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死への恐怖というもの

 浅い息を繰り返して、どのくらいたっただろう。


 今、私の目の前には鈍く光る鋭利な刃物があった。

 それを私に向けている人物は、正気には見えない。


「あはは、やっぱり外の人たちは狙いやすいね、僕のこと知らないからかなぁ」


 今までに同じようなことを繰り返してきたらしい。

 そんなことを呟いていた。


「まあでも、キミは警戒心がなさすぎだよ?」


 あの鋭利な刃物が、私に少しづつ近づいている。

 けれど、いうことを聞かない体は動かない。


「知らない人についていっちゃいけないって言われたことない?」


 言われたこともあったかな、小さいころには。

 その時はまだ大人のことを信じてたから、その言いつけも守っていたんだろうなぁ。


 刃物を持つ狂人は、十分、近づいていた。

 けれど、焦らすように話を続けている。


「君みたいな子がいてくれてよかった」


 心の底から、そう思っているようだった。

 そのまま、刃物を振りかぶる。


 瞬間、私は怖いと思った。

 そんな感情は、正直初めてだったと思う。

 今まで本気で死ぬと思ったことがなかったし、怖いものなど特になかった人生だ。

 面倒だとは思っても、怖いと思ったことはなかった。

 嫌だと、嫌いだと思っても、それは怖いからではなかった。

 けれども今、私は死ぬのが怖いと思っている。


 なんで死ぬのが怖いの、“あの時”、もう覚悟したでしょう?


 そんな声が聞こえた気がした。

 自分でもそんなことわからなかった。

 でも、なんだろう、強いて言うならば、一つだけ理由がある気がする。


 例えば、まだ私のことを馬鹿にした奴らを消せていないからという未練だったりとか。


 それは多分、死ぬのが怖いんじゃなくて、死ぬのが嫌だっていう理由だろうけど。


 ザクッ


 皮膚を抉る音がした。

 痛みは遅れてやってきて、頭がもうろうとする。

 それと同時に、相手が刺したのは腕であり、即死させなかったと理解する。


「人を殺すときは、ゆっくり殺したいタイプの人なんだよね」


 ふざけるなよサイコパス、といえるなら言ってやりたかったが、腕を切られたのは切られたのだ。

 痛みでそれどころじゃないのは、当たり前だろう。

 私は怪我に慣れた兵隊でもなんでもないのだから。


 もう一度振りかぶるサイコパス。

 月に照らされて、私の血が付いた刃物がよく見えた。


 この痛みが続くのは、耐えられない、無理だ。

 そう思った瞬間だった。


 プルルルル…


 場に合わない、電話の着信音が鳴り響く。

 それは、サイコパスの持っていたものから発されたものだった。

 驚いてそっちを見たのだろう、気が逸らされる。


「いだッ」


 その瞬間を狙って、思いっきり蹴り上げた。

 やっと、体が言うことを聞いた瞬間だったと思う。

 相手が驚きと困惑に溺れている最中に、急いで立ち上がり走り出す。


「あっ、ちょっとま……」


 そこから私は、とにかく走った。

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