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夕暮れの蜜柑

家のドアを押し開けると、玄関の温かい明かりが秋の夜の微かな冷たさを追い払った。


空気には慣れ親しんだ、かすかな消毒液の匂いと食事の香りが混ざった「家」の匂いが漂い、まるで目に見えない手が、彼女の張り詰めた神経をそっと撫でるようだった。


「お姉ちゃん!お帰り!」


甲高くて幼い、大きな喜びに満ちた叫び声が響き、「トントントン」という慌ただしい足音が伴った。


ピンクのクマのパジャマを着て、二つのゆがんだおさげ髪をした小さな女の子が、猛ダッシュで駆け寄り、彼女の脚にしっかりと抱きついた。


「かえで!」


彼女は腰を屈め、妹の白鳥かえでを軽々と抱き上げた。かえでのぽってりした小さな手が彼女の首に回り、小さな顔が彼女の首筋に甘えるようにすり寄った。温かな吐息が肌を撫でる。


「今日はお家でお利口さんにしてた?」


「うん!かえで、一番お利口!」


かえでは力強くうなずき、大きな目をきらきらさせ、小さな手を伸ばして姉の顔を撫でた。


「お姉ちゃん…いい匂い!」


「遥、今日はどうしてこんなに遅いの?」


母親がおかずの入ったお皿を運びながらキッチンから出てきて、白鳥遥を見ると、心配そうな表情を浮かべた。


「顔色が悪いわよ?疲れてるんじゃない?」


母親の名前は薄羽和子うすば かずこ。四十歳前後で、目元に若い頃の面影を残しているが、歳月と生活の重みが目の端に細かい皺を刻んでいた。目には拭いきれない疲労が漂うが、同時に優しさと強さも満ちていた。


