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「……なに見てるのよ? 何か言いたいことでもあるわけ?」

「いや、料理ねえ……。はははっ」

 俺の呆れ果てた視線に気が付いた鳴海(なるみ)がつんと顎を逸らして食ってかかってくる。


 いやはや滑稽だなぁ! なんて言うわけにいかないので乾いた笑いをお返ししてやる。


「なによその態度? アンタはまだわたしの本気を知らないだけよ!」

「はははっ。アジの干物も知らないのに本気も何もねえだろ」

「アンタがあんなのをソテーだなんて嘘吐くからでしょ! 焼き魚くらい知ってるわよ!」

 アジの干物の説明が面倒臭くてソテーだと言われたことをいまだに根に持っていたようだ。


「あんなのとはなんだ。アジは干物になることで旨味も栄養素もマシマシになるんだぞ?」

「何がマシマシになろうと食べにくいし小骨が多いから嫌なのよ!」

「焼き魚の食べ方に育ちの良さが現れるって聞いたことあるか?」

「はあ!? もっとこう、食べやすいように身をほぐして出すとかしたって良くない!?」

「どこの悪役令嬢なんだよ」

「わたしのどこが悪役だってのよ?」

「全部だろうが。せめて転生してから悪役令嬢になれよ。好き嫌いばっかり言いやがって」

「刑務所のご飯だってもっとお肉が出てくるに違いないのに、あんな食べにくい魚を出してくるのが悪いんでしょ!」

「お前、刑務所のご飯知ってるのかよ……?」

「知るわけないでしょ! けど絶対に今のわたしより受刑者の方がお肉食べてるわよ!!」

「ま、まあまあ二人とも……、ところで何の話なの?」

 波瑠(はる)が両手を広げてどうどうと宥めに入ってきて、叩かれたように我に返った。


 ここが学校の教室内であることを失念するほど、生産性の欠片もないいがみ合いが兄妹となったほんの数日で日常と化していることを思い知った。


「あ……、波瑠ちん、え、っと、ね? その……、ア、アジが……、晩ご飯でね……」

 慌てた鳴海が取り繕おうとぎこちなく説明を紡ぐが、何一つ取り繕えていないどころか自ら首に縄をかけに行っている。


 どうして猫かぶりは完璧なのに即興の演技は下手くそなんだよ。


「そ、それで波瑠、その地域交流会がどうかしたのか?」

 鳴海がこれ以上ボロを出す前に、俺は慌てて本来の話題へと軌道修正する。


「あ、うん。仁井(にい)さん、良かったら交流会の食材の買い出しに一緒に来てくれないかな」

「食材の買い出しだったら料理部の先輩たちが行くだろ?」

「今回は量も多いし、食材以外の備品の買い出しもあるからそれぞれ分担しているのよ」

「波瑠ちんっ! そんな同じ部活だからって止めた方が良いよ!」

 息を吹き返したように鳴海が横からしゃしゃり出て来て待ったをかける。


「……え、どうして?」

「だってさ波瑠ちん、視線……、気が付いてる?」

「視線?」

 わざわざ波瑠の耳元に口を寄せているくせに、しっかり俺に届く声量で蔑んでくる。


 波瑠の方が胸がデカいと言われたことを根に持っているらしく、ここぞとばかりに反撃に転じたつもりだろうが再びボロの出そうな話題に寄っていることに気が回っていない。


「おい、おかしなこと言うなよ……?」

「はあ? おかしなことってー? 何を言うなってー? ほらほら言ってみてー?」

「いや、お前な……」

 俺が口止めしようとした意図を汲み取ることもなく、どこからどう見ても憎たらしい言い草で耳に手を添えて挑発してくる。もはや、かぶった猫でさえずり落ちかけている。


「もう、二人とも落ち着いて……?」

 たまらずといった苦笑を浮かべた波瑠が身体を割り込ませて本日何度目かの仲裁に入る。


 椅子に腰掛けたままの俺の眼前が、ちょうど波瑠の胸で覆い尽くされる。


 当然、波瑠は無意識だし俺だって何も意識なんてしない。鳴海が勘違いしているような劣情など抱くことはない。


「やあ、(みなと)さん。何の話してるの?」

「わ、綿摘くんっ!」

 まだ気が済まないのか、波瑠の仲裁越しに俺を睨んでいた鳴海の背後から、綿摘がひょっこり顔を覗かせて話しかけてきた。


 その声に敏感に反応した鳴海は、それまで浮かべていた殺し屋じみた視線を一瞬で押し込み、すさまじい反応速度で瞬時に猫をかぶり直した。


「あ、再来週の地域――」

「えっとね、波瑠ちんと二人で今度ある地域交流会のこと話してたんだよ!」

 波瑠の説明を遮って、鳴海は声音にわずかな緊張を含ませながら綿摘と向き合う。


 波瑠と地域交流会の話をしていたのは俺なのに存在を抹消されてしまった。


「へえ、そうなんだ。ちょうど良かった。湊さん、その交流会で用意する備品の書き出しってもう渡してたかな?」

 波瑠への問い掛けを鳴海が全部説明してしまったことに、綿摘は嫌な顔ひとつ浮かべることなく笑顔を返し改めて波瑠を名指しして問い掛ける。


「あ、備品の書き出し……? いいえ、まだ貰ってないわ」

「じゃあ用意するから持って行くよ」

「あ、うん。ありがとう」

「あと一応確認なんだけど、料理部の人たちは全員参加するのかな?」

「あ、えっと……、どうかな? たぶん……」

 波瑠が視線だけで参加の意思表示を伺ってくるが俺はごく控えめに首を横に振って返す。


 一年生の時の地域交流会には参加したのだが、言ってしまえば学芸会のような催しだった。別にそれ自体に不満はない。


 家庭では作れないような料理に携われるかもしれないと淡い期待を抱いていたが、貴重な男手ということで備品の搬入や力仕事を割り振られただけだった。

 そんな雑用でスーパーのタイムセールを逃してしまうのならば、強制でない限り参加する気にならなくて当然だろう。


「ねーねー、颯馬(そうま)ー、何の話ー?」

「どうしたどうした綿摘? 鳴海さんもそっちでなに話してんの?」

 陽キャグループの中心たる綿摘がこちらにいるからだろう、磯浦(いそうら)(まどか)がひょこひょこやって来て輪に加わり、それに続くように豊原(とよはら)玉野(たまの)の二人も鳴海めがけて近付いてくる。


 普段は教室後方で群れているくせに俺の席の周りを取り囲み始める。


 途端に居心地が悪くなって席を立った俺は、

「悪いな波瑠、やっぱり週末は忙しいから買い出しには行けそうにない。すまん」

 それだけ耳打ちして騒がしい輪から抜け出しそそくさと教室を出た。


 これまで通りの日常であれば、スーパーに出掛ける時間を調整すれば買い出しくらいは行けたかもしれない。交流会にも無理を押して参加したかもしれない。


 しかし今は鳴海がいるのだ。

 ろくに家事もせず、やらせてみればカレーを温め直すことも出来ずに焦がしてしまう、いがみ合ってばかりでちっとも可愛くない妹がいるのだ。


 あり得ないくらい手のかかる妹の世話をおろそかにしてまで、旨味のない行事に参加する意味がないのだ。


 つい先ほど、あれだけいがみ合ったとしても放っておくことなど出来るわけがない。


 なにしろ次は冗談抜きに火事になる危険が孕んでいるからな。







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