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 一連の問答の末、俺を睨み付けながらアコーディオンドアを閉めた鳴海(なるみ)が、そのまますんなり風呂に入ってくれることはなかった。


 脱衣所と入浴の順番でひとしきり揉めてやっと入浴してくれるのかと思えば、昭和臭を漂わせるタイル張りの風呂場をまじまじと覗き込んで、


「……ねえ、浴室の空調ってどこで操作するの?」

 と電灯スイッチの周りをきょろきょろと探し回る。


 鳴海が思い浮かべているであろう機能性に特化した最新式の空調なんて、うちの風呂場に付いてるはずないだろう。申し訳程度の小さな換気扇が付いてるだけだ。


「お風呂、なの、これ……? ちょっと大きめの鍋じゃなくて……?」

 ステンレスの浴槽を見るのが初めてだったのだろう、確かに膝を抱えないと入れないくらいには狭いのだが、言うに事欠いて大きめの鍋とは言ってくれたものだ。


「あっつい! 熱湯じゃないっ! こんなのバラエティ番組で芸人が入るやつじゃん!」

 鳴海が普段どれくらいの温度の風呂に入っていたかなど知るはずもないが、追い炊きが出来ないうちの風呂に溜めるお湯は、必然的に高めの温度になり一番風呂は熱いに決まっている。


 その後、諦めの境地に達した表情でアコーディオンドアを後ろ手に閉めると、控えめに服を脱いでいる衣擦れの音が聞こえ、次いで風呂場の水音が響き始めた。


 しかし一悶着はこれで終わりなどしなかった。


 とにかく風呂が長いのだ。壁が薄いため風呂場からの水音が聞こえてくるので溺れているわけではないことだけは伝わってくる。


「ねえ! ちょっと! ドライヤー忘れちゃった! ドライヤーくらいあるわよね!?」

 やっと風呂から出たかと思うと、アコーディオンドア越しに金切り声が響く。


「ドライヤーくらいあるが、脱衣所のコンセントは洗濯機の裏側だから使えねえぞ?」

「もおぉぉ! ……ちょっと目、瞑ってて! わかった!? 絶対に瞑っててよ!?」

 一方的に謎の要求をしてきたかと思うとアコーディオンドアが勢いを付けて大きく開かれた。


 まさか全裸で出てくるのかと狼狽えてしまったがそんなわけはなく、目に付いたのは風呂上がりで上気した頬に想像していたよりもずっと湿気でうねった髪を貼り付けている姿だった。


「ちょっと!? 目、瞑っててって言ったでしょ!? サイテー!!」

 俺と視線が絡むなり罵声を浴びせながら隣の部屋に駆け込んで勢いよく襖を閉める。


 なるほど。ヘアアイロンが絶対いると言っていたわけだ。学校で普段目にしていたさらさらストレートからは想像も出来ないなかなかの癖っ毛だった。


「なによこのドライヤー? 温風と冷風しか出ないじゃない!? ペット用なの!?」

「ペット用なわけねえだろ。そもそも人間用との違いなんてあるのか?」

「うっさい! 髪のお手入れは時間との勝負なのよ! 話しかけないでっ!」

 理不尽に会話を打ち切られ間髪入れずにドライヤーの駆動音がゴーゴーと響き始める。


 やれやれと肩を落としながら風呂場に入り湯船の温度を確認する。

 もはやそんな必要もなく案の定すっかり冷めている。


 溜息を零して振り返ると、ドライヤーを使っていたはずの鳴海がアコーディオンドアから首を伸ばしてこちらをジト目で見据えていた。


「今度はなんだよ、シャイニングのものまねか? おー似てる似てるそっくりだぞ」

「違うわよ! いま残り湯、飲もうとしてたでしょ?」

「飲むわけねえだろ、お湯加減を見てたんだ。……くそ、こんなに冷ましやがって」

「絶対飲もうとしてたわよっ! なにがお湯加減よ白々しい!」

「お前が入った後のお湯なんか飲んだら腹壊すだろ。きったねえ」

「き、汚くないわよっ!?」

「うるせえなぁ、ドライヤーは時間との勝負じゃなかったのかよ?」

 もはや面倒臭さがピークに達して、俺はこれ以上構うことなく上着を脱ぎはじめる。


「ちょっと!? なんで脱ぐのよ、デリカシー無いにも程があるでしょ! 露出狂っ!!」

「脱衣所を覗いてるやつにデリカシーを語られたくねえわ!」

 破壊する勢いでアコーディオンドアを乱暴に閉めて鳴海が出て行き、再びドライヤーの音が響き始める。遠慮の欠片もない最大風速の音だ。


 俺の平穏な日々は跡形もなく崩れ去ってしまったのだろう。


 絶望感を覚えながらすっかり冷めきった湯船に手短に浸かり、ちっとも温もることもなく震えながら出たら出たで、

「飲んでないでしょうね!? ほんとに飲んでないでしょうね!?」

 ヘアアイロンで髪を引っ張る鳴海から鏡越しに眼光鋭く睨まれながら問い詰められた。


 だめだ。心の安まる瞬間がねえ……。


 これだけの密度で、まだ一日しか経っていない事実を前にクラクラと眩暈を感じてがっくりと項垂れてしまった。






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