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玄関先の荷物を運び入れながら訊ねた結果、鳴海をアパートの下まで連れてきた親父はこの部屋で待っているよう言い残すと、慌てた様子ですぐに車で走り去って行ったらしい。
親父のオンボロによくもまあこれだけの荷物が積み込めたことに驚きを隠せない。軽い引っ越しレベルの量といっても過言ではない。いやさすがに過言か。
それにしてもあのクソ親父、俺にはただの一言の説明も無しでいきなり再婚相手の連れ子をこんな夜更けに押しつけてくるとか何がどうなってるんだよ。
俺と親父が晩ご飯を終えた頃、親父のスマホが鳴り響いた。今にして思い返せば、いつになく神妙な面持ちで通話する親父の姿は緊迫感を醸し出していたように思う。
「真潮、少し出掛けてくる。待っていろ」
それだけ言い残して取るものも取り敢えず部屋を飛び出していったのだ。
電話での緊迫したやり取りに加え、俺の返事も待たずに出掛けられてしまっては言われたとおりに待っていることしか出来なかった。
洗い物を終えて普段はあまり観ることのないテレビを点けると、ニュース番組がどこか遠くの外国でクーデターが起こったとか、ちっとも興味の湧かない速報記事を読み上げていた。
それでも無音で過ごすよりはマシと考えた矢先にアパートのチャイムが鳴り、鳴海幸帆が荷物と一緒に立ち尽くしていたのだ。
「はぁ、やれやれ……。とりあえずこれで全部だな。ひとまず座ってろよ」
荷物を運び終えて鳴海に座卓を指差して促し、給湯ポットで急須にお茶を入れる。当然、番茶だ。しかも三煎目だ。これくらいで捨てるなんてもったいない。
台所の流しの前でじっくりたっぷり蒸らし中の急須を見つめながら、改めて鳴海の説明を思い返してみる。
要約すると、自宅に知らない大人が押し寄せてきて急いで逃げ出したらしい。
うん、どう考えても事件だろ。こいついったい何したんだよ? 部屋に入れて本当に大丈夫なのか? うちにまで知らない大人が雪崩れ込んできたりしないだろうな?
そんな不安が押し寄せてくるが、とりあえずは事情を知っているに違いない親父の帰りを待つしかない。
小さく肩を落として茶葉の蒸らしを終えた急須と湯飲みを持って振り返ると、あり得ない光景が飛び込んできた。
「……おい、なにやってんだ?」
「え? なによ? アンタが座って待ってろって言ったんでしょ?」
「違う、そうじゃない。どこに座ってんだ……?」
事もあろうか鳴海は座卓に腰を下ろし、足を組んで悠々とスマホを弄っていた。
「硬いしやけに低い椅子ねこれ。ソファーとかないの?」
「それは座卓っつって立派なテーブルだ! 汚えケツをどけろ!」
「ええっ、これテーブルなの!? え、じゃあ椅子はどうなってるのよ?」
「座卓なんだからそのまま床に座るんだよ! 早く汚えケツをどけろ!」
「汚くないし!? なんで二回も言うのよっ!?」
ケツを罵倒されたことを抗議しながら鳴海がもたもた立ち上がる。
食卓として使っている座卓に直に座られるだなんて想定していなかった。
鳴海の母親は起業して社長をしているのだと、再婚にあたり顔合わせした時に紹介された。だから自宅はさぞ豪邸なのだろう。
「座卓も知らずに生きてきたのか? 近頃の金持ちの生活ってどうなってるんだ……」
「別にお金持ちなんかじゃないわよ、普通よ」
「座卓を知らない日本人を普通と認めたくねえ……」
「知らないわよそんなこと。けどフローリングの床に直接座るの? 冷たいんだけど」
この期に及んで文句を言いながら素足をモジモジとこすり合わせて足下に視線を落とす。
「そこに座布団があるだろ」
「え……、この玄関マットみたいなやつ……?」
確かに煎餅みたいにペラペラだが玄関マットとは言ってくれたな。
もはや言い返す気にもならず黙って頷くと、表裏とひっくり返して軽く匂いまで嗅ぎ、渋々ぺたんと腰を下ろした。
ちなみに、そんな素足で座れば当然ながら冷たいに決まっているうちの床は、鳴海が口にしたフローリングなんて小洒落たものではなくただの板の間だ。座卓を知らないのだから板の間だって知っているはずがないだろう。
「そんなことよりママの再婚の話なんだけど!」
お茶を注いだ湯飲みを差し出すと鳴海は受け取りもしないで声を荒げて続ける。
「アンタ、わたしと兄妹になるって知ってて黙ってたの? え、信じらんない……」
無礼極まりない言い草で上体だけ仰け反らせ顔全体に嫌悪感を滲ませる。
「俺は伝えに行ったよな? お前のスカスカの脳みそで記憶出来てるか知らねえけど」
「誰がスカスカの脳みそよっ!? 伝えにって、いつのこと言ってるのよ?」
「月曜のことだ」
「……月曜って、……え? あの告白してきた時のこと言ってるの?」
「告白じゃねえ! お前が一方的に告白だと勘違いして勝手に俺をフッたんだろうが!」
「なんでそんな大事な話ちゃんと言わないのよ!」
「大事な話があるから人のいないところでって説明しても取り合わなかっただろ!?」
「ふざけないで! あんな話しかけ方してきたら、わたしのこと好きになっちゃった陰キャが勇気を振り絞って無謀な告白しようとしてきたって思うに決まってるじゃない」
鳴海は不遜な物言いに合わせて顔の横にピースサインを添えて笑顔を浮かべる。
おそらく本人の考える一番かわいいスマイルなのだろうが、どう見てもふざけてるのはお前の方だ。
しかし、あどけなさの抜けきらない童顔にあざとさが混ざり合った渾身の笑顔は、口惜しいが陰キャが勇気を振り絞るくらいはあり得そうな可愛さだった。
この鳴海幸帆という女、とんでもない猫かぶりじゃないか。学校で見せている清純派美少女の姿は完璧なまでの演技だ。
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