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第3話 異世界ディーバ爆誕

 

 ルームミラーを覗き込む。そこに映る自分は、控えめに言っても「完成」していた。

 黒のレザー、エナメルの光沢、サイバーサングラス。親父に見られたらコンバインで轢き殺されるレベルの痴女ルックだが、悔しいほどに馴染んでいる。


 だが、陶酔を打ち消すように外からは「グルル……」と野獣の唸り声が聞こえてくる。

 田舎の山にいるイノシシとは比較にならない、殺意の乗った重低音だ。


「……とりあえず脱出しなきゃ。死ぬなら、せめてちゃんとした服で死にたいし」


 震える手でイグニッションを回す。

 だが、この軽トラはケチな親父が「ガソリン代がもったいない」と毎回十リットルずつしか入れないせいで、メーターは常にE付近。案の定、エンジンはかからない。


「かかってよ……お願い、動いてッ!」


 半分泣きそうになりながら、アタシは無意識にいつもの癖で絶叫していた。


「Wake UP!!!!」


 ――その瞬間。

 ハンドルの手のひらからパチリと火花が散り、指先の奥から熱い何かが一気に吸い出された。青白い光がステアリングを走り、ダッシュボードの奥へ潜り込む。


 車体が、ドクン、と脈打った。


「……え?」


 かかった。だが、音がしない。

 軽トラ特有の振動も騒音も消え、アクセルを踏むと「ぬるり」と駆動力が立ち上がる。超高性能な電気自動車のように、軽トラは不気味な静寂を保ったまま動き出した。


「意味わかんないけど……バイブスが通じたわけ? こわ……」


 独り言でツッコミながら、アタシは闇の中へ滑り出した。

 ついでに回したヒーターからは猛烈な温風。死ぬほど寒かったアタシにとって、このオンボロ軽トラこそが唯一の神だった。


 二筋のヘッドライトが夜の森を切り裂く。ハンドルを握りながら、アタシは冷静に考え始めた。

 これは「異世界転移」ってやつだ。それも実家の軽トラ、ガチのDJセット、そしてこの変態衣装という、サバイバルにおいて最悪の初期装備を携えた。


「……馬鹿だ。アタシは、なんていう馬鹿なんだ」


 せめて親父の使い古しのヤッケ一枚でもあれば。

 己の浅はかさを呪いながら爆走していると、ふと、さらに致命的な問題に気づき、背筋が凍りついた。


「……いや待って。もしこの先、誰かに会ったらアタシ、なんて名乗るの?」


 アタシの本名は『田中トメ』だ。ひいばあちゃんから受け継いだ、由緒正しき農家の長女ネームである。

 だが、このサイバー露出狂の悪の女幹部ルックスで「トメです」などと名乗れば、その絶望的なギャップで確実に憤死する。猟銃で撃たれるより自分的に死ぬ。たとえ異世界人の耳に「トメ」が「トム」に聞こえたとしても関係ない。

 問題は、名乗るアタシの心が先に死ぬことだ。


「名前……名前なんて名乗ろう……SNSのアカウント名もまずいし‥‥そうだ。

 アタシはDJ兼DIVA。そう、DIVAディーバでいいわ!」


 痛々しい自称だが、背に腹は代えられない。今日からアタシはトメじゃない。異世界の闇を統べるディーバだ。内心気に入っていた。


 そう冷や汗を拭いながら決意を固めた、その時だった。


 ――火が見える。


「……ん?」


 ヘッドライトの先、森の奥から、薪の火のような明かりが見えた。

 続けて、「ドンドンドン」と太鼓の音、そして調子っぱずれな鼻歌みたいな歌声が、夜気をふわふわ漂ってきた。


 獣の唸り声じゃない。風の音でもない。

 間違いなく、人間の――いや、人型の何かの「演奏」だ。


「なに…………?」


 アタシはアクセルを緩めた。

 沈黙の軽トラが、落ち葉を踏む音だけを残してゆっくり進む。

 下手くそだけど、どこか呑気で、妙に腹の立つメロディ。


「……人? いる?」


 安堵と警戒が、同時に喉元までせり上がる。

 アタシはサングラスの奥で目を細め、ハンドルを握り直した。夜にサングラスをするのは、アタシ的には問題ない。

 この森で最初に出会うのが、化け物じゃなくて人間かもしれない。たとえその相手が、夜の森で下手な歌を鳴らしてる変なやつだとしても。


 ――どんどんどん……ぽろん、ぽろろん。


 焚き火のそばにいたのは、リュートとハンドドラムを抱えた一人の青年だった。彼は無音で迫る二筋の怪光に気づき、楽器を放り出して跳ね上がった。


「な、なんだ!? 精霊の眼か、新型の魔獣か……!?」


(お、まだ若い。弱そうだ。こいつはセーフだ、マウントしていこう)