「うん…学校でちょっと用事があって、遅くなった」


白鳥遥は妹を抱いたまま言った。


「ママ、何作ったの?いい匂い!」


「遥とかえでが好きなハンバーグ作ったわよ」


和子は微笑んだが、娘の顔を見つめ、鋭く何か違いを見つけた。


「遥?今日はなんだか機嫌がいいみたいね?」


白鳥遥ははっとした。思わず自分の顔を触った。


「そう?」


「うん」


和子はうなずいた。


「遥がこんな風に笑うの、珍しいわ」


白鳥遥の頬がほんのり赤らみ、恥ずかしそうに顔を背けた。


「別に…ただ…今日…ちょっと変な人に…出会って」彼女は小声でつぶやいた。


「変な人?」


和子は興味深そうに尋ねた。


「うん…」


白鳥遥は躊躇したが、ポケットからそのミカンを取り出した。


「彼がこれをくれたの」


「ミカン?」


和子は少し驚いた。


「うん…」


白鳥遥は手のひらのミカンを見つめた。


「ちょっと…バカで…ブタみたいな奴…」


「ブタ?」


かえでは興味深そうに目を大きく見開き、小さな手を伸ばしてミカンを取ろうとした。


「ミカン?かえで食べたい!」


「ぷっ…」


白鳥遥は思わずまた笑い出した。ミカンを妹に渡した。


「はい、かえでにあげる。でもご飯の後でね!」


和子は娘の心からの笑顔と、その「ブタ」について話す時に目に輝く微かな光を見て、胸に大きな温かい流れと安堵が湧き上がった。


夫が亡くなってから、娘は必死に勉強し、完璧であろうとし、家庭の負担を軽減しようとした。


娘は自分を追い詰めすぎて、心からの笑顔はますます少なくなり、目の中の疲労とプレッシャーはますます重くなっていた。


和子は何度も娘に言いたかった:そんなに疲れないで、ママはあなたに完璧で優秀である必要はない、健康でいてくれればそれでいい。


しかし和子は知っていた。娘は強情で敏感だから、そんな言葉は彼女をさらに自責の念に駆り立て、努力させるだけだ。和子はただ黙って支え、黙って胸を痛めるしかなかった。


そして今日…娘は笑った、子供の頃のように、心から楽しそうに笑った。


「さあ、早く手を洗ってご飯にしましょう」


和子は胸の高鳴りを抑え、声をさらに優しくした。


「かえで、ミカンをお姉ちゃんに返して、手を洗いに行こう!」


「はーい!」


かえではお利口にミカンを姉に返し、白鳥遥は妹を下ろした。かえでは小さな手を伸ばしてママに握らせ、手洗いに行った。


夕食の雰囲気は異常に温かかった。


食卓には母親が心を込めて準備した夕食が並んでいた:黄金色のハンバーグが食欲をそそる香りを放ち、濃厚なソースがかかっている;鮮やかな緑のブロッコリーは程よくゆでられている;ほくほくのポテトサラダ;それに湯気の立つ味噌汁。


かえでは子供用椅子に座り、小さなスプーンを持って、器の中のポテトサラダを一生懸命すくい、小さな顔にサラダドレッシングをいっぱいつけながら食べていた。


白鳥遥は小さくハンバーグを食べていたが、目は時々食卓の隅に置かれたあのミカンに向いていた。


「お姉ちゃん!ミカン!」


かえではミカンを指さした。


「ちょっと待ってね!ご飯を食べて少ししてからだよ」


白鳥遥は妹の頭を撫でた。


「それじゃあ…わかった!」


かえではうなずき、食事を続けた。和子は微笑んだ。夕食の時間は和やかな雰囲気の中で過ぎた。


「お姉ちゃん!ミカン!」


食後、少し休んでから、かえではまたミカンを指さした。


「はい、お姉ちゃんが剥いてあげる」


白鳥遥はミカンを持った。ミカンの皮は少し厚く、爽やかな香りがした。彼女の細い指が力強くミカンの皮を剥くと、オレンジ色の果肉が現れた。ふっくらとしてジューシーだった。


彼女は一房取り、慎重に白い筋を取り、かえでの口元に差し出した。


「あーん!」


かえでは嬉しそうに一口で食べ、小さな顔をすぐにしかめた。


「うっ…すっぱい…」


「すっぱい?」


白鳥遥自身も一房取り、口に入れた。甘い果汁が瞬間的に口の中に広がり、程よい微かな酸味が伴った。


「すっぱくないよ、甘い」


彼女は優しく言い、もう一房かえでに渡した。


「もう一度食べてみる?」


かえでは慎重に舐めてから、安心して食べた。


「甘い!」


白鳥遥は妹の満足そうな小さな顔を見て、自分も思わずもう一房食べた。確かに甘い。


「ママも食べて」


白鳥遥は最も大きくてふっくらとした果肉をいくつか取り、和子に渡した。


「はい、ありがとう、遥」


和子は笑って受け取り、口に入れた。


「うん、本当に甘いわ」


目は優しく娘に向けられた。娘が慎重にミカンを剥き、忍耐強く妹に食べさせ、柔らかな笑みを浮かべているのを見て。


「ママ…」


白鳥遥は突然優しく口を開き、目はミカンに向いた。


「パパのこと…思い出した…」


和子は呆然とし、鼻が一瞬つんとした。彼女は込み上げてくる涙を必死にこらえ、力強くうなずいた。声には少し詰まりがあった。


「それじゃあ…週末…会いに行こうか…」


白鳥遥はうつむき、手中の透き通ったミカンの房を見つめた。


「うん…」


彼女は低く応え、残りのミカンの房を母親と妹に分けた。


ミカンを食べ終わると、かえでは自分の描いた絵を共有したがった。


「お姉ちゃんお姉ちゃん!見て!」


かえでは待ちきれずに自分の小さなリュックサックのそばに走り、中を探り、そして画用紙を取り出し、白鳥遥の目の前に掲げた。


画用紙にはクレヨンで鮮やかで幼い色彩が塗られていた。黒いドレスを着て、長い髪が風に揺れる小さな人と、そばには大きくて歪んでいるが光り輝く太陽、いくつかの色とりどりの小さな花、そしてさらに小さな人々が手をつないで描かれていた。


