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ピーララー♪ と、いかにも安っぽい電子音を響かせて炊飯器が仕事を終えたアピールをしてきた。
弾かれたようにわたしは顔を上げて時間を確認する。
ちょうど7時。当たり前だけど仁井谷真潮の言っていた通りの時間にご飯が炊き上がった。蓋を開けてみると、ふわりと蒸気が立ち上りご飯の甘い香りが広がる。
静けさが落ち着かなくて、なんとなく点けたまま観てはいなかったテレビを消して、わたしはガスコンロの前に立つ。
こちらもパカッと蓋を開けて確認すると、お鍋に半分くらいの量のカレーがほんのわずかに温もりを残していることがわかった。
ただ本当にわずかばかりで、冷めているといって間違いない。温め直さないと美味しく食べることは出来ないだろう。
用意されていたお玉で、カレーをぐるりと混ぜて掬い上げてみる。
……ふむ、この透き通ってる感じなのはタマネギかな?
この赤いのは間違いなくニンジンだろう。
だとすると、こっちの少し大きめの塊はジャガイモだろうな。
改めて、混ぜ直し、お玉を掬い上げる。
………………お肉は!?
えっ、このカレー、お肉入ってないのっ!? 嘘でしょ!?
その後、何度か混ぜては掬い、掬っては混ぜてを繰り返してみたけど、どうにもお肉らしき物体がまったく確認出来なかった。
冷えているせいでとろみが強く、お肉なのか野菜なのかさえ判別が難しい。
それにしたってどういうことよっ、あの男カレー食べたことないんじゃないの!?
中学生の時の林間学校で、みんなで大騒ぎしながら大きな鍋で作ったカレーに入っていた、噛み切れないくらい硬かったお肉を思い出す。
いつまでも口の中に残って飲み込めず、顎が疲れてしまったことをよく覚えていた。
わたしは自宅でカレーを食べたことはほとんどない。
家政婦さんがわたし一人分の食事を作るにあたって、たった一人の1食分だけを作れなかったのだろう。
それが悲しかったり、残念だったりなんて気持ちはさらさら無い。わたしにとってカレーとは、大勢が集まった時に初めて選択肢に上るメニューだったからだ。
そんな特別なメニューであるカレーを、わたしはいま、一人で食べようとしている。
お玉一掬いが一人前として、だいたい四、五人ぶんくらいの量があるように見える。
あの男がバイトから帰ってたくさん食べるつもりなのだろうか?
そういえば林間学校の時もやんちゃ盛りみたいな男子たちが、競うようにスプーンを動かして掻き込んでは、何度も何度もおかわりをしていた。
そんな上品とは言い難い姿を見ながら、それでもわたしは笑ってカレーを食べていたことを思い出した。
……なにをわたしはセンチメンタルになっているんだろう。たかがカレーで。
そう、たかがカレーだ。
こんなお肉さえ見当たらない、野菜がごろごろしてる、……わたしのために作られたカレーを前にして。
ふぅ……、仕方ない。お肉が入ってなくても、今日だけは文句を言うのはやめておいてあげようかな。
お鍋はガスコンロの上に乗ったままだったので、点火スイッチを押してチチチッと火が付いたことを確認する。
どれくらい温めればいいのかな。5分? 10分? まあ、適当でいいか……。
戸棚の置き時計に視線を向けたわたしの背後で、座卓に置いたままだったスマホがLINEの着信を知らせてきた。
クラスの友達のモッチャからだった。グループトークに招待している。
なんだなんだ? 女子トークの申し出とあっては無下にも出来ない。
『聞いて聞いてっ、エスプからついに告られたかも! どーしよ!?』
その文字を目で追いながら、隣のクラスのエスプってあだ名な男子の顔を思い浮かべる。
えっと、何くんだったかな……? みんなしてとにかくエスプって呼んでるから名前がぜんぜん思い出せない。そもそも一度も実名を耳にしたことがなかった気もする。
ただ、いまは思い出せないエスプの実名なんかより、ずっと付かず離れずなじれったい関係だった二人の仲が一気に進展したのだ。
わたしは座卓のまわりを落ち着きなくぐるぐる回りながらトークに集中する。
告られたかもってどういう状況なのよ?
もったい付けてないで早く教えなさいよっ! ほら、早く早くっ!
そうやってどれくらいスマホの画面を注視していただろう。
エスプからの相談という体を成した惚気がなかなか進まないことにヤキモキしていたわたしは、その異常事態に気が付き全身の血の気が引いていった。
そしてエスプとのトークをぶった切り、何時までバイトなのか知らないけど、たぶんまだバイト中だろう仁井谷真潮にスタンプを一つだけ送った。
お気に入りの愛らしいキャラクターが涙を流しているスタンプを。
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