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元伯爵令嬢の潜入作戦〈1〉

第五話です。

作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。

「ねぇ、これほんとに大丈夫なんだよね?」

「大丈夫!私を信じて、リリス……じゃなくて、リリナ!」

 あいも変わらず最高級に整った顔に、自信ありげな笑みを浮かべたミアはあたしの肩を軽くたたいてみせた。

「はいはい、わかったよミア」

 かつてないその勢いに驚きながらも、あたしは頷く。

 が、ミアは首を振った。

「違うでしょ」

「ええっ、あれ、本気なの?」

「当たり前だよ!せってーは大事だよ?」

「ええ〜、あぁ〜……う〜………」

 あたしはしばらく渋りながら、足元の床をつま先でつつく。

 質素なサンダルと、いかにも高価な大理石の床はどう見ても不似合いだ。

 今日の催事に備えてか、ピカピカに磨かれている。

 きっと、何十人もの召使いが、そろって磨いたんだろうな。

 そうして現実逃避しながら、目を上げてミアの顔をちらりと見る。

 ミアは目をらんらんと輝かせて、わくわくとした顔でこちらを見ていた。

 うっ、まぶしすぎて目が焼ける気がする。

 天使。

 今日のミアはちょっとばかしリミッターが外れているけれど、こんな顔見て断れないよっ!  

 あたしは先ほどミアから聞いた設定を思い出しつつ、恐る恐る口を開いた。

「………お、おねえ、ちゃん………」

「よくできましたぁっ!」

 この世に生を受けて十数年、いまだかつてこんなに小っ恥ずかしいことがあっただろうか。

 この年になりながら、同い年の友人をおねえちゃんと呼ばなくちゃならないなんて。

 あたしは熱くなった頬を手であおいだ。

「リリナ、完璧!さすが私の親友!じゃ、行くよっ」

「大丈夫かな……?」

「だいじょーぶだよ!」

 ミアはフリルエプロンの胸元をトン、と叩いた。

 今日はあたしも同じ格好だ。

 ミアの服装は、黄色のワンピースに白いフリルエプロンと三角巾。

 あたしは、下のワンピースが青色だ。


「もし、ちょっとよろしいでしょうか」

 ミアが扉の前に立っていたスーツ姿の男の人に臆することなく声をかける。

 あたしはその背後で体を縮みこませた。

「こちら、カロライン家主催の交流パーティーで合ってますか?」

「はい。そうでございますよ、お嬢様方。本日はどのような御用で?」

 男性が物腰柔らかに聞く。

 あたしは変装だとバレるんじゃないかって内心ヒヤヒヤしたけど、ミアは一ミリたりとも引かずに堂々と振る舞った。

「実は私たち、こちらのパーティーの給仕を請け負ってまして。私はミナ、こちらは妹のリリナといいます。こちらの地域には初めて来たもので、道に迷ってしまって。大変身勝手な理由と承知してはおりますが、こちらに着くのが遅くなってしまいました。遅れてしまって大変申し訳ないのですが、今から中に入らせていただくことはできますでしょうか」

 ミアが片手に持った銀のポッドを掲げてみせる。

 あたしも大事に抱えていた給仕用の盆を片手に持ち替えて軽く上げた。

 男性の答えは案外にもすぐだった。

「もちろんでございます。ただ、こちらはお客様用の入り口になっておりますので、東から回って裏の入り口から出直していただけますか?」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 ミア(今はミナだけど)はペコリと頭を下げる。

 顔を上げた後の完璧キラキラスマイルに、男性はおそらくぞっこんであろう。

 ついでにあたしもメロメロだ。

「ありがとうございました〜」

 軽やかな足取りで駆けていくミアに遅れないよう、あたしも少し小走りになった。

 前にも後ろにも人が見えなくなったところで、ミアは口を開いた。

「ね?だいじょぶだったでしょ?」

「うん、すご……」

「平民の振る舞いをするのは慣れているからね〜。ほら、お母様もあんな感じだから、自然と身につくの」

「へぇ、そうなんだ。すごい。あたし、平民になってもう割と経つけれど、今でも慣れないよ」

「ふふん。すごいっしょ?」

 

