12
たかが洗濯ごときでここまで揉めるとは思わなかった。
ブラの手洗いが済んだ頃には鳴海は憔悴しきって立ち尽くし、一気に老けたように表情に影を落としていた。
洗濯物を干して山のような荷物の片付けを終えた頃には涅槃仏みたいに横になって動かなくなっていた。
それでも当面の生活必需品を買いに出掛けねばならず、なんとか準備を促してやっと部屋を出る頃には幾分か元気を取り戻していた。
ひとまず駅前のドラッグストアに向かおうとすると、
「誰に見られるかわかんないのに近場なんて絶対にイヤ!」
と拒絶された。
わざわざ遠くのドラッグストアを目指して歩きながら、憔悴しているうちに買い物を済ませるべきだったと後悔した。
俺から少し距離を取って付いてくる鳴海は、よっぽど誰にもバレたくないのだろうキャスケットを目深に被り黒縁の大きな眼鏡をかけていた。
「お前って、目、悪かったのか?」
「変装用の伊達眼鏡よ、話しかけないで!」
「悪いのは目じゃなくて頭の方だったか……」
「なに? なんか言った?」
距離を取っていたおかげで聞き取れなかったようだ。やれやれ助かった。
鳴海の普段着がどんなものかは知らないが現状は明らかに不審者にしか見えない。まあ、他人のフリをしてくれているおかげで俺にダメージはないから別に良い。
そうこうしているうちにドラッグストアにたどり着くと、鳴海は俺を押し退けて化粧品コーナーに駆け寄り、買い物かごいっぱいに似たような化粧品をぽいぽい投げ込んでいく。
その化粧品の価格を見て腰が抜けそうになった。
七味唐辛子の小瓶みたいなサイズなのに価格の桁がまるっきり七味とは違っている。
俺は化粧品なんて使ったことがないから、その価格が普通なのかどうかわからない。いずれにしろ鳴海が選んでいる化粧品はどれも立ち眩みを起こしそうな価格だった。
「おい、最低限必要な生活必需品を選べよ……?」
「だからいま選んでるでしょ! 昨日は突然すぎてパウダールームから洗顔一式すら持ち出せなかったんだから。えーと……、クレンジングに化粧水、美容液も選んだから……、あとは乳液とクリーム、それとオイルはどこだろ……」
どうやらこれでもまだ全部じゃないらしい。
そのうえ聞き流すところだったが、さらっとパウダールームだなんて言いやがった。自宅にそんな小洒落た部屋があるほどの豪邸だったのか。
「顔くらい石鹸で洗えば良いだろ、牛乳石鹸なら貰い物がうちにあるぞ?」
「バカ言わないでっ! アンタにはわかんないでしょうけど、これだけのケアを行って女の子はかわいいを保ってるのよ! 他の誰でもない自分のためにねっ!」
「いや、そのままでも充分、かわいい、だろ……?」
「あーあー、はいはい出ました出ましたー。男子が口にする『そのままでもかわいい』ってのはね、ぜんぜんそのままじゃないのよ。男子が知らないだけで女の子はみんな、ありとあらゆる努力と入念な日々のケアを施して『かわいい』を維持してるのよ!」
遠回しにかわいいと言ってやったのに、鳴海は呆れた様子で両手を広げて首を振る。
「そうか、わかった。じゃあ、はっきり言おう。予算的にそれ全部は無理だ。お前の顔面の修繕費だけで向こう一ヶ月はもやしさえ買えなくなっちまう」
「顔面の修繕って人の顔を工事現場みたいに言わないで!?」
「とにかく最低限にしろ。今夜の晩飯が水だけになったりしたら、栄養面的にも美貌の維持に問題があるんじゃないか?」
「うっ……」
もはや何度目かわからない、ぐうの音も出ない正論を前に言葉につまらせる。
みっともないかもしれないが無い袖は振れない。
そしてそれは鳴海にもさすがに伝わったようで、苦々しい表情で買い物かごに放り込んだ商品を一旦戻し、改めて別の商品を手に取りパッケージ裏の成分表を睨み付けて吟味しはじめた。
しかし、とっかえひっかえ穴が開きそうなほど成分表を見比べるせいで、それからたっぷり一時間もかかってしまった。
目的の化粧品からグレードを落とさざるを得なかったことに落胆する鳴海の背中を押して、次は布団一式を揃えるため量販店に向かった。
そこでも、自宅ではアイダーダックダウンを使っていただの、ダブルサイズが好みだのと真面目に聞いていると頭が痛くなることばかり口にした。
ここでさらに時間を取られては堪らないので一番安いシングルサイズ6点セットを選んで会計を済ませて店を出た。
すでに人目を気にする元気もなくした様子で、すっかり機嫌を損ねて視線を落とした鳴海が、
「あっ、アイロンがない……」
ふと思い出したようにぽつりと呟いた。
「アイロン? それくらいうちにもあるぞ」
「うそ、キモ。え、アンタでもアイロン使ったりするの……?」
「キモってなんだよ? ワイシャツにアイロンがけしないと着られないだろ」
「そのアイロンじゃないわよ! ヘアアイロン!」
「……ヘアアイロン? ああ、あの髪を挟んでなんかするやつか。それ必要か?」
「絶対いるっ! だってわたし癖っ毛で――」
さっきまで俯いて足を引きずって歩いていたくせに、言い返すとなると途端に噛みつく勢いでまくし立ててくる。と思いきや癖っ毛と口にしかけて声を詰まらせた。
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