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 ぼんやり考え事をしているうちに、二人分のカレーうどんが座卓に運ばれてきた。


「苦みを消すのに香辛料が多めになったが辛いのが苦手じゃなきゃ問題ないはずだ」

「ええ……、辛いの?」

「そこは許容しろよ。もしかして辛いのぜんぜんダメなのか?」

「そんなことないけど……」

 正直、辛いものはあまり得意ではなかった。


 激辛と呼ばれるものに至っては理解すら出来ない。けれど、これ以上の不平を口に出来るほどわたしの立場は芳しくない。


 そろそろとカレーうどんに鼻先を近付けてすんすん匂いを嗅いでみる。すると間髪入れることなく、ぐぅうぅぅぅ~……、と歓声を上げるみたいにお腹が鳴った。


「文句言ってないでさっさと食えよ」

「くっ……、た、食べるわよ!」

 恥ずかしさと悔しさを追いやるみたいに声を上げ、ずっと我慢していた空腹感をこれでもかと刺激してくる香りに誘われるまま箸とレンゲを手に取った。


「……美味しい」

 たった一口うどんを啜っただけでまたしても、うっかり美味しいだなんて口にしてしまった。


 そんなわたしの呟きを聞いて満足そうなしたり顔でレンゲを口に運ぶ真潮(ましお)に、完全敗北を喫したような悔しさが込み上げ、何か言い返せるものはないかと頭をフル回転させる。


「うぐぐ……っ、あっ、今日のお弁当に入ってた卵焼き! あれ、しょっぱかったわ!」

「俺は塩を入れて作るんだが、お前の家は砂糖入れて甘口にしてたのか?」

「わたしは甘い方が好きなの!」

「わがままだな。……まあ、覚えとくわ」

 何でもいいから何か言い返さないと気が済まない。


 でもさすがにこれ以上は難癖にも程がある気がして黙って食べることに集中する。温もるお腹がホッとする。


「おい、出汁が飛び散ってるぞ。気をつけろよ」

 カレーうどんにふぅふぅ息を吹きかけていると見かねたように真潮が口を出してくる。


「熱いんだから仕方ないでしょ」

「カレーうどんは美味いんだが食べ方の難しさが問題なんだ。言うまでもないが服への出汁の飛び散りだ。白い服を着てカレーうどんに挑むのははっきり言って蛮勇でしかない」

「いきなりなに語り始めてんのよ……?」

「お前の着てるその服なんて危険でしかないって言ってんだよ」

 部屋着にしている襟ぐりのゆったりした生成り色のニットを指差して真潮が顔をしかめる。


 その指摘はもっともではあった。

 わたしは麺類を啜るのが苦手だった。ご指摘の通り、盛大にとは言わないまでも出汁を座卓に零しているのも事実だ。


「ああ、ほら。気を付けろよ、落ちなくなるぞ」

 手元のボックスティッシュから一枚抜き取って腕を伸ばし、わたしの胸元を押さえてくる。


「――ッ!? ちょっと、なに触ってんのよっ!?」

 口に含んだうどんを吹き出しそうになりながら真潮の手を払い除ける。


「もっと気を付けて啜れよ、へったくそだな。汚れ付いたら落ちないんだからな?」

「口で言えばいいでしょ!? なにどさくさ紛れにおっぱい触ってんのよ! この変態!!」

「は? 触ってねえよ。汚さないように慎重に食えよ」

 箸さえ放り投げて両手で胸元を覆い隠すわたしと、払い除けられた自分の手を交互に見つめた真潮は、何事もなかったようにカレーうどんをずるずると啜り始める。


 乙女のおっぱいに触れた認識がないどころか、この男にとっては服に汚れが付いてしまう煩わしさの方がよほど問題なのだ。それはもうプライドをズタズタに傷付けられるに充分すぎた。


「触ったでしょ! それともなに? 触った実感も湧かないサイズだって言いたいの!?」

「いや俺が拭ったのは、もっと上の、この辺――」

「なにまた手を伸ばして触ろうとしてんのよ!? 責任取りなさいよねっ!!」

 触ってないことを証明するためなのか、わたしの胸に改めて手を伸ばしてきて愕然としてしまった。


 触れられてしまう直前で辛うじて遮り乙女の柔肌を死守する。


「責任ってなんだよ? 近所迷惑だから静かにしろよ。あー、じゃあそうだな、カレー焦がしたのと相殺な。これでいいか?」

 さっぱり取り合うつもりさえなく言い捨てられ、途端に言葉に詰まってしまう。


 それを引き合いに出されてしまったら返す言葉がない。


「むぅ~~……っ」

「どうした難しい顔して、トイレか? 我慢せずに行ってこいよ?」

「違うわよっ!」

「トイレ行ってる間にカレーうどん盗ったりしねえから心配すんな」

「そんな心配してないわよ!!」

 憤りを押し殺していればトイレを我慢しているのかとデリカシーの欠片もないことを問われ、苛立ちの炎に無遠慮な油をどばどば注がれる。


 胸に触れたことを謝罪するだとか、意識してドギマギするとか反応があれば、わたしだって鬼ではないのだから渋々でも許してやらないこともない。


 とにかく、あまりにも女性として意識されていないことが腹立たしいのだ。


 なにも嫌らしい目で見ろと言っているのではない。意識されないことで別に何の不自由もないし、むしろ快適なくらいだ。しかしそれはそれで蔑ろにされた乙女心が納得できないのだ。


 だからといってそんなことを説明なんて出来るはずもなく、恨みがましく真潮を睨み付けながら、残りのカレーうどんを細心の注意を払いながら完食するしかないのだった。







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