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第11話リトルナイトは偉大な英雄だ!


氷室咛幽ひむろ さゆが「かけがえのない瞬間」についてつぶやいた言葉と、夕暮れの中に消えていった泣き声は、一本の鉛筆の引っかき傷のように、応援部の喧騒の縁にある記憶に、ほんの一瞬だけ刻まれた。


すぐに、それは日向夏橘ひなた なつみの活力あふれる「任務報告」(英語の先生のコピー機の紙詰まりをどう機転を利かせて直したか)と、夜滝優凛よだき ゆりん部長のその行動に対する「応援精神満点!」という大げさな表彰に覆い隠されてしまった。


部室は再び彼女たち二人の声で満たされ、雨憶伶あめなみだ れいは相変わらず静かにそばで記録を取り、俺はあの古い椅子にもたれ、スケッチブックに描かれた意味不明な数本の線をぼんやりと見つめていた——騎士と魔王について、救出と苦境について。


その粗い思いは蔓草のように絡みつき、ついに人のいない午後、鉛筆で描かれた走り書きのコマ割りへと姿を変えた。


俺は長い間考えてやっと描き上げた。中学生の頃は色んなライトノベルや漫画のストーリーを空想するのが好きだった。


今は、疲れてあまり考えられないけど、時々考えて、少し描いて、リラックスする。たとえ下手でも、自分が楽しければそれでいい。


俺は髪をかきながら、創作を始めた。


その日、絵を描き終えたばかりで、まだノートを片付けていない時に、優凛部長に図書館で大量の美術画集を借りてくるよう頼まれ、部室には雨憶伶と部長だけが残り、夏橘は練習に行っていた。


その頃、氷室咲幽の心は、彼女のイーゼルの前の空白のように、虚ろで重かった。


窓の外の陽の光はまぶしく、美術部の部室では鉛筆のサラサラという音、消しゴムのこする音、仲間たちの創作熱に満ちた低い話し声…どれも分厚いガラス越しに聞こえてくるように、ぼんやりと遠く感じられた。


彼女の指先は冷たく、何度もスケッチ用の鉛筆を手に取っては、紙面に近づく瞬間に力なく下ろした。佐藤部長が眉をひそめて投げかける視線は、彼女を逃げ場のない場所に追い詰めた。


「大切にしたい瞬間」…なんて温かくて、手の届かない言葉なんだろう。


頭の中でそれを捉えようとするたびに、映像は灰色の霧に砕け散り、公園のベンチに座って雲を見つめながら目を細めていたおばあさんの、しわの中に流れる笑顔だけが残る——それは再現も描くこともできない、永遠の時間だった。


窒息感が喉を締め付けた。咲幽は突然立ち上がり、椅子の脚を蹴って、キィーッという耳障りな音を立てた。


周囲の視線が一瞬に集中し、佐藤部長は不満そうに彼女を見た。


咲幽は部長の表情を見る勇気さえなく、うつむいたまま、蚊の鳴くような小さな声で「すみません…ちょっと外に…」とだけ言うと、逃げるように活動室を飛び出した。


どこへ行く?どこで息ができる?


足は見えない糸に引かれるように、彼女はまたしても応援部のドアの前に立っていた。


昨日の、沈黙しながらも受け入れてくれたあの傾聴のせいか?それとも、張り詰めた美術部とは全く異なる、あの小さな空間に漂う空気のせいか?


彼女は入り口で立ち止まり、中は静まり返っていた。前の日の喧騒とは違う。ついに、溺れる者が浮き輪にすがるように、そっとドアを押し開けた。


部室は確かに静かで、雨憶伶さんと優凛さんだけがいた。夏橘さんはいなくて、あの少年もいなかった。


伶は分厚い資料帳を黙々と整理し、優凛は漫画本を読んでいた。彼女たちはドアの音を聞いて顔を上げ、咲幽を見ると、目に優しい問いかけの色を浮かべた。


それから何かを思い出したように、壁際のソファのそばにあるローテーブルを指さした——そこには、目立たない、明らかに手作りで製本された、茶色い紙の小さなノートが無造作に広げられていた。


