第4話 Drop the beat, 視覚的暴力と純情のオーバードライブ
しばらくのあいだ、車内には妙な沈黙が淀んでいた。
いや、沈黙ではない。暖房のファンの音と、助手席で縮こまるルカの小さな悲鳴だけが、不快な規則性をもって鳴り続けている。
「ひっ……! は、速い……!」
「静かにして。集中できない」
「静かすぎるから怖いんです! これ本当に馬車なんですか!?」
アタシはサングラスの奥で目を細めた。
言いたいことは痛いほど分かる。実家のオンボロ軽トラが、異世界に転移した途端、摩擦もエンジン音も消え失せた魔力駆動のバケモノに成り果てているのだ。アタシだって内心、気味が悪くて仕方ない。
だが、ここでそれを口にすれば、いよいよ「パニックを起こした露出狂の痴女」で終わる。
だから、外皮だけは強者を装う。中身は冷や汗まみれだが。
アタシはハンドルを握ったまま、地を這うような低い声で言い放った。
「……騒がないの。バイブスが乱れる」
「ば、バイブス……」
ルカの顔面からさらに血の気が引いた。よし、意味は伝わっていないが、効果は絶大だ。
だが、問題はそこではない。
(どうする。阿蘇の畑から転移してきました、なんて言ったら即座に狂人扱いだ)
ルームミラー越しに自分を睨む。黒レザー、エナメル、サイバーサングラス。ガワだけは上級魔女。中身はただのDJ娘・田中トメ。
「あ、あの……ディーバ様」
「なに」
「どちらの国の魔道士様、なのですか……?」
来た。詰問の刻だ。
アタシは一瞬だけ呼吸を殺し、窓の外の漆黒へ視線を流した。
「……東の方よ。遠い国」
「東方……!」
ルカの瞳に勝手な納得の光が宿る。
「親とケンカして出てきたの。しばらく帰るつもりはないわ」
「なるほど……放浪の高位魔道士。よくある話です」
(よくあるんだ……)
「では、流派は? 属性は?炎、氷、召喚、それとも……」
「音律系」
食い気味に答えた。そこだけは揺るがない。
ルカは感動に打ち震えるように息を呑む。
「音律魔術……! 初めて聞きましたが、その恐ろしい密度の魔力制御、尋常ではないと……」
(密度とか制御とか、こっちは完全に運任せの行き当たりばったりなんだけど)
内心のツッコミを飲み込み、アタシは傲慢に顎を上げた。こういう時は、黙っている方が勝手に相手がバグを仕様と勘違いして格を上げてくれる。現場の鉄則だ。
「で。あんたが言ってた街。どこに向かってるの?」
「ミキサーバーグ市です」
「……は?」
「ミキサーバーグ市、ですが」
アタシはサングラス越しにルカを二度見した。
ミキサー。荷台に積んであるアタシの商売道具そのものじゃないか。
「なにそれ、アタシ向けに生成されたみたいな地名なんだけど……」
「せ、生成……?」
「こっちの話。続けて」
怯えつつも、ルカは律儀に語り始めた。
ミキサーバーグ市はレゾナリア王国の交易都市。アレン国王とヘス妃殿下が治める、普段は平和な国らしい。
「平和。いい言葉ね」
「……ただ、ここ数年は穏やかではありません。隣国のデス・ファクトリア帝国が、何かとちょっかいを出してくるのです」
「なにその、どう足掻いてもヤバい国名」
「え?」
「デスでファクトリアだよ? “死の工場です”って自ら名乗ってるようなもんじゃん。絶対ろくでもない」
「はい。ろくでもないです」
ルカは即答した。どうやら名前負けしていないらしい。
「帝国は、国境の森や荒地の魔物を煽り、こちらの村や農地へ意図的に流し込むんです。結果、魔物は増え、村は荒れ、街道は死にます」
「……それ、兵士だけじゃ足りないでしょ」
「はい。ですから、この辺りではいつも……農民と魔道士が駆り出されます」
農民。
その単語が、鉛のように胃の腑に落ちた。
土の水分、苗の揃い、天候、そして作付けの段取り。ひとつの歯車が狂えば、すべてが死滅する。そこからリソースを引っこ抜くということがどれほどの絶望か、土を触るアタシには痛いほど分かる。
「悲しいっていうか、それ完全に詰んでない? 畑やる人間を戦わせたら、次の作付けどうすんの」
「まったくその通りです。勝っても土地が痩せる。負ければ土地ごと消える。だから皆、血反吐を吐きながら耐えているんです」
アタシは沈黙し、無音のアクセルを少しだけ踏み込んだ。
「そういえば、あんた。さっき“帰郷”って言ってたわね」
「はい。半年ぶりに故郷へ戻るところでして。姉上と顔を合わせると、だいたい面倒なことになるので避けていたのですが……。今の状況だと、姉上も店にいないかもしれません」
「魔物の件で?」
「姉は薬師であり、魔道士でもありますから。ただ……腕は確かなんですが、本人の生活力と商売の継続力が壊滅的で。報酬が良い話には、理性より先に目が輝く人なんです」
