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「あ、仁井さん。おはよう。ちょっといい?」
「ん? ああ、波瑠か。どうした?」
スマホで近所のスーパーのアプリを立ち上げお買い得情報とセール内容を見比べていると、隣のクラスの湊波瑠が俺の席の前に立っていた。特売品探しに夢中で気付かなかった。
肩上で切り揃えられたほんのり内巻きのボブカットで大人しそうな見た目の湊波瑠は、ただそこにいるだけで目立っている鳴海や磯浦円と比べてしまうと、内気そうな見た目の通りにぜんぜん目立たないやつだ。
まあ陽キャの申し子みたいなアイツらと比べてしまうと、大抵の女子生徒は霞んで見えてしまう。もはや種族が違うのだ。比べるだけ愚かだ。
そんな波瑠は用があってやって来たのだろうに、要件を述べもせず胸の前でもじもじと指を絡ませながら上目遣いで俺に視線を投げかけてくる。
「おいおい、またか?」
「えへへ……」
肩をすくめて溜息を吐いてみせると、控え目に眉尻を下げてはにかんだ笑顔を返してくる。
「まったく……、家を出る前にしっかり確認しろよ。で、どれだ?」
「数Ⅱの教科書なんだけど」
波瑠が俺の元にやってくる理由は忘れた教科書を借りに来ることがほとんどだ。
こいつは本当に忘れ物が多い。へたをすると毎日くらいの頻度で教科書を借りに来る。さすがにそろそろうっかり屋さんを通り越して健忘症を疑った方がいい気がしてくる。
「たまには部活、出てこれそう?」
「うーん……、バイトもあるし家の用事も忙しいからなあ」
「部長も気にしてたよ? 幽霊部員でももうちょっと存在感があるって」
「それ気にしてるわけじゃなくて嫌味って言うんだぞ……?」
差し出した数Ⅱの教科書を受け取り胸に抱いて、口元に手を添えて波瑠は笑みを零す。
楚々とした控えめな仕草は、急遽生活を共にすることとなった猫かぶりにも見習ってほしい。
「やあ湊さん、おはよう。どうかしたの?」
俺の背後から清涼感の伴った声音を奏でつつクラスの中心人物である綿摘が近づいてきた。
無駄にキラキラエフェクトを俺の顔に被さりそうなくらい振り撒き、波瑠の隣に立って爽やかな笑顔を浮かべて白い歯を覗かせる。
「あ、教科書を借りに来ただけよ」
「僕のを貸そうか?」
「あ、もう仁井さんから借りたから。ありがとう」
俺から受け取った教科書を改めてぎゅっと胸に抱き締め遠慮がちな笑顔を返す。
「そっか。今度は僕のことも頼ってくれると嬉しいな」
「あ、うん……。それじゃあ仁井さん、あとで返しに来るね」
ひらひらと小さく手を振り、波瑠は柔らかく微笑んで逃げるように教室を出て行った。
「……仁井谷くんってさ、湊さんと仲良いよね?」
本日の特売品探しに戻ろうとスマホに視線を落とした俺に、波瑠の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って見送った綿摘が問い掛けてきた。
休憩時間のたびに大声で談笑している教室後方の縄張りにさっさと戻っていくと思っていたのに、綿摘はわざわざ俺の顔を覗き込むみたいに腰をかがめて笑顔を寄越す。
このイケメンが持て囃される理由は単に顔の造形が整っているだけに留まらない。
俺のような普段から会話することのない男子にも分け隔てなく接してくる、相手によって態度を変えたりしない誠実さが人望に繋がっていた。
その証拠に、鳴海と違って俺の名前をちゃんと知っているしクラスメイトとして認識している。
女性向けスマホゲームに登場する一番攻略の難しいイケメンキャラがそのまま現実に出て来たみたいなやつだ。
ただ、そんな綿摘が俺に接してくる理由は純粋なクラスメイト意識ではない。
「仲良いって、俺と波瑠が? うーん……、特別そんなつもりはないが、まあ普通だな」
「あははっ、普通かぁ。でも普通って言ってもいろいろあるだろう? 普通にただの友達、普通にただの幼馴染み、普通にただの知り合い、とか」
「なんでいちいちただのって付けるんだ? 普通以下じゃねえか」
「ごめんごめん。仁井谷くんが普通なんて言うからさ」
俺と波瑠の関係は普通と称するしかない。仲良く見えるのなら、まあ否定はしない。
「――じゃあ、湊さんと、普通に付き合ってる、とか?」
「それだけは断じてない」
「……そっか。うん、わかったよ」
俺の即答にほんのわずかだけ懐疑的な色を覗かせ、それでも小さく頷いて笑顔を浮かべた。
「あれー? 颯馬とにぃにぃって仲良かったっけー?」
教室後方から珍しい組み合わせを見つけたとばかりに磯浦円がひょこひょこ近付いてくる。
「……おい、にぃにぃって、その呼び方やめ――」
「なるほどね。仁井谷くんだから『にぃにぃ』か。僕もにぃにぃって呼んでもいいかな?」
「絶対やめろ」
「それでー? 颯馬とにぃにぃ、なに話してたのー?」
呼び方を改める気などないのだろう、俺の苦言などまったく意に介さず磯浦円は綿摘の腕に絡みつく。
綿摘はイケメン故の慣れた仕草でごく自然に身体を捻ってするりと抜け出し、
「それじゃあ仁井谷くん、邪魔したね」
「あーん、待ってよ颯馬ー」
そよ風でも運んできそうな爽やかな微笑みを残して立ち去り、磯浦円も短いスカートを翻しながら教室後方の定位置へと戻っていった。
わかりやすすぎて逆に心配になってしまう。
むしろ俺に対して牽制しているのだろうか。
綿摘が波瑠のことをどう思っていようが俺を牽制するのは見当違いも甚だしい。そんな無駄な牽制が透けて見えるせいで、正直俺はあのイケメンのことが鼻について仕方なかった。
まあ、そのうち俺を牽制することも無理に接するメリットもないことにすぐ気が付くだろう。そんなことより特売品探しだ。タイムセールはどこから攻めて今夜の晩ご飯は何にするかな。
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