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 兄妹という間柄で最も多いのは、言うまでもないが血の繋がった実の兄妹だろう。


 そしておそらく次に多いのが、親の再婚によってそれぞれの連れ子同士が義理の兄妹となるパターンだろう。

 

このパターンでは、まず当然ながら親が再婚するにあたってそれぞれの連れ子が気持ちの整理に費やす準備期間が設けられるのが通常だと思う。いや、そうすべきだ。


 親同士が再婚するだけならば、大人なのだから取り立てて難しいことはない。必要書類を役所なり何なりに提出すれば完了だ。

 しかし子供は別だ。親の都合である日突然兄妹ができました。仲良くしてね! で、済むはずがない。


 そこで普通の親ならば、子供に意見を仰ぎ了承を得たうえで再婚するのが本来の順序だろう。場合によっては子供の強い拒絶や反対から、再婚を諦めざるを得ないことだってそう珍しくはないはずだ。

 

 しかし、そういった手順なりを全てすっ飛ばしてしまう例が存在するらしい。

 

 ある日突然、前触れも何もなく、再婚相手の連れ子と一緒に生活しろと告げられる。そんなラノベみたいな展開が、この世には本当にわずかながら存在するのだ。


 自宅の玄関ドアの前に呆然と立ち尽くす鳴海(なるみ)幸帆(ゆきほ)の姿を見下ろしながら、そんな冗談みたいな展開がまさか俺の身に降りかかってくるだなんて夢にも思わなかった。

 

 勝手に告白と勘違いされ一方的にフラれてしまうという悪夢のような出来事が月曜日のことだ。


 この一週間、噂を耳にした多くの生徒から腫れ物に触るように一定の距離を取られた。

 鳴海幸帆に身の程もわきまえずいきなり告白した危険人物として、姿を見られるたびにひそひそと耳打ちされる精神的ダメージは計り知れなかった。

 

 それでもなんとか金曜日までやり過ごしてやっと迎えた週末、割と夜も深まってきた頃合いにアパートのチャイムが鳴り玄関を開けると、そこに鳴海幸帆の姿があった。


「……鳴海? ……なにやってんだ?」

「え……、は? え……? アンタって確か……、って、どうして……?」

 淡いピンクのもこもことしたパーカーに同じくもこもこのショートパンツ姿だった。

 

 見るからに洗濯しにくそうな部屋着だなと上から下まで眺めると、足下にカラフルなスーツケースと荷物をパンパンに詰め込んだ鞄が山積みになっていた。

 

 チャイムを鳴らした部屋の中から、自分に対して分不相応な告白をしてきた身の程知らずの男子が出て来たとでも思っているのだろう。露骨に怪訝そうな目付きで俺を見つめてきた。


「……なんなんだよその荷物? ……まさか家出か?」

「え、ここって、仁井谷(にいや)さんの部屋、よね? ……え? なんで? ……ええ?」

 俺の問い掛けには答えず玄関の戸と俺の顔を交互に見比べている。


「確かにここは仁井谷さんの部屋だ。……お前、もしかして俺の名字知らないのか?」

「え? うん、知らない」

「せめてもう少し考える努力をしろよ……」

 さも当然と言わんばかりに鳴海は頷き、問いかけたこっちが面食らってしまう。相手の名前が思い出せなくて失礼かもしれないと躊躇したりしないのかよ?