 ぱたぱたと大理石の床をサンダルがたたく音がしばらく響く。

 男性の言うところの扉は随分と遠くにあるようで、数分歩いたところでようやく姿が見えてきた。

「ひゃー、さすがカロライン。屋敷が広い証拠だね」

「うん。カロライン家は、アルテマの街だけじゃなくて国内でも影響力が大きいから……あと、現当主も隠居された元当主も、経営力がすごいんだよね」

「リリス……じゃないっ、リリナも詳しいね〜」 

「まぁ、お母様が教えてくれたから」

 パーティーに出る前、本家の物に挨拶をする時。

 様々な場面で、カロライン家の分家との関わり方だったり、カロラインの役割について教え込まれた。

 そのくせ、お母様は本家に関して疎かったから、そっちの方面は全然知らなくって。

 あたしとミアが出会ったパーティーでも、直前に執事たちから名前と作法を教えられたくらい。

「そっか」

 ミアはそう言ったきり、なにも言わずに門のところまで歩いた。

 少し前を行く背中は、振り向かない。 

 「ごめん」とか表面上の言葉を吐きもしない。

 あたしは、ミアのこういうところが好きだ。

「ミア!」

 あたしは小走りになってミアの肩を叩いた。  

 ミアはゆっくりと振り向き、にこり、見たこともないような笑みを浮かべる。

 なんだか、その笑みに黒いものが見えるような……?

「違うでしょ?リリナ」

「あっ……おねえ、ちゃん」

 またもやあたしの顔を真っ赤に染め上げたミアは、満足そうな笑顔で頷いた。


◇ 


「ワインいかがですかー?」

「この度はどうもお世話になって」

「いえいえこちらこそ」

「今度こちらの当主をお披露目する予定なのですけれど、いらっしゃいません?」

 さすがカロライン、と言ったところだろうか。

 恐ろしく広い大広間に、五十人近い人が集まっている。

 皆豪華なスーツやドレス、おそらくとっておきの一張羅だ。

 こういう雰囲気は慣れているけれど、久しくこんな場には来ていない。

 おのずと体がこわばるけれど、ミアはそんなあたしの心のなかでを読んだように、ぽんぽんと軽くあたしの背を叩いた。

「だいじょぶ、だいじょーぶ!リリナはこういう場には慣れてるでしょ?でも、貴族として振る舞わなくていいの。サイアク給仕じゃなくてもいい。何のためにここに来たの?」

「えっ……と___」

 そんなの、決まってる。

 悩むまでもない。 

 だけど、理由が理由だから、やっぱり少しためらってしまう。

 こんなことにミアを付き合わせてしまったのも、今になって後悔が及んできた。

 だけど、そんな感情、ミアは喜ばないだろうな。

 あたしはミアの目を見つめながら言った。

「___あの人に、もう一回会うため。会って、お礼を言うため。あたしは、彼にまだ何も返せてないから」

「なら、それを全うすればいいんだよ」

 ミアはにっこりと笑った。

「私はさ、リリナが幸せならそれで良いんだよ。きれいごとだけどさ、本当に。こんな、庶民なのか貴族なのか分からないような女と仲良くしてくれるの、きっと後にも先にもあなただけ」

 ミアが静かな声で言った。

 彼女にしては珍しく、その顔は凪いでいる。

 なんか今、すっごく嬉しい。

 あたしはだんだん口元が緩んでいくのを感じた。

 嬉しいこと言ってくれるじゃん、ミア。

「そんなことないと思うけど……ミア」

 あたしはミアに向き直った。

 ミアは目をパチクリとさせる。

 その琥珀色の揺らめきを見つめながら、あたしは口を開いた。

「あたしもさ、ミアに出会えてよかった!」

 ミアはもともと大きな目をさらに大きくして、照れくさそうに笑った。

「……ありがと」

 もう、足の震えもおさまった。

 こんなとこに、ウソをついて入り込むのは罪悪感があるけれど、やっぱり好奇心のほうが上だ。

 あたしは一つ、深く息を吸い込んだ。

 大丈夫。 

 あたしならやれる。

 絶対、あの人にお礼を言うんだ!

 あたしは決心して、ミアの後に続いてきらびやかな世界に足を踏み入れた。

閲覧ありがとうございました。

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