14
近所のスーパーで買い物を終えて帰宅すると、鳴海は今日買った化粧品やらなにやらの細々としたものを俺の部屋の机に並べていた。
昨日、寝る時に部屋を使った流れで、本来は俺が使っていた奥の部屋は一夜にして鳴海に占拠されてしまった。
俺の勉強机として活躍していた折り畳みのローデスクは、すっかり大小様々な化粧品で埋め尽くされ、もはや勉強机だった面影すら残っていない。
どこで勉強すれば良いんだよ、と一言もの申してやろうかと思った矢先、丁寧に並べていた化粧品の側にヘアアイロンが置かれていた。……まあ、勉強くらいこっちの座卓でも出来るから別に良いか。
とりあえず今日は一日歩き通しで疲れた。晩飯は簡単にできるものでさっと済ませよう。
「晩飯が出来たぞ。ベーコンとアスパラガスのカルボナーラっぽいパスタだ。ほら食え」
「……え、アンタが作ったの?」
皿に盛られたパスタを見て放った鳴海の第一声がそれだった。俺が作らなければ朝食の目玉焼きすら出て来ないってわかってないのだろうか?
「え、俺以外の誰かが見えるのか? それは見えちゃいけない霊的なやつだぞ?」
「怖いこと言わないで! ……でも、ふーん。料理なんて出来るんだ」
「お前にとって朝の目玉焼きは料理じゃないのか?」
「え、だって焼いただけでしょアレ?」
主婦が聞いたら怒髪天を衝く勢いで憤りそうなことを事も無げに口にする。
さすが鳴海、俺にはとても言えないことを平然と言ってのける。そこにシビれもしなければ憧れもしないが。
「まあ確かに焼いただけだが……。このパスタだって俺がレシピ考えてるわけじゃねえしな」
フォークを手渡しながら食卓の端に置いた自分のスマホを指差す。
「ん? どういうことよ?」
「スマホにインストールしているアプリを活用してるんだ。料理レシピサイトの無料アプリだったり、お料理レシピ投稿サイトの無料アプリとかだ」
「無料アプリばっかりじゃない!」
「当然だ。俺のスマホに有料アプリは一つも入っていない。無料で使える範囲だけでも充分に役立つしアイディアの宝庫だ。あとは近所のスーパー各店のポイントアプリを網羅して特売品とお得なクーポンを逃さずゲットしているぞ」
「あー……、うん。なんか幸せそうで良かったわね……」
俺のスマホに欠片も興味を示すことなく、憐れむみたいな眼差しを寄越す鳴海はくるくると器用にフォークを動かしてパスタを口に運ぶ。
「おい、いただきますくらいちゃんと言えよ」
「……ん、美味しい」
鳴海がうっかり零した一言に、――脳を焼かれた。
「そうか! パスタは簡単に作れるのに美味いよな! ちなみに、カルボナーラっぽいって言ったのは生クリームを使わずに作ったからだ。生クリームは高いからな。隠し味にマヨネーズを使ってコクを出すのがポイントなんだ!」
お小言を口にしかけたが、むぐむぐ口を動かしてぼそっと零れた飾り気も何もない美味しいの一言に、俺はえも言われぬ高揚感から早口で捲し立ててしまった。
昨日までは親父の分と二人前、場合によっては自分が食べる分だけを料理していたのだ。
親父と男二人の食卓で美味しいなどと口に出すことなんてなかった。そんな親父との食卓とは打って変わって、強制的に兄妹としての生活を余儀なくされたクラスの美少女が俺の作った料理を食べて美味しいと言ったのだ。
皮肉でもなんでもない正直な感想に、いただきますをちゃんと言わなかった程度の苦言を放り投げるくらいにはテンションが爆上がりしてしまった。
「いや、隠し味とか聞いてないから……」
「そうかそうか美味いか! いやぁ、おかわり出来るくらいもっと作れば良かったな!」
「変質者みたいな顔ニヤけさせてなに? キモッ……」
「べ、別にニヤけてねえよ。……って、おい、アスパラガスも食べろよ?」
鳴海からの怪訝な視線に口元を引き締めながら、パスタを口に運んでもぐもぐする姿を心地よく眺めていると、鳴海は巧みなフォークさばきでアスパラガスを的確にはじいていた。
「えー……、だってなんか青臭いじゃん……」
「なに言ってんだ、アスパラガスはあのシャッキリ感と淡い甘みがいいんじゃないか」
「なんて言われようと青臭いからイヤなの」
「それが良いんだろうが。ちなみに明日は残ったアスパラガスで炒め物を作るつもりだ」
「ええー……、あ、そうだ。フィレステーキに飾りで添えておけばいいじゃん?」
「アスパラガスをクレソンみたいに扱うな。そのうえフィレステーキだと? 明日の我が家のメインはアジの干物だ。そしてアスパラガスの炒め物だ」
「……アジノヒモノ? アジって魚よね? それってムニエル? ソテー?」
「お前マジで言ってんのか? まさか干物を知らないのか……、まあいい。干物って焼くだけだからムニエルじゃねえしソテーなのか? ああもうソテーでいいわ、めんどくせえ」
「だったらアジのソテーって言いなさいよ、紛らわしいわね」
俺の説明に眉根を寄せて不平を述べながら、鳴海はやはりアスパラガスだけを巧みにはじいてパスタを口に運ぶ。結局、鳴海はアスパラガスだけを綺麗に残して食事を終えた。
まったく……、アスパラガスは嫌い、と。一応、頭に入れとくか。
こんなことに記憶容量を割くことに自体がいまいましいが、否が応でも寝食を共にする以上は胃袋の好みを掴んでおくのは重要だからな。
大昔の結婚式で使い古された陳腐なスピーチの題材みたいだが、こいつだけ別メニューなんてわけにはいかないのだから仕方ないだろう。
気に入っていただけたら★やブックマークで応援よろしくお願いします。励みになります!




