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元伯爵令嬢と突然の来客〈1〉

お久しぶりです。

ちょっと文字数が多いんですけど、楽しんでいただければ幸いです。

 あの伝説的な(あたしの中では)パーティーから数日、あたしは未だに興奮冷めやらぬまま今日も店を開けた。

 午前中をどこか浮かれたまま過ごし、時折来る客に応えながらだらだらと大通りを眺め、暖かな日差しに数十分ほどうたた寝した後、あたしは一つの感想にたどり着いた。

「あー、ヒマ」

 なんかこの状況すごくデジャヴ。

 あたしはうららかな日差しにぼんやりとした頭の隅でそう考えた。

 今日も今日とてアルテマの街は忙しなく動いている。

 けど、あたしは店に人が来ない限りはヒマだ。

 大通りでせかせかと働いている人たちに失礼だろと思うレベルで、超絶ヒマだ。


「大体あたし、商売向いてないんだよな……」

 外で大声を出して果物やら魚やらを売っている人なんか、本当に凄いと思う。

 あたしにはそんな度胸ない。

 カロライン家を数年前に叩き出され、そして一年前に急に前の執事が来て経済面的にも社会的にも商売を始めた方が良いと勧めてきたんだ。

 正直そんなところ心配するなら最初から追い出さないでよ、という言葉をすんでのところで危うく飲み込んだあたしは、本当に偉いと思う。

 ……話が逸れたけど、そうして数ヶ月前に開いたのがこの店だ。

 料理全般できない、コミュニケーション能力皆無、着物の目利きなんぞ勿論無理ということで数ある商売の中からあたしにできそうなものを、と選んだのが雑貨屋だ。

 あとからよくよく考えると雑貨を選ぶセンスも大してないのだけど、執事にダークマターとまで言わしめた(スープを作った時に、なんですかこれは、コンクリートですか?と言われたこともある。あたし一応雇い主なのに、ひどくないかな?)あたしの料理を振る舞うよりかは良いだろうと言うことで。

 だから、暇な時にあちこち出かけては、ランプやネックレス、燭台にインク瓶など他の店で一目惚れした可愛い小物を買い集めているんだ。

 それが飛ぶように売れて目が回るほど忙しい日もあれば、今日のようにヒマを持て余すような日もある。

 

 商売は、山あり谷ありと知り合いがいつだか言っていたけれど。

「あまりにも、谷ばっかすぎるよ……」

 さすがにそろそろ生活が苦しくなってくる。

 カロラインの分家から経済的な支援はちょくちょくもらっているけど、それは食事に必要最低限な量のみだ。

 いや、それだけでも勿論ありがたいんだけれど、だけどそれでは生活ができないし、ロザレインを始めとする街の幹部への納めもあるし。

 姓をカロラインからグレイスに変えた時に手切れ金として貰ったお金は、数年の間に底をついてしまったし。

 だから商売を勧められたのに、このままでは逆に赤字だ。

  

「あたし、やっぱセンスないのかなー……」

 ふっと店の方へ視線をやる。

 そこでキラキラと輝く雑貨たちは、あたしにとっては心に刺さったかわいいものたちばかりだ。  

 だけど、他の人にとってはそうでもないのかもしれない。

  

 低いスツールから立ち上がり、店の中を歩き回る。

 木のカウンターや小物立ては、元々あたしに仕えてくれていた執事が買ってくれた。

 多分、そこまでは義務付けられている仕事じゃないと思う。

 買ってくれるだけならまだしも、しかも執事の数少ない休暇の日にやってきて、あたしを家具屋に連れて行って選ばせてくれた。

 そこまでしてくれたのは、多分その人個人の情からだ。

 グレイスからカロラインになり、またグレイスになった、恐らく傍目には可哀想な女の子への。

 