 アタシはゆっくりとブレーキを踏み、窓を下げた。サイバーサングラスをクイッと押し上げ、精一杯の「強者の余裕」を作って見せる。中身はただの冷や汗ダラダラだが、外見だけは異世界の理を支配する闇の女王に見えたらいいな。


「……落ち着きなさい、ただの乗り物よ」


「喋った!? しかも、なんという……その、破廉恥……いや、神々しい格好を……!」


 青年――ルカは、アタシのピタピタな衣装と露出した胸の谷間を直視できず、顔を真っ赤にして視線を泳がせた。まともな反応だ。まともすぎて、逆にアタシの羞恥心が死に体になる。


「アタシは……ディ……ディーバ、そうディーバよ。旅の……そうね、音を操る者よ。あんたは?」


「る、ルカです。しがない吟遊詩人をやっております……。あの。その……あなたから漏れ出している魔力の密度、尋常ではありません。あなたは魔道士様では?」


「ただの迷子よ。……ねえ、あんた。この近くに人が住んでる街はないの?」


 気圧されたルカは丁寧に街の方向を教えてくれた。さらに「あなたお一人では、門番に即座に捕縛……いえ、誤解を招く恐れがありますので」と、案内まで申し出てきた。


「助かるわ。乗りなさい」


 助手席のドアの開け方もわからないルカに、めんどくさいけど中から開けてやる。

 乗り込んできた彼は、車内の「トゲトゲ首輪」やエナメル衣装、そして運転するアタシのハイレグ衣装を見て、今度は顔を青くした。


「……ディーバ様。あなたは、もしかして私の姉上と同類の方なのですか?」


「姉上?」


「姉は街で薬師をやっている魔道士なのですが……彼女もまた、魔力抵抗を減らすためだと言って、あなたのように……その、露出の激しい格好を好み、日々、奇行を繰り返しておりまして……」


 ルカは深く、深いため息をついた。

 聞けば、姉のエルバはこの界隈でも有名な「上級魔女」であり、高密度の魔力を浴びることに至上の悦びを感じる、救いようのない魔力中毒者なのだという。


「街の人間はみんな姉上を恐れ、遠巻きにしています。私のような普通の人間に、あのような狂人の血が流れていることが、最大の不幸なのです……」


(……まじか。アタシと同じ系統かな)


 アタシは独り言を飲み込んだ。だが、同時に少しだけ心が軽くなった。

 もしそのエルバという女が、本当にアタシと同じような格好をしているのなら。魔力バイブスに理解があるのなら。アタシの事、この状況を理解してくれるかもしれない。


「……安心しなさい、ルカ。アタシはあんたの姉上とは違うわ。アタシはただの……ディーバよ」


「そう仰る方の指先から、バチバチと青白い魔力パスによる閃光が漏れているのですが……。ああ、前途多難だ。神よ、どうか私に平穏な日々を……」


 ルカの祈りを無視して、アタシはアクセルを踏み込んだ。

 無音で馬車道を爆走する軽トラ。震える常識人の青年。

「な、なんという速さ……!」

 ルカは目を白黒させていたが、さすがは“上級魔女の弟”というべきか、数秒もしないうちに最低限の理性を取り戻した。青ざめたままシートとドアを掴んで耐える姿勢に入る。順応が早い。


「もっと行きますよ……バイブス、アゲていきなさい」


「ひぃっ!? バイブスアゲとか聞いたことない魔法の詠唱しないでください!!」


 闇を切り裂くヘッドライト。

 ディーバの、本格的な異世界「爆走」が、今度こそ幕を開けた。


もしよかったら、下の評価ボタンで、アタシに少しだけマナ(いいね)を分けてくれませんか?

みんなの「いいね」が、アタシが明日もこの狂った世界で踊り続けるための、たった一つの魔法になるから……。

待ってるね。Wake UP……。

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