第9話美術部の女子
美術室で、氷室咲幽は深く悩んでいた。他の部員たちが次々と構図を完成させていく中、彼女のイーゼルの前にはまだ真っ白なキャンバスが広がっている。
「咲幽、来週は展示会だよ。」
佐藤部長が腰に手を当てて彼女の後ろに立った。
「まさか白紙で出すつもりじゃないだろうね?」
咲幽は細い指で鉛筆をぎゅっと握りしめ、指の関節が白くなった。
「すみません…まだ…」
「はあ…」
佐藤部長はため息をつき、不満そうに言った。
「どうしてもダメなら、何でもいいから描きなよ!」
氷室咲幽は首を振り、かすかに「んっ」と鼻を鳴らした。部長もそれ以上は何も言わなかった。
放課後、応援部のドアの前で、氷室咲幽は手を上げては下ろし、しばらく躊躇した後、ついにそっとノックした。
「はーい、どなたさま?」
中から元気な女の子の声がした。
「あの…美術部の氷室と申します…」
「もしかして…お手伝いが必要で…」
部室の中では、日向夏橘がつま先立ちで本棚を整理し、雨憶伶が紅茶を淹れ、俺は窓辺のソファにだらりともたれかかっていた。
「その…」
氷室咲幽の声はますます小さくなった。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。」夏橘がぴょんぴょん跳ねて咲幽の前に来た。
彼女は事情を説明した。部長から「大切にしたい瞬間」を描くという課題が出されたが、どうしても描きたい場面が見つからず、助けを求めに来たのだ。
「みんなと一緒に…かけがえのない瞬間を探したいんです」
え?そんなものが簡単に見つかるものなのか?
伶が急いで手を挙げた。
「私…今日用事があって…」
夏橘も突然何かを思い出したように口を押さえた。
「あっ!私も先生の資料整理手伝いに行かなきゃ!」
こうして、応援部に残ったのは俺と部長(夜滝優凛)、そして見知らぬ美術部の女子だけだった。
「北辰…」
「わかってるよ。」
中庭のベンチで、俺と咲幽は並んで座り、長い間探したが何も見つからなかった。木漏れ日が彼女の青白い顔にまだらな影を落としている。
「すみません…時間を取らせてしまって…」
咲幽はうつむきながら、声は蚊の鳴くように小さかった。
「気にするな。」
彼女の細い指が無意識にスケッチブックの縁を撫で、指先がわずかに白くなっていた。
「なぜ絵を描くのが好きなんだ?」
彼女の指の動きが止まり、長いまつげが微かに震えた。
「…小さい頃、よくおばあちゃんと写生に行ったんです。おばあちゃんは画家で、『咲幽、この世界は美しいものでいっぱいなんだよ。それを描くのは、幸せを貯金するようなものなんだ。当たり前の日常だって、すごく大切なものなんだからね』って言ってくれたんです。」
彼女の指先がスケッチブックの空白のページをそっと撫で、顔には懐かしそうな微笑みが浮かんだ。
「その頃は、公園のベンチに座って、おばあちゃんが木漏れ日の移り変わりや雲の形、風が葉っぱを揺らす音の見つけ方を教えてくれて…あの時間は、本当に楽しかった。」
声は次第に細くなり、咲幽の目は暗くなった。
「でも中学生の時、おばあちゃんが亡くなってしまって。それから…あんな風に楽しむことができなくなったんです。」
俺は静かに話を聞いていた。
「一緒に大切なものを探そう!」
部長が叫んだ。そんなに簡単に見つかるとは思えなかったが、今はこれしかなかった。俺たちはまたしばらく校内を歩き回ったが、やはり何も見つからなかった。
「また明日。」
俺は手を振った。かけがえのないもの…それは一体、何なのだろう?




