19
わたしが食卓に着いた時には仁井谷さんはすでにお仕事に出掛けた後だった。
朝寝坊なんて体たらくを見せるわけにいかないから早起きしようと気を張っていたのに、仁井谷真潮と並んで寝ることを強いられたせいでちっとも熟睡出来た気がしない。ただでさえ朝はなかなか起きられない自分の低血圧体質を呪いたくなる。
「おい、急げよ」
覚めきらない頭でそれでも支度を整えているわたしに向かって、追い立てるみたいに仁井谷真潮が急かしてくる。
自分はすっかり制服に着替え終わったからって、わたしと目が合うたびに何度も何度もせっついてきて! 女の子の朝の準備は時間がかかるものなのよ!
それでもなんとか朝のブローを終えて着替えも完了。
鏡に映るわたしは、うん、今日もばっちりかわいい。
納得のスマイルを鏡の中の自分に投げかけ鞄を肩に掛けたところで、
「これ、弁当な」
ずいっと無愛想にお弁当の包みを差し出してくる。
「え、なにこのハンカチの柄……? 昭和の泥棒が背負ってる風呂敷みたいじゃん……」
「なんでお前は昭和の泥棒を知ってるんだよ? それは唐草模様って言うんだ。一周回ってお前らが嬉しそうにレトロ可愛いって言ってるやつだと思えばいいだろ」
「何周回ってもダサすぎるわよ!」
「かわいく首に巻いてるの見たことあるぞ、近所の犬が」
「わたしの可愛いを犬と同列にすんなっ!」
怒りにまかせて奪い取ったお弁当はまだほんのり温かさが残っていて、不覚にもほんのちょっぴり嬉しくなって口元がもにょもにょしてしまう。
「使ってないハンカチはそれしかなかったんだ。文句言うな」
「ていうか、お弁当箱大きくない? こんなの恥ずかしくてみんなの前で出せないじゃない」
「何を競い合ってんのか知らねえけど、人の弁当なんか気になんねえだろ?」
「ぼっち飯なアンタと一緒にしないで! 大食いだと思われたらどうするのよ!」
「いつでも群れで行動してるお前らの習性なんか知るかよ。それに好き嫌いは偉そうに言うけど、お前ってしっかり食うじゃねえか」
今朝はキャベツとマカロニの入った豆乳スープとトーストが並んでいた。ほんわり温かいスープは寝起きの身体に染み渡って美味しかった。嫌いなものは入ってなかったので全部食べた。
「うっさい! ここにはクラスメイトの目なんてないでしょ!」
「いい加減、俺をクラスメイトと認めろよ? そんなに嫌なら返せ。校庭の雑草でもむしって食ってろ」
「なんで朝からそんなヒドいこと言うのよ!?」
「だったら文句言わずに黙って受け取れ。野良犬だって一宿一飯の恩を忘れねえって言うのに、お前には感謝する気持ちとかねえのかよ……」
「犬を引き合いに出すのやめてっ! ……わかったわよ。でも人に見られるのは嫌だし、アンタ一人で食べられる場所とか詳しいんでしょ? 穴場ぼっち飯ポイントとか」
「ぼっち飯ポイントに穴場なんてあってたまるか。あと勝手にぼっち認定すんな。……まあ、誰かさんの勘違いで一方的にフラれたせいで一人で飯食ってるのは確かだが――」
「あ! もうこんな時間! 早く出ないと遅刻しちゃう!」
恨みがましくもう済んだ話を蒸し返し始めたので、わたしは戸棚の置き時計に視線を移してさっさと玄関に向かう。これ以上は付き合ってもこっちの旗色が悪くなるだけだし。
「一緒に登校なんてするわけにいかないから、アンタはわたしが出てから10分後に出掛けてね。それじゃ!」
「はあ!? ちょ、待てっ!?」
呼び止める声が響いたけど、後ろ手に玄関ドアをぴしゃりと閉めてきっちり遮ってやる。
危うくねちねち責め立てられるところだった。さあ、急がないと本当に遅刻ギリギリだわ。
じんわり温かさを伝えるお弁当箱を軽く撫でて鞄に押し込み、わたしは学校へと駆け出した。
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