「急に身内の悪口の解像度が上がったわね」
さっき聞いた話を思い出す。露出の激しい格好を好み、奇行を繰り返す魔力中毒の上級魔女・エルバ。
このふざけた痴女衣装を一番理解してくれそうな逸材だが、同類と思われるのもどこか腹立たしい。
「ディーバ様。もし姉上が失礼なことを申し上げても……怒って店を吹き飛ばしたりは、できれば」
「しないわよ! アタシをなんだと思ってんの!?」
「音律系の上級魔道士様かと……」
実態はただのプロDJ兼農家の娘だというのに、虚像だけが肥大化していく。
やがて、街道の先に火の列が浮かび上がった。
石造りの高い城壁と、塔の影。映画のセットではない、本物の中世都市の威容。
「……あれがミキサーバーグ市です。ですが、ディーバ様。この“鉄の馬車”のまま突っ込めば、間違いなく狂人として処理されます。ここから先は歩きましょう」
「待って。荷台の機材はどうすんの」
アタシの命であり、社会性を喪失した元凶であるDJ機材。
ルカはきょとんとした。
「マジックバックパックを、お持ちではないのですか?」
「なにそのインフラ破壊アイテム」
「私の鞄を使いますか。応急用ですが、姉の特別製なのでこの馬車ごと入るはずです」
ルカが古びた革鞄の口を開き、呪文を呟く。
内部に広がる底なしの漆黒。機材も、そして軽トラそのものも、音もなくその闇の奥底へぬるりと嚥下された。
「……入りました。かなりギリギリでしたけど」
「それ、絶対あとで買う」
「姉の機嫌がよければ、値引きできるかもしれません」
城門前。
ルカが吟遊詩人の身分証を提示したあと、門番の視線がアタシのサイバー痴女ルックに突き刺さり、完全に硬直した。
「あー……こちらの方は?」
「ディーバさんです。旅の魔道士様で、音律系の術を使われます」
「ほう。では身分証は?」
「なくしたのよ」
冷や汗を隠し、傲岸不遜に言い放つ。
門番は頬を掻いた。
「それなら、魔術をひとつだけ見せてくれりゃいいですよ。小さな火とか、浮遊とか」
(浮遊ぅ!?)
だが、脳裏に田んぼのあぜ道で練習したステップが閃いた。
ショート動画で死ぬほど見た、あの重心と摩擦を殺すスライド移動。通称『スリックバック』だ。
「ルカ。手拍子。BPM120で四つ打ち。キックを刻め。パン、パン、パン、パン」
「ぱ、パン、パン……?」
一定のリズム。アタシは指先に青白い魔力を集め、門番を睥睨した。
「アタシの術は重力操作。歩きながら、浮く」
ルカのビートに乗せ、一歩を踏み出す。
足裏の空気が弾け、地面との摩擦が完全にカットされる。アタシの身体は数センチ浮き上がり、見えない氷の上を滑るように、物理法則を完全に無視して横滑り(スリックバック)した。
「なっ……詠唱も魔法陣もなしに……宙を歩いてる……!?」
「おい見ろ、あの女、空間の重力バグらせて滑ってんぞ!?」
「上級魔女クラスじゃねえか……!」
門番の一人が持っていた槍をカランと落とし、腰を抜かした。ハッタリの完全勝利だ。
アタシは滑走を止め、振り返った。
「当然よ」
(あっぶな……!! 動画で練習しといてマジでよかった!!)
門をくぐった先の街の中は、疲弊と狂気が同居するアンダーグラウンドな気配に満ちていた。
石造りの建物が並ぶ街並みは一見ファンタジー風だが、アタシの農家としての嗅覚が即座に警鐘を鳴らす。
(……くさっ。なんだこのアンビエント臭)
下水設備が死んでいるのか、石畳の隙間には汚水が溜まり、馬糞と生ゴミの匂いがミックスされた最悪の悪臭が漂っている。
これならまだ、アタシの実家の愛しい腐葉土の匂いのほうが、よっぽど発酵が進んでいて衛生的だ。おまけに石造りの壁のせいで足音が無駄に反響し、音響環境としても最悪。低音が濁りまくる構造だ。
すれ違う町民たちは、ただでさえ疲れた顔をしているのに、アタシの黒レザー&エナメルのサイバー痴女ルックを見るなり、全員が雷に撃たれたようにフリーズした。
籠を持ったおばさんは口をパクパクさせ、荷車を引いていた男は余見して車輪を側溝に脱輪させている。
「……なんか、すっごい見られてるんだけど」
「ディーバ様、この世界でその布の面積は、高位の魔道士が魔力バリアを展開し続ける常時発動型の戦闘狂にしか見えませんから……」
「アタシ、ただの露出狂扱いされてないならいいけど……」
ルカが立ち止まったのは、薬草と月の紋章を掲げた二階建ての店。
内部は、カオスそのものだった。
「おねーちゃん!? 帰ったよ!」
ルカの叫びに返事はない。代わりにカウンターに放置された紙切れが、絶望を告げていた。
『ルカへ。ちょうどアンタが帰って来るだろうからと思ってた所。それで、王都が襲撃されてるから、南の村の農民たちとモンス退治のアルバイトいってくる。店の営業よろしく』
ルカがその場に崩れ落ち、頭を抱えた。