「わあ!かえで、すごく上手!」


白鳥遥は画用紙を受け取り、真剣に鑑賞し、心からの、大きな驚きに満ちた笑顔を見せ、声は思わずさらに優しくなった。


「これお姉ちゃん?すごくきれい!かえで、本当にすごい!」


彼女は思わず妹のピンクの頬にキスをした。


「うんうん!」


かえでは力強くうなずき、小さな顔に大きな満足と誇りが溢れていた。


「お姉ちゃんが一番きれい!お姫様みたい!かえではお姉ちゃんが一番好き!」


和子も手中のものを置き、近づいて見ると、安堵の笑みを浮かべ、手を伸ばしてそっとかえでの頭を撫でた。


「かえで、すごいわね!本当に上手に描けたわ!」


白鳥遥は母親の目の端の皺と笑顔、妹の無邪気で、依存と崇拝に満ちた小さな顔を見て、彼女の鼻が酸っぱくなった。


父親が…数年前に病気で亡くなってから、母親は再婚せず、一人で家族全体を支えてきた。昼は懸命に働き、夜は家事をし、幼いかえでの世話をした。母親は彼女と妹の前では決して不平を言わず、いつも最も強い一面を見せてくれた。


白鳥遥は知っていた。母親はとても疲れていると。


だから彼女は自分に言い聞かせた。優秀でなければ、完璧でなければ、生徒会長にならなければ、最高の成績を取らなければ、すべてのことを処理しなければ…そうすれば、ママは少し気を楽にでき、少し楽になり、そして…そんなに疲れなくて済むと。


でも…本当に難しい。


あの「完璧な会長」の仮面を維持するのは、本当に難しい。学業と生徒会の重い仕事のバランスを取らなければ、様々な突発的な状況に対応しなければ、異なる人々の期待と審視に直面しなければ、あの孤独に耐えなければ…


今日の活動室のように、彼女は耐えられると考えていたが、結局は理解されない疲労とプレッシャーの下で崩壊してしまった。


「お姉ちゃん?お姉ちゃん?」


かえでは彼女の袖を引っ張った。


「お姉ちゃん、嬉しくないの?」


「そんなことないよ」


白鳥遥はすぐにさらに大きく、より輝く笑顔を見せ、妹の柔らかい頬をつねった。


「お姉ちゃんはとても嬉しい!特に嬉しい!かえでがお姉ちゃんをこんなにきれいに描いてくれて、お姉ちゃんは一番好き!」


「お姉ちゃん、積み木で遊ぼう!」


かえでは白鳥遥の手を引いて揺さぶった。


「はい、お姉ちゃんが少し遊んであげる」


白鳥遥は画用紙を置き、妹に引かれて絨毯に座った。


妹と積み木の城を作るのを手伝い、彼女ががやがやと、楽しそうな小雀のように幼稚園の面白い話を言うのを聞いた——誰が転んだ、昼ご飯に何を食べた…


彼女は忍耐強く応え、かえでが必要な積み木を探すのを手伝い、妹の集中し興奮している小さな顔を見た。


時間は知らない間に過ぎていった…


「おやすみ!かえで!」


「おやすみ!お姉ちゃん!」


「ママも早く寝てね、夜更かししないで!体に良くないよ!」


「遥!あなたもよ!」


「おやすみ!ママ!」


ママにおやすみを言い、ドアを閉める。ベッドに横たわる。目を閉じると、白鳥遥はまたあの広々とした活動室、そしてあの男の子のことを思い出した…


「甘いです。食べると気分が良くなり、元気も出ます」


彼の声は高くなく、むしろ平淡だった。彼は…ぼんやりしていて、不器用に見えた。


ぼんやり。


これが白鳥遥の彼に対する第一印象であり、今最も強い感覚だった。


鈍感なぼんやりではなく、一種の…周囲の騒音や、彼女の「伝説の会長」という光环にさえ完全に免疫があるようなぼんやり。


彼は隅に座り、目は虚ろで平静で、周りで起こっているすべてが自分に関係ないかのようだった。


活動室に二人だけ残り、彼女が最も惨めで、最も見苦しく、子供のように床に丸まって号泣していた時でさえ。


彼の目には一片の哀れみ、同情、好奇心や覗き見る欲望さえなかった。ただ一種の…冷淡に近い平静だけ。


彼の行動も不器用だった。


他のみんなは去ったのに、彼はばかばかしくも残り、なんて「依頼」だって。彼女が崩壊して泣いているのを見て、彼は無感動で、ただ見ているだけだった!木偶のようだ!