彼女たちはそのノートが誰のものか説明せず、ただ咲幽にほほえみかけると、すぐに自分の作業に戻った。まるで咲幽に、言葉を必要としないプライベートな空間を残してくれたかのようだった。


氷室咲幽はためらいながら、ソファの隅にそっと腰を下ろした。視線は否応なく、あの開かれた、独特な雰囲気の茶色い紙のノートに向けられた。


そこには色がなく、白黒で、やや走り書きながらも動的な緊張感に満ちた鉛筆の線だけが描かれていた。タイトルは1ページ目に気ままに書かれていた:『ちび騎士・冒険記』。


彼女は好奇心に駆られて1ページ目をめくった。


1ページ目: 画面中央は、わずか数本の簡潔な線で描かれた小さな騎士のシルエット。明らかにバランスの悪い古ぼけた盾と木の剣を背負い、密に交差した斜線で描かれた巨大で果てしなく広がる暗い森の前に立っている。森の影は小さな騎士の姿を飲み込もうとしている。台詞はなく、重苦しい雰囲気だけが漂う。


咲幽の心は理由もなく締め付けられるようだった。


2ページ目: 小騎士は森の奥深くにいる。彼は不器用に邪魔な茨を切り払っているが、茨はさらに鋭く、彼の粗末な鎧に傷を表す短い線を何本か刻んでいる。彼の顔には誇張された大きな汗の粒が浮かび、目は前方のかすかな光をまっすぐに見つめ、頑固な間抜けさを漂わせている。


「いたい…おばあちゃんは、傷はまず露で洗うんだって…」


わきに小さな字でくねくねと書かれている。


3ページ目から5ページ目: 小騎士の修行風景。流れの速い小川に向かって剣を振る練習をし、飛び散った水しぶきで自分の顔をびしょ濡れにしている(「力が…まだ足りない!」)。曲がった木に素手で登って光る実を取ろうとし、真っ逆さまに落ちる(「バランス感覚…ゼロ点!」)。岩に向かって戦いの宣言を練習するが、声は蚊の鳴くように小さい(「気合だ!気合が必要だ!」)。


どのコマも不器用ながら真剣に描かれ、努力の過程でのみじめさと執着が伝わってくる。咲幽は見ているうちに、口元が無意識にほころんだ。バカみたい…でも…すごく頑張ってる。


6ページ目: 小騎士は惨敗を喫したようだ。鎧はさらにぼろぼろになり、木の剣も半分折れている。彼はうなだれて苔むしたキノコの下に座り、小さな姿は巨大な雨粒の線に覆われている(雨粒は混乱した円形の線で表現)。背景の吹き出しは落胆の塗りつぶしでいっぱいだ。


「魔王は怖すぎる…本当に…僕にできるのかな?おばあちゃん、僕、迷子になっちゃった…」


言い表せない共感が咲幽を打った。彼女は大雨に打たれ、自分を疑う小騎士を見て、イーゼルの前で真っ白な自分自身を見るようだった。


7、8ページ目: 転機。小騎士がキノコの下で寒さに震えている時、ぼんやりとした思い出の映像が浮かぶ:同じく単純な線で描かれた、優しい老婆が彼の小さな手を握り、遠くの美しい夕焼けと流れる雲を指さしている(「坊や、見てごらん、光は、ずっとそこにあるんだよ」)。次のコマで雨が上がり、一筋の陽光が厚い雲を突き抜け、ちょうど小騎士のびしょ濡れの頭の上に落ちる。彼の背中は少し伸びたように見える。


咲幽の心は、その一筋の光にそっと触れられたようで、長く積もっていた氷のような感覚がほのかに溶け始めた。


9ページ目: クライマックス!画面の緊張感が最高潮!歪んだ渦巻き線で描かれた巨大な黒い影(魔王)がページ全体をほぼ占め、無数の闇の触手を伸ばしている。


小騎士は崖っぷちに立ち、新しく削った尖った枝を持ち、盾には大きな穴が開いているが、目は異常に強く輝き、息を詰まらせるような闇の渦に立ち向かっている!強烈な視覚的対比が、胸が張り裂けるような恐怖と恐れを知らない感覚を生み出している。


咲幽は息を呑み、心が握りつぶされるようだった。彼はできるのか?


