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第2話 Make some noise, はっ?異世界

第一話より前の転移前~転移直後

 誰もいない。完璧だ。

 収穫を終えた実家の休耕田の真ん中に、アタシは愛車の軽トラを停めた。


 見渡す限り、水平線まで続く田んぼ。最寄りの民家まで、直線距離で二キロはある。

 プロのDJとして国内外のフロアを回っているアタシが、なぜこんなド田舎でコソコソしているのか。

 理由は単純極まりない。


『大自然の休耕田×軽トラの荷台に積んだガチの特大ウーハー×サイバー露出狂衣装で極悪EDM』


 これをショート動画にしてTikTokやYouTubeに上げれば、絶対に海外のベースミュージック界隈に刺さってバズる。そんな、軽薄で馬鹿丸出しな思いつきのせいだ。


 三脚にセットしたスマホの画面越しに、自分の姿を確認する。

 ……うん、控えめに言って正気の沙汰じゃない。

 身体のラインが丸出しになる、露出度の高いピタピタのタイトな衣装。無駄にサイバーな蛍光色のラインまで入っている。


 ついこのあいだまで。

 アタシはまさにこの場所で、首にタオルを巻き、モンペ姿で汗だくになりながら親父と一緒に稲刈りを手伝っていた。

 農作業は嫌いじゃないし、真面目に手伝う「いい娘」の自負はある。だが、その「農家の娘」としての真っ当な良識が、今の自分の格好に対する致死量の羞恥心を煽ってくるのだ。


 もし今、近所の農家のおっちゃんや親父にでも見られたら。

 『お前、ウチの田んぼでその痴女みたいな格好で何ばしよっとか!』と、冗談抜きでコンバインで轢き殺され、アタシは社会的に死ぬ。


(大丈夫……親父たちは隣町の寄り合いに行ってる。誰も見てない。アタシは今、再生数百万回のメインステージに立っている……)


 そう必死にバズへの欲望で羞恥心をねじ伏せ、アタシはスマホの録画ボタンをタップし、フェーダーに手をかけた。


「……いくよ」


 誰にも言わずに、独り言をこぼす。

 それがアタシの、現場に入る前の唯一の準備運動ルーティンだ。


 LOW EQのツマミを、一気に捻る。

 荷台のプロ仕様ウーハーから、腹の底を直接殴るような極悪なサブベースが放たれた。


 ――ズズンッ……!


 その瞬間だった。

 休耕田の土壌密度と、アタシの放った重低音の周波数が、奇跡的かつ絶望的な確率で完全に一致ハモったのだ。

 大地がうなりを上げ、空間の位相がねじ切れる。

 空中に、液晶画面が割れたような紫色の亀裂が走った。


「うおっ、まじ?」


 アタシはそれを見て、ニヤリと笑った。

 機材で重低音を限界まで鳴らしたせいで、カメラのレンズか、あるいは本物の空気が振動バグして歪んで見えているのだと思った。


「あー……ベース上げすぎたわ。空間、歪んじゃってんじゃん」


 ちょっとやりすぎたかな。でも、これ動画のVFXエフェクト的に最高に盛れてるじゃん。

 などと、アタシは馬鹿みたいに低い温度で感心していた。


 次の瞬間、眼の前が真っ白になる。現場で照明が目に入っちゃった時と同じだ。

 足元のトラクターのわだちも、田舎の冷たい空気も、カエルの鳴き声も、すべてがブレて消え失せた。


「…………え?」


 代わりに視界を埋め尽くしたのは、上下の感覚すら狂う紫色のトンネル。


「え、ちょ、待っ――」


 フワッ、と内臓が浮き上がる最悪の浮遊感。

 ここでようやく、アタシの脳は「動画の演出」などというふざけた認識をかなぐり捨てた。


「うそでしょおおおおおおおおっ!?」


 絶叫。落下。機材の軋む音。

 どう考えても現実の物理法則アトラクションじゃない速度で、軽トラごと真っ逆さまに落ちていく。


 ドゴォンッ!!


 強烈な衝撃と共に、軽トラが地面に叩きつけられた。

 古いサスペンションが悲鳴を上げ、荷台の特大ウーハーがガチャンと跳ねる。


「いっ……たぁ……」


 エアバッグは……出てない。古い軽トラだから。

 ダッシュボードに頭をぶつけ、涙目で顔を上げたアタシの目に飛び込んできたのは、見慣れた田舎の山々でも、実家の屋根でもなかった。


 空には、不気味に赤黒い月が二つ浮かんでいる。

 周囲を囲んでいるのは、見たこともない巨大なシダ植物のような木々が鬱蒼と生い茂る、底知れぬ森だった。


「……は?」


 頭が真っ白になる。

 震える手でスマホを掴む。圏外。GPS、現在地取得不能。カメラアプリだけが、間抜けにアタシの青ざめた顔と、見知らぬ森を録画し続けている。


「え、なにこれ。ドッキリ? 拉致? ていうか寒っ!? え、マジでなに!?」


 異世界転移の常識など知る由もない。ただの農家の娘が、痴女みたいなサイバー衣装を着せられたまま、暖房もかかっていない軽トラの中で、本気のパニックを起こしてガタガタと震え出した。


