わせの後に鳴海の母親はその足で海外出張へと出掛けた。そして帰国予定だった本日、出張先で突如起こったクーデターに巻き込まれたらしい。混乱で国交手段が途絶えて帰国出来なくなったと知らせが入ったという。
「え……、マ、ママは……」
「大丈夫。幸帆ちゃんへきちんと連絡するのが遅れてしまったけれど、お母さん本人から連絡もあったから無事だよ。安心して良い。ただ、日本人の出国に向けて政府が働きかけてはいるけれど、なにせ途上国相手のクーデターでなかなか動ききれずにいるらしい」
親父は努めて笑顔を作り安心させようと説明しているのだが、聞き慣れない言葉の響きのせいだろう鳴海の表情はどんよりと曇っていくばかりだ。
「ちょっと良いか? その途上国のクーデターでどうして鳴海がここに逃げてくるんだ?」
社会情勢の話はだいたいわかったので俺はそもそもの疑問を投げかけた。鳴海宅に押しかけてきた大人たちがクーデターの実行犯なんてことはないと信じたい。
「ああ、うーん……。それについてなんだが……」
そこで親父は渋面を作って唸り、言葉を選ぶように重い口を開き改めて説明を始めた。
要約すると、鳴海の母親が海外出張に出掛けた隙に、起業時からのパートナーだった顧問税理士が会社の資産を持ち逃げしたらしい。
経理関係は任せきりだったため全く気が付かないうちに数ヶ月分の経費の支払いが不可能な事実上の倒産に追い込まれたらしい。
このたびの出張先でのクーデターとは直接関係はなく運悪く最悪の事態が重なってしまったのだ。その債権の取り立てとして鳴海宅の家財一式が差し押さえられそうになったところ、鳴海の母親経由で連絡を受けた親父が間一髪駆け付けて身の回りの荷物をまとめてこのアパートに逃げてきたのだ。
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