10ページ目: 爆発!複雑な戦闘描写はない。ただ一ページ全体に、非常に簡潔で力強い画面:小騎士の姿が高く跳躍し(線に力が満ちている)、両手でその枝をしっかり握りしめ、全身が小さな稲妻のように、巨大な闇の渦の中心にまっすぐ突き刺さる!


渦の中心に突き刺さった場所から、無数の放射状の直線の光が爆発し、闇が引き裂かれたことを象徴している!わきの文字は力強く刻まれた一つの大文字の単語だけ:「破!!!」


言い表せない爽快感が電流のように咲幽の全身を流れた!単純な線画なのに、彼女は魔王の無言の咆哮が砕ける音を聞き、束縛を打ち破る力を感じたかのようだった!彼女の呼吸は一気に楽になった。


11ページ目: 硝煙(乱れた灰色の短い線で表現)が散る。陽光が大地に満ちる(背景は穏やかな平行線)。


小騎士は陽の光の中に立ち、破れた盾と折れた剣は脇に捨てられている。


線が柔らかく優美な王女が彼の前に立っている。シルエットだけだが、その姿勢はリラックスして安らかだ。


小騎士はとても疲れているようだが、背筋を伸ばし、片手で後頭部をかきながら、勝利後の純粋な喜びと少し戸惑った間抜けな笑みを浮かべている。吹き出しが現れる。


「あの…その…通りすがりの騎士ですが…何かお困りですか?」


王女の返答は小さな音符の連なり。


このちょっと間抜けな終わり方を見て、咲幽はついに思わず、プッと小さく笑い声を漏らした!笑顔が自然にこぼれ、氷河が解けた後に揺れる最初の小さな花のようだった。


不思議な温かさと純粋な喜びが、魔法をかけられたように、心の奥底から抑えきれずに湧き上がってきた!何日も何夜も張り詰めていた心の弦が、この瞬間、この単純で、少し幼稚な小さな物語に、優しく撫でられるように解かれた。


12ページ目(最終ページ): 画面は非常に穏やかで平和になる。遠くには青空と白い雲、小さな城のシルエット。前景は細かい平行線で描かれた金色の小麦畑が広がる。


小騎士と王女(相変わらずシンプルな画風)が麦畑の端の木の下に座り、光る小さな実を分け合っているように見える。麦の穂が風にそよそよと揺れる(画面下部の柔らかな曲線)、静かで美しい。


この極めてシンプルな絵が、咲幽の心を一瞬で優しい切なさで満たした。この安らぎ…おばあちゃんの言う「大切な日常」にどれほど似ていることか!


そして、この絵の真下に、鉛筆で丁寧に一行の文字が書かれていた。遅れてきたナレーションのように、読者への優しいメッセージのように:


「なぜ出発したのかを忘れないで


もし疲れたら、立ち止まって休んでいいんだよ。」


一瞬、すべての感情——さっき芽生えた喜び、おばあちゃんの幻影を見た時の温かさ、小騎士に共感した切なさ——が激しい潮のように押し寄せ、氷室咲幽の最後の防壁を激しく破壊した!


涙が完全に制御不能に、決壊したように溢れ出た!彼女は抑えつけず、ただ無言で、涙を思いのままに流させ、微笑みでわずかに上がった口元を伝わせ、ポタポタとあの粗くて黄色がかった茶色い紙のページに落ち、小さなかすみを広げた。


なぜなら、その単純な言葉が、優しい鍵のように、彼女自身が深く閉ざした心の扉を正確に開いたからだ——「疲れたら、休んでいい」。


絵を描くことも、生きることも、無理に課題をこなすためではなく、おばあちゃんが去った巨大な穴を埋めるためでもなく、最初に絵筆を握った時、おばあちゃんが感嘆したあの美しい瞬間を捉えるためではなかったのか?