「ちょっ、やめよっ!こんなこと考えるの」  

 ぽつりとそう口に出したけど、それに反して思考はどんどんと暗い方向へ向かっていく。 

 生きてたらつらいことなんていっぱいあるし、谷ばっかりで登る山もない。

 登ったと思ったら足を滑らせて落っこちるのが常だ。

 だけど、そんな落ちぶれているのに、普通の人と同じ様に辛気臭くクヨクヨしていたら余計に置いていかれる。

 周りが何と思ってたって、あたしが楽しければ人生全て良いのだから。

 カロラインだろうが、グレイスだろうが、リリスはリリスに変わりない。


「はい、暗い話、終わり!」

 あたしは明るく言って、棚に並べてあるアクセサリーに全意識を集中させた。

 ブローチや指輪、ネックレスに髪飾りなどよりどりみどりだ。


「あ、これ……」

 その中であたしは一つのブレスレットを手に取った。

 鳥の紋章と、良くわからない古代文字が彫りつけてある。

 金属だから、ひんやりとして少し重かった。

 確かこれは、つい一昨日パーティーの翌日に買ったものだ。

 アルテマの街にはちゃんと建物で商売している人もいれば、人通りの多い道にゴザを敷きその上に商品を並べて売る人もいる。

 このブレスレットはそういうところで買ったものだ。

 例によってこれも一目惚れしたブレスレットなのだけど、気になることもある。

 

「なーんか、あのおじさん怪しかったんだよなー……」

 妙に周りを気にして、商売なんて目立ってなんぼなのに(あたしが言えたことじゃないけどね!)わざわざ入り組んだ路地のさらに奥でこそこそとゴザを敷いていたのだ。

 あたしが「あの、少し見ていってもいいですか?」と声をかけたら、びっくりしたように顔を上げて目を忙しなく瞬かせながらぎこちなく頷いたんだ。

 身なりも薄汚れていて、ボロボロだったし。

 無精髭は生やしっぱなし。

 なのに、身につけていた装飾品だけやけに高価そうで。

 更に、あたしへの第一声がもっと怪しかった。

 だって、これだ。

 

『嬢ちゃん、警備隊の人かい?』

  

 いや、こんな見るからに貧弱なか弱い女の子が警備隊なわけないじゃん!

 見て分かることだ。

 だけど、それでも聞いたってことはよっぽとそれが心配だったってことだ。  

 売られているものも盗品なんじゃないか。

 そう思ったけれど、あたしはブレスレットから目が離せなくて。

 もうこれは一目惚れだし、買うしかない。

 あたしは少々ぼったくりとも言える値段を一文もまかさずきっちりと払い、ブレスレットを手に意気揚々と家に帰ったのだが。 

  

 あたしはブレスレットの模様をしげしげと眺めた。

「……どーこかで見たことある気がするんだけどなー……」

 羽を広げる鳥。

 優美で迫力があって、不思議な魅力がある模様。  

 どこかで見た記憶はあるのだが、まったく覚えていない。

「なーんだろー……」

 銀のブレスレットは陽の光にさんさんと輝いている。

 古いものなんだろう、内側は少し黒ずんでいるけど手入れが良いのか比較的綺麗だ。

「待って、ほんとに盗品だったらどうしよ……」

 もしかしたらこれはお金持ちの家のもので、執事が完璧に手入れしているから綺麗なのかもしれない!

 えっ、盗品を買うのもだめなのかな!? だめだよね!?

 

 カランカラーン。

 あたしが悶々としていると、入り口のベルが景気良く鳴った。

「あっ、いらっしゃぁーい!」

 あたしはブレスレットを棚に置いて入り口を見る。

 木の扉が完全に開き、客の姿が見えてきた。

 白いローブに金の模様。

 高貴な人が外出時に着るものだ。

 貴族の人なのかな?

 ミア……は庶民の格好してくるか。

 うーん、でもこの辺の貴族って言ったら、ロザレインかフローレスか、それかカロラインだけど……。

 でも、それくらい高貴な人だったら、おつきの人をつけるよね。

 見た感じ、店の外にも誰もいないけど……。

 牧師さんとかなのかな? 


