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第1話 I need bass, more bass!!

いきなり始まるDJ娘の戦闘でございます。

 

 無理。絶対無理。死ぬ。

 なんでアタシ、こんなところにいるの?


 目の前には、石畳を埋め尽くす真っ黒な獣の群れ。

 王都の門は破られ、逃げ惑う人々の悲鳴が空気を切り裂いている。


「ひっ、い、嫌……こっち来ないで……っ」


 アタシは泥だらけの軽トラの荷台で、ガタガタと震えていた。

 田舎の田んぼから一緒に飛ばされてきた、アタシの相棒。高価なミキサー、CDJ、そして特大のスピーカー。

 これだけは、傷つけさせない。


「お願い……動いて……っ」


 アタシは泣き出しそうな顔で、ミキサーの金属筐体に両手を押し付けた。

 この世界に来てから宿った正体不明の魔力を、祈るように機材へと流し込む。


 ジジッ……ズズン……。


 パワーアンプが青白く発光し、回路が、コンデンサが、異世界のエネルギーで充填されていく。


 その時。

 空に、宮廷魔道士たちの殲滅魔法が走った。


「……あ」


 恐怖で白濁しかけていたアタシの視界が、変質する。


 宙に浮かぶ巨大な魔法陣が、ステージを囲むムービングライトのリグに見えた。

 空を貫く魔力の光線は、最高出力のブルーレーザー。

 逃げ惑う群衆の悲鳴は、熱狂したオーディエンスのノイズ。

 そして――地を這う魔物の唸り声は、身体を震わせるサブベースのうなり。


 脳内のリミッターが、パチンと音を立てて外れた。


 喉から出たのは、怯えていた"アタシ"の声じゃない。

 現場に立つ時だけ、奥から引っ張り出される"わたし"の声だった。

 ――こいつが出てくると、アタシはもう止められない。


「わたしのステージだ」


 アタシは、首筋を伝う冷や汗を拭いもせず、不敵に口角を上げた。


「……バイブスが、死んでる」


 こんなサイテーな現場、アタシが上げなきゃ誰が上げるの?


「I...」


 一拍、溜める。

 スピーカーが、獲物を仕留める前の猛獣のように低く唸っている。


「I need bass...」


 指先がチャンネルフェーダーを押し上げ、LOW EQを一気に開放した。

 不可聴域の重低音が地を這い、突進してきた魔物たちの膝を強制的に折る。


「more bass!!」


 ドォン――ッ!!


 石畳が跳ね、音圧という名の質量兵器が広場の空気を圧壊させた。

 前線には、あの夜アタシを拾ってくれた男たちが、大盾や農具を握って並んでいた。


「Keep the beat!!」


 ドン! ドン! ドン!


 盾を打つ音が、アタシの刻む四つ打ちと完全に同期シンクロする。

 村のおっちゃん達の心拍が、アタシの指先一つで書き換えられていく。


「Hands up!!」


 突き上げた手。それと同時に、魔物たちが物理法則を無視して宙に浮く。

 アタシの魔法陣コンソールが、宮廷魔道士の術式周期を“拍”として拾う。


(――なら使える。照明卓と同じだ)


 さあ、最高潮ピークだ。


「It’s time to die!!」


 指先を鳴らし、ドロップを叩き込む。

 宮廷魔道士の魔法を「演出」として反射・吸収し、一気に炸裂させた。


 白い閃光が、夜を塗りつぶした。


 ……。

 ……。


「……ぁ……あ、れ……?」


 閃光が収まると、そこには跡形もなく消え失せた魔物の群れ。

 アタシは、急激に冷えていく機材の前で、またガタガタと震え出した。


「……さっき、何か叫んでたぞ。『イッツ・タイム・トゥ・ダイ』だったか?」


 背後から、石垣みたいな大男の、やけに響く通る声がした。


 ああ、最悪だ。聞かれてた。

 完全に、一言一句、最高にキメ顔で言った決め台詞を聞かれてた。


 アタシは顔から火が出るどころか、全身が発火しそうな勢いで機材の陰に頭を突っ込んだ。


「き、聞いてないよね……? 空耳だよね……?」

「いや、村の連中も全員聞いてたぞ。**『おっ、嬢ちゃん、今度は死ぬ時間だってよ!』**ってみんなで復唱してたからな」


 死にたい。

 魔物と一緒に、アタシも爆発四散しておけばよかった。



次回は転移前の回想となります。

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