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 朝のホームルームが始まる直前、仁井谷(にいや)真潮(ましお)は教室にやって来た担任の脇をすり抜けて滑り込んできた。


 タッチの差でなんとか遅刻を免れたみたいだ。額に汗を浮かべて肩で息をしながらわたしのことを無言で睨んで威嚇してくる。もちろん素知らぬフリして無視してやる。


 そんな露骨に視線を向けてきて誰かに勘付かれたらどうするつもりよ!

 あの六畳二間以外ではわたしたちが兄妹になったことは絶対に秘密だって言ったでしょ!


 けれど、これまでがずっとそうだったように学校に来てしまえば仁井谷真潮と接する機会なんてまるでなかった。


 クラスメイトとはいえ進んで接点を持とうとしない限りニアミスすら起こらない。おかげで土日に比べれば学校の方が遙かに心穏やかに過ごせるくらいだった。

 

 ホームルームが終わり、授業が始まるまでのほんの短い休憩時間。わたしは座ったままくるりと身体を捻り、斜め後ろの席の綿摘(わたつみ)颯馬(そうま)くんへとっておきの笑顔を振りまく。


 学年で一番のイケメンと称される綿摘くんと、クラス替えで一緒になったときは飛び上がるほど嬉しかった。

 

 そのうえ席替えで至近距離を手に入れたときは幸運すぎて怖くなった。……もしかして幸運の揺り戻しが週末にやって来たのだろうかと脳裏をよぎり、すぐに頭を振ってかき消した。この幸運はわたしの実力で勝ち取ったものなんだから。


 わたしは綿摘くんのことが気になっている。もちろん恋愛的な意味で。


 けれど綿摘くんのことが気になるのは、当然ながらわたしだけじゃない。


「綿摘くーん、課題写させておねがーい」

「ねえねえ、これ見てよ綿摘くん、友達からのLINEのスタンプがおかしくてさー!」

「うえ~……、次の現代文、当てられちゃうよ~……、綿摘くん助けて~……」

 綿摘くんの席の周りへとクラスの女子たちが自然に集まりとりとめのない談笑が始まる。


 そんな中、わたしは綿摘くんを中心としたカースト最上位グループの一員なので軽い調子で話しかけたいのはやまやまだけれど、

鳴海(なるみ)さん今日遅刻ギリギリだったじゃん? 夜更かしして寝過ごしたとか?」

「俺いつでもモーニングコールするから言ってよ、マジで!」

 綿摘くんの友達でいつも連れ立っている豊原(とよはら)くんと玉野(たまの)くんが、争うようにわたしの席に近寄り話しかけて来るおかげで肝心の綿摘くんに話しかけるタイミングを逸してしまう。


 豊原くんと玉野くんの二人がわたしに好意を寄せていることは醸し出される雰囲気でわかっている。


 なにしろわたしは学年一、二を争う美少女と呼ばれている。気付いていない風を装っているがしっかり耳に届いているし、悪い気だってしない。

 

 けれどおかげで綿摘くんに合流してくる二人から交互に話しかけられ、肝心の綿摘くんとのお喋りにちっともたどり着けない。


 先週、仁井谷真潮のことを勘違いでフッた時にもそうしたけれど、わたしは変に気を持たせる曖昧な断り方でその場凌ぎなんてしないようにしている。


 これまでずっとわたしがそうやって断っていることを知っているからなのか、豊原くんと玉野くんは明確な告白はしてこない。

 今のままの関係を続けるためなのか、お互いに牽制し合っているのかはわからない。ただ、それはわたしにとっても都合の良いことだった。


 告白されたら決断を下すしかなくなってしまう。


 それによって今の関係がぎくしゃくしてグループ内の雰囲気が悪くなってしまうことが何より怖かった。

 たとえちっとも綿摘くんに話しかけられずとも、このグループ内が破綻してしまうことの方が恐ろしい。

 だからわたしは、他の女子と談笑している綿摘くんを視界の端で意識しつつ、豊原くんと玉野くんが持ちかけてくるあまり興味を引かれない話題に笑顔を返すのだ。


「もー、颯馬マジでウケるんだけどー!」

 ひときわ甲高い声を上げながら綿摘くんの肩を叩いて、わたしと学年一、二を争うもう一人の美少女、磯浦(いそうら)(まどか)がケラケラ笑う声が教室内に響く。


 西洋のアンティークドールみたいなくっきりと綺麗な顔立ちで、すらりとした長身でスタイルが良く、ふんわりゆるく巻いた長い髪は大人びて見えて美少女と言うよりむしろ美人だ。


 そんな円はわたしたちグループ内において女子のリーダー格で、綿摘くんの机にお尻を乗せて常に一番近くをがっちりキープしている。

 

 しかも綿摘くんのことを馴れ馴れしく颯馬と呼び捨てにしている。気を抜くと羨ましさで唇を噛み締めそうになるが、そんな可愛くない顔を晒すわけにいかないから、なるべく円のことは意識しないようにしている。

 

 けれど、意識しないとは言いつつもわたしと円は親友だった。

 同じクラスになってすぐ円の方から声をかけてきて仲良くなった。なぜならわたしたちが一緒にいるだけで男子たちがコソコソと、

「見ろよ、美少女ツートップだぞ」

「眺めるだけで視力が良くなる」

 などと囁くのだ。


 わたしと円の友情はお互いの相乗効果で成り立っている。

 

 これがわたしの日常のすべてと言っても過言じゃない。

 綿摘くんに淡い恋心を抱き、なんだかんだで気の合う親友の円と冗談を言い合える仲間がいる。


 だからこそ、同じ教室内でまったく存在感を感じさせない陰キャと兄妹になってしまい、一緒に生活を余儀なくされているだなんて間違っても知られるわけにいかないのだ。


 意図せず頭によぎってきた件の陰キャこと仁井谷真潮をこっそりと盗み見ると、教室前方の自分の席で静かにスマホを弄っているみたいだった。


 もはや存在感がなさ過ぎて背景と一体化しちゃってるじゃない。漫画で言えばコマの端っこで顔さえ描かれないモブそのもの。わたしじゃなくても名前を知らないくらい仕方ないわよ。


 秒で興味を失って視線を綿摘くんに戻そうとしたところ、一人の女子が教室に入ってくる姿が目に留まった。

 

 そしてあろうことか、脇目も振らずに陰キャの元へと近付いていく様子に迂闊にも視線を奪われてしまった。






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