「さっむ! 無理無理無理、凍死する! 上着! なんか羽織るもの!」


 パニックになりながら、アタシは助手席に放り込んであった巨大なボストンバッグに飛びついた。

 そうだ、服はいっぱい持ってきたはずだ。今日のために、山ほど服を詰め込んできたんだから。


「よかった、これで凍え死ぬことは……っ」


 祈るような気持ちでジッパーを引き開けたアタシは、そのまま完全に硬直した。


 バッグの中にギッシリと詰まっていたのは。


 蛍光ピンクの極小ブラトップ。

 光沢のある黒のボンテージ風レザーパンツ。

 LEDが仕込まれたスケスケのチューブトップ。

 極太の網タイツ、ガーターベルト、よくわからない金属チェーンの装飾品。

 さらに底の方からドサッとこぼれ落ちたのは、大量の安いメイク道具と、用途不明なトゲトゲのチョーカー(首輪)だ。


 総計、およそ三十セット。

 防寒着フリースも、まともなTシャツも、農作業用のヤッケすら一枚も入っていなかった。


「…………あ」


 思い出した。

 どの衣装が一番、海外のEDM界隈やTikTokのアルゴリズムに『刺さる』か分からなかったから。

 とりあえずネット通販で買い漁ったサイバー系の痴女衣装と、ドンキで適当に買ったバカみたいな小道具を、ありったけ全部詰め込んできたんだった。


 生存限界を高めるための実用的な布は、ここには一切存在しない。

 あるのは、己の承認欲求を満たすためだけに用意された、絵面優先のバカげた布切れの山だけだ。


 しかもだ、まともな下着にできるものがない。いや待って。これ、普通に見えるやつじゃん。

 ……でもアタシ、全身脱毛してるから、そこだけは勝ってる。


 いや、ムダ毛の心配してる場合か。凍死の心配しろ、アタシ……。


「……アタシ、ほんっと……どうしようもない馬鹿じゃん……っ」


 見知らぬ異世界の森のど真ん中。

 不気味な二つの月明かりの下で、アタシは極彩色の露出狂セットとトゲトゲの首輪を抱きしめながら、人生で一番後悔する絶望の涙を流した。


 ……が、泣いている場合ではない。ガチで寒い。このままじゃ本気で死ぬ。


「さ、寒い寒い寒い! 死ぬ! とりあえず布! 面積の広い布!」


 アタシは震える手で、バッグの中から少しでも防寒になりそうな(マシな)アイテムを引っ張り出し、ヤケクソで重ね着を始めた。

 ベースに着ている蛍光ラインの極小タイトウェアの上に、光沢のある黒のボンテージ風レザーパンツを無理やりねじ込み、上半身にはエナメル質の黒いコルセットを装着。

 さらに、冷える末端を守るために肘まである黒のレザーグローブをはめ、首元には用途不明の極太トゲトゲ首輪チョーカーを巻きつける。極めつけに、顔の半分を覆うような巨大なサイバーサングラス(ほぼアイマスク)を装着した。


「ふぅ……ちょっとは風、防げる……かな」


 鼻水をすすりながら、アタシはルームミラーで自分の姿を確認する。


 そこに映っていたのは。

 黒のレザーとエナメルに身を包み、露出狂の極みでありながら、なぜか異様なまでの『悪の女幹部感』を放つ女だった。


(……ん? これ、なんか既視感あるな)


 黒いレザー。露出した肌。アイマスク風のサングラス。

 このシルエット……間違いない。

 某・時間旅行アニメの、ド◯ンジョ様だ。


 しかも、無駄にサイバーパンク風にアップデートされた、露出度200%の令和最新版である。

 普通なら、羞恥心で即座に脱ぎ捨てるところだ。親父に見られたら、今度こそ猟銃を持ち出されるレベルの痴女ルック。


 だが。


「……いや、待って。案外、かっこいいかも……?」


 極限の寒さとパニックで脳内麻薬エンドルフィンが分泌されたのか。

 ミラー越しに見る自分に、不覚にも『強者のオーラ』を感じてしまった。

 絶望していたはずの瞳に、バズを追い求めるインフルエンサー特有の狂った光が宿る。


「フッ……この私についてきな、ポンコツども」


 誰もいない寒い軽トラの中で、アタシは一人、サングラスを指で押し上げながらキメ顔を作った。

 凍死寸前で、異世界の森に迷い込んでいるというのに。アタシの自己陶酔ナルシシズムのメーターは、完全に振り切っていた。


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