その純粋な、美しいものを見つけるときの心の動きと、それを描きたいという衝動こそが、本当の「なぜ出発したのか」だったのだ!


彼女は長い間泣いた。ため込んだすべての悔しさ、迷い、そして忘れられていた初心を吐き出すように。


泣き終わる頃には、涙は徐々に止まり、心はこれまでにない軽さと澄み切った感覚に包まれた。長い間彼女を悩ませていたあの真っ白なイーゼルは、もはや憎らしくもなく、むしろ再出発の機会のように思えた。


俺が分厚い美術画集を抱えて部室のドアを開けた時、目にしたのは、すっかり変わった氷室咲幽だった。


彼女は優凛部長と雨憶伶の前に立ち(部長の顔には隠しきれない興奮が浮かんでいた)、落ち着いて、そして確固たる表情をしていた。


彼女の目尻はまだ少し赤いが、顔には重荷から解放された後の、穏やかな光が漂っていた。彼女の腕に抱えていたのは、もはや重荷を象徴するあの空白のスケッチブックではなく、きちんと折りたたまれた一枚の紙——そこには何文字かがかすかに見えた。


「北辰くん!」


優凛部長は俺を見るなり、すぐに大げさな詠嘆調で叫んだ。


「我らが隊、本日聖なる拡大を遂げた!第二の新星——氷室咲幽さん、応援部への正式入部を申請!」


氷室咲幽はその声を聞いて俺の方を向いた。彼女の目は澄んで明るく、もはや逃げず、複雑で濃い感情——感謝、安堵、少しおずおずした期待、そして言い表せない悟り——が渦巻いていた。


「…はい。」


彼女は深く息を吸い込み、優凛部長と俺に向かって確認するように強くうなずいた。


それから、最大の決心を固めたかのように、彼女は折りたたんだ紙を優凛部長に渡した。そこには彼女の入部届が書かれていた。彼女は美術部を退部したのだ。


彼女は俺の方を見て何かを説明しようとはせず、ただ俺が彼女のそばを通り過ぎて美術画集を机に置いた時、俺だけに聞こえるほどかすかで、しかし驚くほどはっきりとした声で言った:


「ありがとう…北辰くん。」


何にありがとう?俺が何をした?


彼女は言わなかった。俺も尋ねる必要はなかった。彼女の目に映るその心からの感謝は、朝露のように、解釈を必要としないものだった。


優凛部長は入部届を振り回し、新旧部員が力を合わせて応援部を盛り上げるという美しい青写真の計画に夢中になっていた。


氷室咲幽は静かに新しく運ばれた椅子に座り、窓の外の白い雲を見つめ、口元に思わずほのかな微笑みを浮かべていた。


俺は窓辺のあの古い椅子の前に歩み寄り、視線をソファのそばに丁寧に閉じられ、元の場所に戻されたあの茶色い紙のノートに走らせた。


誰も、それが涙で濡れ、そっと乾かされた跡に気づいていなかった。


ん?ノートを片付けなかったか?まあいい、早く片付けよう。彼女たちに見られないうちに。


俺はノートをカバンにしまい、少女たちを見た。彼女たちは皆、自分のことをしていた。


なぜ美術部を辞めたのか?なぜここに入ったのか?


答えはない。答えも必要ない。


「依頼が終わればそれでいい。」


俺は無言でそう思った。咲幽は俺の視線を感じ取ったようで、窓の外から視線を戻し、再びこちらに向けた。彼女はかすかに笑った。その笑顔には重荷の暗雲はなく、ただ旅路を始めたばかりの、道は知らなくとも迷いのない落ち着きだけがあった。


もしかしたら、いつか陽の光が心地よく、そよ風が中庭のイチョウの梢を揺らし、応援部の窓辺の紅茶が新たな香りを漂わせる日が来るだろう。


その時、彼女は再びあの空白のスケッチブックを開くだろう。


今度は、下ろされるペン先は、ずっと軽やかになるかもしれない。そしてついに、本当に彼女だけの「大切な瞬間」を描き出すかもしれない。


誰が知っている?


窓の外に、陽の光が柔らかく降り注いでいた。


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