彼女が泣き終わると、彼女に再度スピーチを要求し、最後にミカンをくれた!


本当に変な、間が抜けた、不器用な奴。


でも…


なぜ…なぜ彼のことを思い出すと、心に奇妙な温かい流れが湧き上がるのか?なぜ頬が制御不能に微微しく熱くなるのか?なぜ心臓がこんなに速く鼓動するのか?


彼は、純粋すぎた。この純粋で不器用な「行動」は、彼女に前例のない…安心感と…理解された気持ちを感じさせた。


彼の存在そのものが、一種の無言のサポートのようだった。


この純粋さ…彼女にお父さんを思い出させた。


パパ…


白鳥遥の目の縁が微微しく熱くなり、心臓が輕輕しく握り締められるようだった。


記憶の中で、お父さんも口数が少なく、むしろ少し不器用な人だった。彼はめったに「愛してる」「すごいね」と口にしなかった。


彼はいつも忙しく、疲れていたが、彼女が好きなイチゴミルクを黙って覚えていて、彼女が夜更かしして復習している時、輕輕しく彼女の机のそばに置いてくれた。


彼女が風邪で熱を出した時、不器用に彼女のために奇妙な味だが熱々の生姜湯を煮てくれた。


彼女が学級委員選挙に失敗して部屋に隠れて泣いている時、何も言わず、ただ黙って剥いたばかりの最も大きくて甘いミカンを渡してくれた…


彼は「怖がらないで、パパがいるから」と言わないかもしれないが、行動で彼がそこにいることを教えてくれる。


今日のあの男の子…彼がミカンを差し出す様子、彼が平静に彼女のスピーチを続けるのを見つめる様子、彼が黙ってフィードバック表を書き終えてから背を向けて去る様子…


その沈黙の、ただ行動し言葉にせず、余計な感情を持ち込まない行動様式…記憶の中のお父さんに極めて似ていた。


「本当に…バカ…」


白鳥遥は低声で呟き、口元は思わず上がり、頬も赤くなった。


彼女はむしろ…あのぼんやり不器用で木偶のような奴が…ちょっと…とてもとても可愛いと思う?


この考えが頭に浮かぶと、白鳥遥の頬は瞬間的に真っ赤になった。


彼女は思わず手で顔を覆い、指先が熱く燃えるように感じた。なんてこと!彼女は何を考えているの!どうしてあの間抜けが可愛いなんて思うの?!彼は明らかにあんなにバカで!あんなに風情がわからなくて!彼女が泣きじゃくっているのを見ても慰めることさえ知らないのに!


でも…でも…


彼女の頭の中にはまた彼の平静な目、ミカンを差し出す時のあの当然のような「間抜けな様子」が浮かんだ。まるで…一種のぼんやりと、ただ本能で行動する子ブタのよう?


そう!子ブタのよう!バカで、間抜けで、ただ鼻を前に突き出して突進するだけ。


でも…でもただ人に…少し間抜けで、また…言いようのない可愛らしさを感じさせる。


「ぷっ…」


白鳥遥は自分自身のこの突然の、荒唐で適切な連想に笑い出した。笑ってから、布団をかけた。


「…ありがとう…子ブタ…」


彼女は窓の外を見て、自分だけが聞こえる声で、小声で言った。それから目を閉じた。声には少し照れくささ、少し甘さ、そして少し…優しさが込められていた。


窓の外の月明かりが差し込み、少女の微微しく赤らんだ頬を照らした。


「それじゃあ…おやすみ…子ブタ」

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