 店に入ってきたその人は、おもむろにファサリとフードを取った。

 その人の顔が見えて、あたしは驚愕する。


「えっ、ノアさんっ!?!?」


 そう、どう見てもノア・カロラインその人の顔だ。

 えっ、見間違いかな?

 カロラインのしかも本家、加えて次期当主が執事も護衛もなくこんなところ来るか?  

 えっ、そっくりな別人?

 驚きと混乱に百面相しているあたしに目をやった(推定)ノアさんは軽く目を見開いた。 

 その首元から、白ヘビのクリスティーナさんが顔をのぞかせる。 

 あっ、ご本人ですね。

 これはどう見ても。

 この街を白ヘビ連れて歩く変わった貴族はノアさんしかいないわ。 


 そう確信したとたん、心臓がドンドコドンドコ太鼓のように鳴り始めた。

 やばい、ノアさん(推し)があたしの家にいる。

 えっ、これはおうちデートと言っても過言じゃないのでは(いや、過言かな?)。

 うわー、好きな人が、あたしの家にいる。

 感動と緊張でどうにかなりそう。

 あぁ、あたしと同じ空間に彼がいる!

 なんか彼の周りの空気だけキラキラして見えるんですが。イケメンオーラのなせる技かな。

 え、ここは天国?


「あぁ、グレイスか。パーティーぶりだな」

 うっそ、ノアさんあたしみたいな有象無象の名前覚えてたよ。

 嬉しいけど、なんだか不思議な感じだ。 

 グレイスって呼ばれるのは慣れないけれど、それすらノアさんのいい声で呼ばれるごとに恐ろしくいい姓に思えてくる。

 いやはや、恋愛パワー恐るべし。

 あたしは荒ぶる心を静めて、営業スマイルでノアさんに話しかけた。

「あの、えと……なんで、こんなところに?」

 ノアさんは息を整え、いつも通りの調子で淡々と言った。


「実は、カロラインの物が盗まれてな」

「ええっ!?」

 盗まれ……、え?

 カロラインから?

 使用人ですら迷子になるような超絶広い屋敷と、万全の警備を誇る、あのカロラインから?

 まさか、本家からじゃないよね。

 分家だったらまだ、本家より単純だもん(それでもあたしは迷うけどね!)。

 ノアさんはそんなあたしの百面相を見て、静かに言葉を続けた。

「いや、本家から、というわけではないのだがな」

「あ、そうなんですか……」

 あぁ、よかった。

 と思っていたら、ノアさんがさらに爆弾を投下した。

「と、言っても分家の長の物だがな。知っているか?」

「もちろん存じておりますけど……えっ、あの、分家の長からっ!?」

 何を隠そう、あたしは分家の長の子だ。

 あたしの父、レイン・カロラインは、カロラインの分家を束ねる地位に立っていた。

 父が死んでからは、確か父の弟の人が継いでた気がする。

 もともと住んでたから分かるけど、警備員も相当数いるし、システムも最新鋭だったはずだ。

「すっごいですね……」

「あぁ。犯人は無事、警備隊が捕まえたんだが、肝心の品はもうすでに売却した後だったんだ。だから、こうして雑貨屋を回って盗品を探しているんだ」

「そうなんですか……」

 盗品、というワードにギクリときた。

 いや、まだね!

 まだ、あのブレスレットじゃない可能性の方が高いし!

 だ、大丈夫だよね!?

 あたしはあのブレスレットを思い浮かべて、ため息をついた。

 

 でも、ここで一つ疑問が湧く。  

 なんで分家の持ち物を、本家(しかも跡継ぎ)のノアさんが、護衛もつけずに探しに来ているんだろう?

 普通、執事や召使いたちが手分けして探すよね?