「またはめられた……! 帰ってきた弟に全部丸投げ……!」
気の毒だが、アタシの脳内では別の生存戦略が起動した。
「ねえ、ルカ。今夜泊まるとこないんだけど。お願いできない?」
「ひっ……! は、はい! 姉上の部屋、使ってください!」
案内された姉の部屋の扉を開けた瞬間、アタシは言葉を失った。
「……なにこれ。ドンキホーテの深夜のテンションで作った部屋?」
そこは、露出多めの布が散乱する同類の巣窟であると同時に、正気の沙汰ではないプロップス(小道具)の展覧会だった。
部屋の中央には、なぜか魔力で七色に明滅するミラーボール風の謎の浮遊石。
机の上には、どう見てもレッドブルの匂いしかしない緑色のポーションの空き瓶が散乱し、その横には、どう好意的に解釈しても『大人のおもちゃ』にしか見えない卑猥な形状のマンドラゴラの根が鎮座している。極めつけは、部屋の隅に設置された、ポールダンス用にしか見えない真っ直ぐな金属の杖だ。
「……ルカ。あんたのお姉さん、絶対クラブのVIPルームとかで暴れるタイプでしょ」
「クラブVIP?はなんだかわかりませんが、暴れるのは否定できません。時々あの杖でぐるぐる回ってますから……」
ルカが毛布を取りに行っている間、アタシは今日一日の過負荷に耐えきれず、サイバー痴女衣装をすべて剥ぎ取った。どうせまともな服もない。羞恥心など、あの馬糞の匂いと共にとうに摩耗しきっている。
全裸でベッドに大の字になり、泥のように眠りに落ちる。
「ガチャ。ディーバ様、毛布もってきましたぁぁぁ……
あああああああああ!? やっぱり高位魔道士だ、毛がない!?」
ルカが茹でダコのように沸騰し、鼻血を噴き出して勢いよくドア枠に後頭部を強打して崩れ落ちた。その「ゴッ」という鈍い音でアタシは目を覚ます。
「ふぁ……あれ、なんで倒れてんの。大丈夫? すっごい血出てるけど」
全裸のまま駆け寄り、覗き込む。
「あ、ああああああぁぁぁ……!!」
目を覚ましたルカの眼前に、アンダーヘアのノイズをレーザー脱毛で完全カット(処理)済みの、手入れの行き届いたアタシのツルツルな股間やら何やらが容赦なく迫る。
「ヒッ、ヒィィッ! つ、つるっ……!?」
ルカは泡を吹きそうな顔で両目を覆い、毛布を押し付けると「おやすみなさいませえええええ!!」と叫んで、廊下を転げ回るように逃げ帰っていった。
うーん……この世界の人間は、ハイパスフィルターのごとく綺麗に処理されたVIOを見ただけで出血多量で死にかけるのだろうか。純情すぎる。そうだ、青年、いいもん見たな。今夜は、一人でがんばれよ。
毛布にくるまり、目を閉じる。
王都。モンスター襲撃。農民たち。魔道士のアルバイト。
不穏なノイズしか聞こえないが、今はどうでもいい。電源を落とす。
こうしてアタシ――ディーバは、異世界転移一日目を、極めて俗悪かつ騒がしく乗り切ったのだった。
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございます。
農家×DJ×異世界転移という、脳味噌をミキサーにかけたような本作ですが、ここまでお付き合いいただいた皆様は、間違いなく菩薩か何かの生まれ変わりです。
今回はスリックバック(空中浮遊)からの、異世界の劣悪な衛生環境、そして純情な青年の脳を破壊するVIO完全処理済みハイレゾ全裸という、もはや何の小説を書いているのか自分でもわからなくなるようなフルコースをお届けしました。ルカ君の鼻血と共に、皆様に少しでも「ぶっ」と吹き出していただけたなら、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
さて……ここからが本題です。
皆様、どうか、どうかお願いいたします。
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あれを……あれを私にお恵みください……!
「面白かった」「くだらねえ」「ルカかわいそう」「作者の頭が心配」なんでも構いません! 皆様のその指先ワンタップが、私の明日の命を繋ぐカロリーになります!
現在、私は承認欲求の砂漠で干からびかけている哀れな乞食です。評価の星がついたら、部屋で奇声を上げて天井を拝み、さらにブックマークが一件増えるたびに、ブラウザに向かって土下座をしております。
プライド? そんなものは実家の畑の肥やしにしました。
私は皆様からの評価をもらえなければ餓死してしまう、か弱いネットのバケモノです。どうか、通りすがりに小銭を投げるような慈悲の心で、画面の星をポチポチッと染め上げてはいただけないでしょうか……! 皆様の靴でも舐めます! なんならルカの代わりに私が鼻血を出して倒れます!




