元伯爵令嬢と突然の来客〈2〉
最近このシリーズを書くのが楽しいです、こんぺいとうです。
今回ちょっとリリスが残念です。
あと、あらすじの「あの方」が登場します。
楽しんでいただければ嬉しいです。
「ミアー!いらっしゃあーいっ!!!!」
ミアがうちを訪れたのは、ノアさん襲来のすぐ翌日だった。
あのパーティーの後フローレス家は重要な会食やら交流会やらがしばらく続いていたらしく、ヒマを持て余していたあたしとは違ってミアも忙しそうだった。
あたしはあたしで上の空だった上にノアさん襲来とかもあって、パーティーの後からは二人で一回も会えてなかったんだよね。
だから、今日はそれも兼ねた打ち上げなんだ!
もちろん、店先には「CLOSED」の看板をかけてある。
「いやーリリス、ほんっと久しぶりぃー!!どう?元気してた??」
そう言ってニッコニコの満面の笑みであたしに問いかけるミアは、言うまでもなく最高に可愛いのだが、それはさておき。
あたしはつい昨日の驚くべき出来事について語ろうと、グッと拳を握った。
「元気だったけど、ちょっと聞いて!じつは昨日ね……」
そう語って聞かせると、ミアは目をパチクリとさせながら気の抜けた顔になった。
お、レアショットだ。
あたしが瞬きもせずその顔を脳裏に焼き付けようとしているのがバレたのか、ミアはすぐにニコニコ笑顔に戻った。
あぁ、残念。
でもミアはどんな顔でも可愛いからいいや。
「それは……すっごいことだねぇ」
良かったじゃない、罪に問われなくって。
ミアは朗らかにそう言った。
「や、ほんとそうなんだよ!もうヒヤヒヤして……」
ミアはそんなあたしに柔らかく笑った後、ストン、と椅子に腰掛けた。
「リリスも座れば?」
「あ、いいよ。あたしお茶淹れてくるから、ちょっと待ってて!」
あたしはそう言って奥に引っ込んだ。
片手鍋を出し、蛇口をひねる。
この鍋は、赤と黄色のお花柄が可愛くて、じっと見つめてたら執事が買ってくれたものなんだ。
じわじわと上がっていく水位を見つめながら、あたしは物思いにふけっていた。
それは、あたしの思いは恋愛感情なのかな?っていうことだ。
あたしのノアさんに対する感情って、一目惚れではあるけど、好きってより「推し!」って気持ちのほうが強い気がするんだよね。
かといって、他の女の子がノアさんの隣に立って婚姻関係を結ぶってなったら、素直に祝福できるかって言ったら、それは正直できない。
絶対後悔するし、絶対嫉妬するし、絶対号泣する。
自信がある。
だけど、自分がノアさんとああなりたいこうなりたい、っていうのはあんまりないんだよね。
恋っていうにはちょっと違うけど、推しに対する気持ちにしては行き過ぎてる気もする。
でも、百歩譲ってこれが恋だとしてもさ。
この恋を叶える方法がないんだよね。
会えたし、話せたけど、多分それまで。
これ以上彼には近づけない。
近づく口実がない。
あたしがまだカロラインだったら、もっとやりようはあったかもしれないけど。
「冷たっ!?」
あたしはパッと手元に意識を戻す。
小さな鍋から水があふれ出て、手にかかったのだ。
冬に比べれば比較的暖かめの季節ではあるものの、それでも水は冷たい。
キュッと蛇口を戻し、鍋を火にかけた。
ぽいぽいっとハーブを入れ、蓋をする。
この淹れ方が正しいのかは分からないけど、一応、まともに飲めるものにはなるんだよね。
あたしもミアも、薬草茶なんかよりはハーブティーが好きだ。
だからミアの家の畑ではちょっとしたハーブが育ててあるし、時々分けてもらえるんだよね。
あとはお湯が沸くまで待つだけだ。
あたしはスツールを引き寄せ、鍋の前に座った。
カランカラーン。
数秒後、入り口のベルが高らかに音を響かせた。
あれ、「CLOSED」の看板かけたはずだよね?