「俺は仁井谷、同じクラスの仁井谷真潮(ましお)だ。それでこんな時間に何の用なんだ?」

「仁井谷さんに、ひとまずここの201号室に逃げなさいって言われて……、ママの再婚相手の……、仁井谷、さん……。って、にいや……、仁井谷……っ!?」

「ちょっと待て。いったん状況を整理させろ。ここに逃げなさいってどういうことだ?」

「そんなことより仁井谷さんって、アンタのっ、アンタのお父さん……!?」

「そんなことってことないだろ、逃げなさいっていったい何から逃げてきたんだよ?」

「質問に質問で返さないでっ!」


 ぴしゃりと遮って声を荒げる。先に質問で返してきたのは鳴海の方なんだが……。


「はぁ……。まさか今頃気が付いたのかよ……?」

 愕然と口を半開きにした鳴海が溜息を零す俺を見つめてくる。


 徐々に理解が追いついてきたのだろう、あれよあれよという間に顔全体を絶望の色に染めていく。


「俺の親父とお前の母親が再婚することになったんだ。そういうわけで俺たちは兄妹になるんだが聞いてなかったのか?」

「ま、ママが再婚するのは聞いてたし、再婚相手の仁井谷さんに連れ子がいることも聞いてたけど……、それがよりにもよってアンタだなんて、どういうことよそれ……?」


 どういうことも何も、そういうことだ。


 お互いの親同士が再婚することによって、俺と鳴海幸帆は兄妹となるのだ。


 ――そう、兄妹となる予定だったのだ。これからゆっくりと。


 段階を経て関係を築いていくものだと思っていたのだが、今夜まさにこの瞬間から兄妹としての生活が始まるだなんてさすがに聞いていない。


「ひとまず再婚についてはお前のママに聞いてくれよ……。それで、逃げてきたって何がどういう意味なんだ?」

「仁井谷さんが突然うちにやってきて、すぐに身の回りの荷物をまとめなさいって言われたの。それで荷物を車に運び込んだと思ったら、いきなり知らない大人がいっぱい押し掛けてきて家中の物になんか紙を貼り付け始めて……」


 おぼつかない説明を聞く限り、鳴海本人も何が起こったのか理解出来ていないようだった。見たままの状況を説明しながら改めて恐怖を感じてきたのか、自分の肩を抱いて視線を落とす。


「え、なんだそれ……? いきなり知らない大人がいっぱい押し掛けてくるとか、たちの悪いドッキリの企画くらいでしか見たことないんだが……?」

「そんなこと言われたって、わたしだってわかんないわよ……」


 本人がそもそも状況を理解出来ていないせいで話が理路整然としておらず、説明の後半に至っては法治国家であることを疑わせる事件性たっぷりな内容だった。


「状況はさっぱりわからんが、ここで立ち話ってわけにもいかないな。近所迷惑だし」

 五月の中頃とはいえ夜はまだ少し肌寒い。鳴海の恰好はというと温かそうな素材の服ではあるが、ショートパンツからにょっきりと伸びる白い素足は見るからに寒々しい。


 ひとまず中に入れるしかないだろうと玄関から腕を伸ばして荷物の一つを掴むと、

「――ちょ、ちょっと! なにするのよ泥棒っ!!」

「人聞きの悪いことを大声で叫ぶな、近所迷惑って言ったばっかりだろ。とりあえず中に入れよ。ていうか、さっさとその荷物の山を運び込め」

「は、はあっ!? ここってアンタの部屋なんでしょ!? マジ無理なんだけどっ!?」


 教室で目にしていた清純派なイメージが音を立てて崩れそうな鳴海の言い草に、

「……だったら外にいろよ」

 さすがにイラッとしてしまい放り投げるように荷物を突き返して玄関の戸を閉める。


「ちょっ、ちょっと!? なんでそんないじわるするのよ!?」

 すると鳴海は慌てて手を差し込んで阻止してくる。危うく手を挟み込むところだった。


「いや、マジ無理ってお前が言ったんだろ」

「は、入るわよ! 入れば良いんでしょっ! なによもうっ!」

 頬を膨らませてプリプリ文句を零しながら俺を押し退けるようにしてズカズカと部屋に入ってくる。発言だけに留まらず行動の横暴さに舌を巻いてしまう。


 どうしてこっちがお願いして部屋に入ってもらうみたいな流れになってしまったのかさっぱりわからない。そのうえ玄関前に残された荷物は俺が運び込まないといけないのか?


 こちらに背を向けた鳴海は腕組みして狭い部屋を見回している。そんな後ろ姿を見つめ、こいつに関わると本当にろくなことがないと魂が抜け落ちそうな溜息が零れた。






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