元伯爵令嬢とカミングアウト〈1〉
本当にお久しぶりです。
長い間放置していて申し訳ありませんでした。
着地点も迷い中ですが、楽しんでいただければ幸いです。
間違いなく、場違いだ。
あたしは一張羅のドレスのスカートを握りしめ、そう思った。
しかも隣には、私の推し。
もう一度言う、推し。
私の、推し!!
え?殺しに来てる?
あたし明日死ぬのかな?
推しの隣に座る、だなんて、すごい話じゃない冷静に考えると!?
ちょっとファンサが過ぎるって!
猛り荒ぶる心の中を表情で取り繕い、どうしてこんなことになったのやらと思考を巡らせた。
ノアさんに盗品のアクセサリーを返したのが、少し前のこと。
あの場の言葉など、ちょっとしたリップサービスくらいに受け取っていたのに、まさかパーティーの招待状が本当に来るなんて思いもしなかった。
貴族だった頃ならわかるけど、あたし今は平民だよ?
貴族だった頃のあたしを知っているのか、少しお年を召した人達はヒソヒソささやきあってるし。
隣に座るノアさんは、どことなく上の空だし。
あたしやノアさんを見てヒソヒソ言っている人が多いせいだろうか。
心なしか、ノアさんの方も何やら噂されている気がするけど……あたしが気にすることじゃないか。
でもなんだろ、推しが隣にいて同じ空気を吸っている以外、楽しいところはあまりない。
何せ、大勢の視線が痛い。
せっかくの高級ご飯や飲み物も、味が大して分からないよ!
そりゃ、カロラインという権力を持った貴族の世継ぎ、その隣に今はそのへんの平民であるあたしが座っているんだから、見られても仕方はないかなと思うけど!
それとこれとは話が別だ!
横を見たら推しのご尊顔が目に入って死んでしまうし、かと言って前を向いていても知らない人と目が合って気まずいし。
せっかく招待してもらって申し訳ないけど、正直ちょっと辛いな……。
まぁ、こんな贅沢言ってられないか。
招待していただいただけ感謝しないといけないし、それに相応しい振る舞いをしないと、ノアさんの顔に泥を塗ることになってしまう。
あたしはぴっと背筋を伸ばし直し、なるべく高貴に見えるよう努力した。
貴族だったころの立ち居振る舞いは、覚えている。
堂々と、自分に自信を持っているように見せる。
自分を大きいもののように見せかけて、背伸びをする。
それを勘付かれないように、優雅に振る舞い、笑う。
今から思えば、もともとあの世界はあたしに向いていなかったんだと思う。
父は上手くやっていたかもしれないし、そのおかげで私も伯爵令嬢という地位を持てていたわけだけど、父が亡くならなくても、あたしはきっといつかこの世界から離れていた気がする。
両親が亡くなったのはあくまできっかけに過ぎないし、だから貴族という地位に未練もない。
ミアやシャーロット、ノアさんのようないい人のほうが少ない方だ、ずっと生きていくには窮屈すぎる。
……いや、一つだけ、未練あったかも。
もしあたしがまだ、貴族だったら。
ただ分家だというだけで、ノアさんとより近づけたかもしれない。
あたしとノアさんの接点なんて、今やほとんどないのだ。
自分で考えていても虚しくなる。
よし、やめだ、やめ!
あたしは軽くお辞儀をして立ち上がる。
いつの間にやら流れ出したアップテンポな音楽に合わせて踊る人々の間をすり抜け、あたしは出口に急いだ。
「あー……逃げてきちゃったな……」
せっかく招待してもらったのに、逃げてきてしまったことが申し訳ない。
だけど、あたしはもともと注目を浴びるのが好きなたちではない。
推しが隣にいるので、多少の視線ごときプラマイプラスだけど、コソコソと噂されているのも気になるし……!