なんでだろ。
あたしは慌ててキッチンから出た。
ミアも椅子から立ち上がり、入り口へ向かう。
「すみませーん、ただいま閉店しておりまして……って、シャーロットじゃんっ!」
あたしは戸口に立っていた人物を見て、そう声を上げた。
「あらごきげんよう。お久しぶり、リリスさん」
シャーロットは赤いスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をし、傍に控えていた執事に何やら耳打ちすると、執事を外に出してカウンターまで歩いてきた。 「お元気でいらして?」
「うん、元気!」
「それは何よりですわ」
シャーロットとはもう知り合って数年になる。
シャーロットは街の中枢を担う貴族、パトリック・ロザレインの一人娘だ。
その口調からも分かる通り、ものすっごいお嬢様。
ロザレイン家と言えば、庶民派貴族のフローレス家とか、そこそこフランクで庶民との交流も多いカロライン家とは違う、生粋の名門。
そんな貴族のシャーロットと知り合ったのが、あたしがカロラインの時かと言えばそうじゃないくて。
意外や意外、あたしがグレイスになってから知り合ったんだよね。
あたしがたまたま街中で困っていた時(具体的には、道に迷ってたんだよね)に、声をかけてもらったのが始まりで。
そこからは、一応貴族であるミアのお母さんとかから繋がって、同年代だし仲良くなった、って感じ。
向こうもあたしをただの街娘じゃなくて、一人の貴族(元、だけど)として扱ってくれるから、結構対等な付き合いだと思う。
あたしもシャーロットのこと好きだし、来てくれたのはほんとに嬉しい。
「シャーロットもお茶してく?」
「あっ、シャーロット〜!久しぶり〜!」
ミアがカウンターを出て、シャーロットに駆け寄っていく。
あれ、おかしいな。
なんだかミアにないはずの尻尾と犬耳が見える気がする。
「あらミアさん、お久しぶり。お元気そうで何よりですわ」
「そちらこそ〜!」
「座りなよ、シャーロット」
「ではお言葉に甘えて」
シャーロットは優雅に赤いドレスを広げて座った。
髪がきれいな金色の巻き毛だから、赤が映えるんだよな、シャーロット。
あたしは髪の毛が金色、というよりそれより茶色っぽい亜麻色だから、赤よりも青や紫のほうが似合うんだよね。
あたしは明るい色のほうが好きなんだけど。
ミアは焦げ茶色の髪だから、どんな色でも似合う。
本人が黄色やオレンジが好きだから、そればかり着ているんだけどね。
「シャーロットも、ハーブティー飲む?」
「えぇ。いただきますわ」
あたしはキッチンに戻り、鍋にふっと目をやった。
「ぎゃー!」
吹きこぼれてるっ!
ブシューブシュー言ってるんだけどっ!
なんで気づかなかったんだろ!
やばいよー!
あたしは急いで火を消して、ティーカップを出した。
◇
音も立てずお茶を一口飲んだシャーロットは、優雅にティーカップを置いた。
「シャーロットは、どうしてこんなところいたの〜?」
「そうでしたわ。本来の目的を忘れておりました」
「え?何?」
わざわざ入ってきたってことは、あたしに用があったのかな?
なんだろ。
「ロザレイン家で、メイドが一人辞めてしまいましてね……あっ、単純にお引越しなさるとのことでしたけれども」
シャーロットはまたハーブティーを飲んだ。
「で、ただいまメイドの座が一つ空いておりますの。どうです?リリス」
あたしは急に自分の名前が出て、びくっとしてしまった。
だってまさか、こんな方向に話が飛んでくるとは思わないじゃん。
「そんなボロ家に住んでいないで、うちにいらっしゃいません?」
「誘いは嬉しいけど……いいよ」
「あら、どうしてですの?」
あたしは、昨日のノアさん襲来や一目ぼれ事件を一通り離した後、ぐっと拳を握って答えた。
「だって、ここはあの人が入った家なんだよ?だから、あたしが未来永劫住み続ける。ノアさんが入った家だし、取り壊すとか他の人に売るとか考えられない!」
なんせ、推しがこの家に足を踏み入れたんだから。
そう力説すると、シャーロットは青い顔で少し身を引いた。
なんだろ、心なしかその目からハイライトが消えてるような……。
「ちょっと、あなた……」
なんだろ。
何を言われるのか、あたしはドキドキしながら待った。
けど、シャーロットの口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「……だいぶ気持ち悪くてよ」
「えっ」
えっ、まさか。
ひどくない?
てか、推しが家に来てみなよ、シャーロット。
絶対こうなるよ?
そんなあたしの心の叫びも虚しく、ミアが愉快そうな顔でさらに追撃した。
「そういえばリリス、前『あの人の家の壁になってあの人の一分一秒を見尽くしたい。あわよくば床になって、踏まれたい』みたいなこと言ってたもんね〜」
「あら、まぁ……」
シャーロットが氷のような目であたしを見る。
やめて!
なんか心が痛い!
「や、違うよ!?壁になりたいは言ったけど」
「言ったんかい」
ミアが突っ込んだ。
「踏まれたいは言ってないからね!?」
「いや、壁の時点でだいぶアウトですわよ」
シャーロットはさらに冷たい目であたしを見る。
やめてっ!
メンタルがどんどん削られてくよっ!
そんな吹雪もお呼びじゃない冷たい目であたしを見ないでっ!!
「そんなの、かなう恋もかないませんわよ」
「や、かなわせるから!がんばるし!」
「お手伝いいたしましょうか?」
「助かります!」
「仲いいねー、なんだかんだ。ね、双六しようよ〜」
「良いですわね」
何はともあれ、あたしたちは束の間の休息を楽しんだのでした。
閲覧ありがとうございました。