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 そんな怒濤と形容するしかなかった土曜日がなんとか過ぎ去り、翌日の日曜日は鳴海(なるみ)の荷物の整理と部屋の掃除と簡単な買い出しで終わった。


 鳴海は荷物の整理には口を出してきたものの手を出すことはなく、掃除と買い出しはまるで手伝いもしなかった。

 

 それどころか晩ご飯として予告していたアジの干物を見た鳴海は眉間に皺を刻み込んで、

「ちょっと、これのどこがソテーなのよ!? アンタ、ソテーって知らないの!?」

「そんな昨日の話覚えてたのか、めんどくせえな。その食い意地だけは感心するわ……」

「うっさい! わたしもうソテーの口になってたのにどうしてくれるのよ!?」

 と、火を吹く勢いで座卓を叩いて盛大に文句を突き付けてきた。


 ひとしきり文句を言い終えて気が済んだのか、ふっくら焼き上げたアジの干物に箸を突き刺し渋々といった表情で食べ始めた。結局食うんだったら黙って食えよ。


「ったくお前、もっときれいに食べろよ? アジが可哀想じゃねえか」

「ほっといてよ! 骨もあるし、身が固くてほぐしにくいのよ……!」

「魚が切り身で泳いでると勘違いしてる現代っ子かよ……」

「押しも押されぬ現代っ子ですけどっ!?」

「切り身で泳いでるのは否定しないのかよ……」

 そんな無益な言い争いを交わしつつも、悪戦苦闘の末にアジの身をほぐして食べ終わる頃には空腹も満たされたようで悪態を吐くことはなくなった。


「ただいま」

 前触れもなく玄関のドアが開けられ親父が帰ってきたのは、やっと一息付けるとお茶を湯飲みに注いでいるタイミングだった。


 次の瞬間、鳴海は借りてきた猫のようにすとんとおとなしく膝を揃えて座り直した。とんでもない豹変速度だ。猫かぶりの本領発揮とは正しくこのことだな。


幸帆(ゆきほ)ちゃん不便なことはないかい? 真潮(ましお)はちゃんとお兄ちゃんらしくしてるかな?」

 親父は親父でちっとも似合わない猫撫で声を出しながら鳴海に問いかけ、

「はい、ぜんぜん平気です。コイ――、真潮くんとも仲良くしてます」

 一瞬コイツと言いかけたものの、なんとか持ち直して人好きのする笑顔を浮かべる。


 いったいいつ俺とお前が仲良くしたんだよと盛大にツッコみたくなったが辛うじて堪えた。


 どうしてその殊勝な猫を俺と二人の時にも被り続けてくれないのだろう?


 しかし鳴海が大人しくなったおかげで、昨日あれだけ大騒ぎした入浴も滞りなく済ませることが出来た。普段から家事を息子に丸投げしている親父が、ただそこにいるだけで初めて役に立った瞬間だった。


「それじゃあ、そろそろ寝るとするか」

 親父が慣れた手つきで座卓を壁に寄せて台所兼の一間に布団を敷き始めた。少し早いかと思ったが、明日は学校だから頃合いの時間だろう。


「うん? なにやってるんだ真潮?」

 親父が布団を敷いている側で自分の布団を抱えている俺に向かって放たれた一言だ。


 本来は隣が俺の部屋なのだが金曜の夜から鳴海に占拠されていた。当然昨日もこっちの部屋で寝たのだが、今夜は親父が帰ってきたことにより事情が変わってしまった。


「なにって、布団を敷くつもりだが」

「うん? いつも隣で寝てるじゃないか」

 不思議そうにきょとんと小首をかしげる。おっさんのそんな仕草はちっとも可愛くない。


「いや、だって隣は……」

 すでに敷かれた布団の上で、鳴海がきょとんと小首をかしげる。


 おっさんの全く同じ仕草を目の当たりにした直後なので悔しいくらい可愛いが今はそんなことはどうでもいい。


「うん? ああ、幸帆ちゃんか」

 なんとか状況を察した親父が奥の部屋の鳴海をチラリと見やってにっこり微笑み、


「二人はもう兄妹なんだから気にしないで並んで寝たらいいじゃないか」

 そんな信じられないことを平然と言ってのけた。


 何一つ察してなどいなかった。唖然として言葉を失っている俺たち二人を微笑ましく見やる親父の表情には他意もなければ悪意もない。


「いや、いやいやいや、おかしいだろ? それはいくらなんでもおかしいだろ!?」

「うん? 兄妹が並んで寝ることの何がおかしいんだ?」

「いやいやいや、ちょっと待て! 兄妹かもしれないが昨日から住み始めた女だぞ!?」

「真潮、昨日から住み始めた女とはどういう意味だ? ……お前まさか、幸帆ちゃんのことをそんな風に見ているのか?」

 どういう意味だ? なんて、そのままの意味だ。


 そのうえ『そんな風に見てる』とは、どれほどの意味を内包しているんだ。顔をしかめている親父の表情からは読み取ることが出来ない。


「いやいやいやいや、見てねえけど! けどっ!!」

「なら良いじゃないか。幸帆ちゃんは構わないよね? 仲良くしてるって言っていたし」

 事の成り行きを愕然と見守っていた鳴海に同意を求める鋭いパスが繰り出される。


 突然すぎるパスに面食らって猛烈な速度で瞬きを繰り返し、どう答えるべきか必死に頭を回転させ、

「え、っと、……は、はい」

 たくさんあったはずの選択肢の中から、鳴海は一番あり得ない返答を選んでしまった。


 俺と仲良くしてます、なんて軽はずみな一言のせいで初めから退路を失っていたにしろ、素直に肯定するよりはもっとマシな返答があっただろう……?


 引き攣った笑顔を浮かべる鳴海を見て満足した親父はうんうん頷いて俺に向き直り、

「みろ真潮。おかしなことを言ってるのはお前だけだぞ。それじゃあ幸帆ちゃん、おやすみ」

 おかしなことを言ってるのは親父だけだ! と言い返す暇さえ与えられず、突き飛ばすように背中を押されて襖を閉められてしまう。


 しんと静まりかえった狭い六畳間にずっしりと重量を伴った緊張感が漂う。






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