「なんでわざわざノアさんが来られているんですか?」

 あたしは首を傾げた。

 ノアさんは少し言い淀む様子を見せる。

 あれ、珍しいな。

 この人、きっぱり物を言うタイプな気がするんだけど。

「……の物で」

「……あの、すみません、もう一回言っていただけます?」

 ノアさんは少し照れくさそうにしながら口を開いた。  

 あぁ、かわよ。

 推せる。

「……お兄様の、物なんだ。元は。それで、お兄様が分家の長に与えた。だが、お兄様はあの品を気に入られていた」

「お兄様って、亡くなられた……」

「あぁ」

 あぁ、それで。 

 この話を聞く感じだと、ノアさんはかなりお兄様に懐いていたっぽい。

 だから、わざわざ自分から出向いたんだ。

「そうなんですか……あ、というか」

「なんだ?」

「盗まれたのって、どんなやつなんです?」

 ノアさんはポン、と手を叩いた。

「あぁ、それが分からないとどうしようもないものな。材質は銀で……」

 銀。

 とっさにブレスレットが思い浮かぶ。

 や、まだ分からない!

 銀の装飾具なんていっぱいあるよっ!

「……ブレスレットなんだが……」

 ……ブレスレット。

 あたしはいよいよガクブルだ。

「も、模様などは……?」

 あたしは青い顔で、おずおずと聞いた。

 ノアさんはそんなあたしの様子を訝しむように答える。

「羽を広げた鳥の、カロラインの家紋が入っているが」

 あっ、確定ですね!?

 えぇっ……どうしようっ!?

 あたしはあの時あれが盗品だって知らなかったけど、これも罪になるのかな!??

 ていうかあれ、カロラインの家紋だったんだ。

 どうりで見たことあるわけだよっ!

 

「あ、あの……それ、こちらではないでしょうか……」

 あたしは指先をブルブルと震わせながらそろりそろりとブレスレットを差し出した。

 ノアさんはスッと受け取り、ためつすがめつしてから軽く答える。

「あぁ、それだ。グレイスのところにあったのだな」

 うわぁー、やっぱりっ!  

 どうなるんだろ、あたしー!

「あのっ!これって、罪には……」

「問われないぞ?グレイスはそれが盗品であると知らなかったのだろう、それなら問われない。ただの何も知らない買い物客だからな」

「あっ、そうなんですかっ!」

 よかったぁ!

 あたし、投獄されずに済んだよっ! 


 と、ノアさんがカバンをゴソゴソし始めて中から財布を取り出したので、あたしは慌てた。

「ちょっ……何なさってるんですか?」

 ノアさんはこともなげに答える。

 まるであたしが変みたいな感じだ。

「いや、代金を払うだけだが」

「いただけませんよっ!」

「しかし……」

 未だ納得していなさそうなノアさん。

 でも、これはもともとカロラインの物だし、お代をもらうなんてできない。

 あたしはぎゅっとノアさんの両手を握り、言葉を続けた。

「本当に、大丈夫なんです。お兄様の気に入られていた物なんでしょう?それをあるべき場所にお返しするだけですし、あたしが見返りをもらう必要はありません」

 ノアさんは、まだ少し納得がいってないような表情だ。

「本当か?この店、悪いが特別裕福でもないだろう。このブレスレットだって、高くついたはずだ」 

「いいえっ、大丈夫ですっ!」

 あたしはそう言って、にぱっと笑った。

 ノアさんがほんの少し目を見開く。

「では……それなら、ありがたく。いつか、礼にパーティーに招待しよう」

 ノアさんは大切にブレスレットをカバンにしまい込み、ドアの近くでこちらを向いた。

 ノアさんは、見たことのないような、穏やかな慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


「その時は、ぜひ俺の隣に座るといい」


 そう言って、ノアさんは店を出ていった。

 カランカラーン。

 乾いたベルの音が鳴り響く。

「ひぇっ……」

 じょ、冗談だよね?

 ノアさんの、隣に、あたしが?

「もう、勘弁してください……」

 推しが尊い。

 その一言に尽きる。 

「やばい……尊死する……」

 そうしたまましばらく、あたしはカウンターに突っ伏していた。

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