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 真潮(ましお)に実の妹がいたという思わぬ事実が発覚し、なんとか自分なりに折り合いを付けて週末を過ごした。


 あれ以降、わざわざ話題に上らせることはしなかった。根掘り葉掘り聞き出したところで受け止めきれる気がしないから。

 

 そして新しい一週間の始まりとなる月曜日、学校に行ってしまえばわたしから率先して接しない限り真潮とは視線すら合うこともなく、滞りなく一日が終わ――、らなかった。


「ちょっと! 今日、体操着の中にこれっ! 入ってたんだけどっ!?」

 これで何度目になるのか、玄関ドアを激しく開け放つなりわたしは憤りをぶちまけた。


「ん? ……ああ、風に飛ばされたのかと思ってたが、お前が持ってたのかよ」

「持ってたんじゃないわよ!? なんでこんなもの大事に持ってなきゃいけないのよっ!?」

「じゃあ紛れてたんだな。なんにしろ見つかってよかった」

「ぜんぜん良くないわよ! なんでよりにもよってわたしの体操着に紛れさせるのよ!」

 鞄の中から摘まみ出した黒い靴下を掲げて責め立てる。言うまでもなく真潮の靴下だ。


「ああ、洗濯物増えたからな。そういうこともある」

「クラスの友達に見られたのよ! どうしてくれんのよっ!!」

 まるで他人事のように聞き流しながら、真潮は取り込んだ洗濯物をテキパキと畳んでいる。


「聞きなさいよっ! 今日の体育の前に起こった悲劇をっ!」

 まるで取り合う気のないその態度に苛立ちつつ、わたしは体育の授業前に起こった不慮の事故を事細かに説明してやる。


 ――場所は女子更衣室。


 着替えの体操着を取り出すと同時に紛れ込んでいた靴下がこぼれ落ち、すぐ隣で着替えていた(まどか)が目ざとく気が付いてしまった。


「んー? 幸帆(ゆきほ)なんか落ちたよー、って、……あれ、これって男物?」

「え? ――あっ! あ、ああ……、えっと……、これは、その……、に、にい……」

 突然のピンチに咄嗟の言い訳が浮かんでくることもなく、あうあうと言葉を詰まらせるわたしに向かって円が何かをひらめいた様子で口に開いた。


「にい……? あー、もしかしてお兄さんの? 幸帆って、お兄さんいたんだー」

 着替え途中でブラウスのボタンを全開にしたままの円が口にしたキーワードに、

「え、そうなの? なんか幸帆ちゃんのお兄さんってめっちゃイケメンそうだよねー!」

「えっ、えっ、いくつ年上なの? 大学生?」

「イケメン大学生のお兄さん! すごいすごい! 紹介してよ幸帆ちゃーん!」

 あれよあれよとイケメンで大学生の兄がいるという設定で更衣室内が沸き立ってしまった。


 それが事の顛末で、説明を終えたわたしに向かって事もあろうに、真潮は大きく口を開いてあくびを返してきた。


「なにあくびしてんのよ!? ちゃんと聞いてたのっ!?」

「うん? 聞いてたぞ。あの……、場所は女子更衣室ってあたりまで」

「導入部分じゃん!? ほぼ最初だからそこ!!」

「冗談だ。にしたって、どこに悲劇の要素があるんだ? 靴下が落ちただけじゃねえか」

「存在しないイケメン大学生のお兄さんが爆誕してるじゃない! どうしてくれんのよ!?」

「……どうしてって、なんでお前は否定しなかったんだよ?」

「出来るわけないでしょ! 本当のことなんて絶対言えないんだし! 悔しいけど円の思い違いに乗っかるしかないじゃない! 苦肉の策よっ!」

「そうか……、大学生って部分は否定しなきゃならんが、俺っていつクラスの女子に紹介されるんだ? なんか複雑な気分だな」

「イケメンって部分も否定しなさいよバカ! 紹介なんてするわけないでしょ! 学校で余計なこと口走ったりしたら絶対許さないからね!?」

 冗談のつもりで言っているのかもしれないがちっとも笑えない。


 クラスのみんなの前で真潮を兄として紹介するなんて、……うん、ぜんぜん笑えない。絶望しかない。


「たかが他人の靴下ひとつで想像力を働かせすぎだろ。思春期真っ盛りかよ……」

「疑いようもなく思春期真っ盛りよ!? ホント気を付けてよね!? もー、汚いっ!」

 靴下のギリギリ端っこを指先で摘まみ上げて突き返してやる。


「いや、汚くはないだろ。洗濯してから履いてねえんだし」

「そういうことじゃないのよ! なんかこう、使用感っていうか、ほら見てここ、穴空きそうになってるじゃない!」

「そうか? まだまだいけるだろ?」

「いけないわよ!? 穴が空きそうになってるのよ!? ……え、もしかして穴が空いたら縫って修復して履く、とか? び、びんぼ……」

「思い留まったつもりかもしれないが顔全体が貧乏臭いって言ってるからな? 心配しなくても俺は裁縫だけは苦手なんだ。縫ってまで履いたりしねえよ」

「……そう、ちょっと安心したわ」

「穴が空いたら切って雑巾代わりに使うからな。窓のサッシとかの細かい掃除に便利なんだ」

「安心して損したっ!!」

「どこがだよ? 素材を無駄なく使い切る。俺は地球環境に優しい男なんだ」

「ケチ臭いだけでしょ! ……それはそうとアンタさっきから何してるのよ?」

「何って見りゃわかるだろ、取り込んだ洗濯物を畳んでるんだ」

 真潮は先ほどからずっと、わたしと会話しながらもきちんと正座して洗濯物を丁寧に畳んでは重ねていく手は止めていない。

 

 さながら手練れの主婦みたいだ。しかし問題はそこではない。


「そんなの見ればわかるわよ! 何を畳んでるのって聞いてるのよ!」

「何って……、ああ、お前のパンツだな」

 わざわざ顔の前まで摘まみ上げて、しげしげと眺めた挙げ句にさも興味なさそうにしれっと答えると丁寧に折り畳んでくるりと裏返しコンパクトにまとめてしまう。


「さ、サイッテー! マジサイテー!! 信じらんないっ!! 触んないでよ変態っ!!」

「待て。雨降りそうだったからまとめて取り込んだんだ。って、ほら見ろ、降ってきたぞ。このまま出してたら濡れちまうだろ。感謝しろ」

 わたしの憤慨を他人事みたいに受け流して窓を指し示すと、申し合わせたみたいにぽつぽつと雨粒が落ち始めてきた。






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