まぁ仕方がない、お手洗いと断って立ってきたので、もう少ししたら戻らなければ。
あ、ついでに、ほんとにお手洗いに寄っておこうかな。
あたしが踵を返した、その時だった。
「おい」
ここ最近は聞き慣れた心地よい声が、耳を打った。
誰だ、と一瞬戸惑い、すぐに答えにたどり着く。
振り返らなくとも分かる。
間違えるわけがない。
じわじわと口角が上がる。
どうしてここに、とか主役が席を外していいのか、とか色々な声が脳内で上がるけど、それが全部どうでもよくなるくらい、声をかけられたのが嬉しかった。
あたしはニッコリと振り向き、お辞儀しながら言った。
「……ノアさん!どうしてここに?」
そう、ノアさんだ。
うん、あまり横を見るのもあれかなと思って(それと、かっこよすぎて目が潰れるのを恐れて)、顔をしっかり見たのは今日では初めてだ。
相変わらずかっこいい。
ノアさんは困ったように目を伏せ、言った。
「……こっちの台詞だ。トイレはあっちだぞ」
「ああはい、少し迷ってしまいまして。ありがとうございます」
もう一度頭を下げて礼をし、今度こそお手洗いの方へ向かおうとした時、小さなノアさんの声が耳を打った。
「……もしかして」
あたしは振り向き、首を傾げる。
大して間を空けずに、ノアさんは言った。
「もしかして、あまり楽しくなかったか?」
勘付かれた!?
隠しているつもりでいたけど、本人にもわかるほどだなんて、あたしすごく不敬じゃない!?
どうしよう、これで傷つけてしまっていたら!
内心の動揺を取り繕いつつ、あたしは問うた。
「……どうして?」
「あまり笑顔が見えないし、噂されるのが好きではないようだから……平民にはこういう場は楽しいかと、商談相手を見つけるのにもいいかと思ったのだが。平民にしては珍しい……まさかとは思うが……立ち居振る舞いも、堂に入っているし、こういう場は慣れているのか?」
「……いえ」
やっぱり、見透かされていた。
ほとんど事実だし、普通の平民なら、こういう場所ははしゃぐだろう。
違和感を持たれている。
普通の平民にしては、というわけか。
あたしは目を伏せ、言った。
「……噂されるのが好きではないことは、本当です。こういった場に、慣れていることも」
ノアさんは少し目を見開いた。
驚いているように見える。
「……場所を、移しませんか」
ノアさんは、黙って頷いた。
流石カロラインと言える立派な庭は、変わらず健在だった。
あたしたちは噴水の前で立ち止まり、向かい合う。
「……今更ですが、パーティーの方はいいんですか?」
「あぁ、少しの間なら持つだろう。それに、別に戻らなくてもいい」
「そんな……」
ノアさんが軽く首を振ったので、あたしは話題を変えることにした。
どうしよう。
どう言おう。
そもそも、言っていいのだろうか。
元親戚だなんて聞かされても、ノアさんが困るだけだろう。
ただ、途中まで言いかかったものだ、最後まで言わなければ結局いつか追及されるに違いない。
あたしは、意を決して口を開いた。
「……ノアさん。あたしの名前、ご存知ですか」
「……リリス・グレイスだろう?」
「えぇ、そうです。……正確に言えば少し前からそうなりました」
ノアさんが顔を上げる。
あたしも、その顔を見返す。
身長はノアさんのほうが高いけど、今日のあたしはヒールだから、ほんの少しの差しかない。
あぁ、きれいな瞳だ、相変わらず。
あたしが一目ぼれして、撃ち抜かれたその瞳もその人も、ずっときれいなままだ。
静かな、凪いだ目。
年齢の割に達観したその瞳をこんなにもまじまじと見るのは、初めてかもしれない。
あたしは、鋭く息を吸った。
「……少し前まであたしは、リリス・カロラインでした」
言った。
言ってしまった。
耳元を風が吹き抜けていき、木の葉が風に舞う。
カサカサと葉の擦れる音や水の流れる音も、今は聞こえない。
首の裏でバクバクと脈打つ心臓だけが、あたしの耳を埋め尽くしていた。
たっぷり数秒後、ノアさんはゆっくりと口を開く。
「つまりは、うちと、親戚だと」
「はい。これでも、分家のトップの娘だったんですよ。父が亡くなって、後ろ盾もなくなって、引き取り手もいなくて。だから、平民になりましたけど」
「それでも、貴族ならばどこかしらとつながりがあるものだろう。分家のトップなら尚更。平民になるまでしなくてもよかったのではないか?」
やっぱり、鋭いところを突いてくる。
もうこの際だ、全て洗いざらい話そう。
今ここで言わなくとも、絶対に後々追及される。
「……実はあたし、浮気から生まれたんです___」
___グレイスが、あたしの母の姓でした。
母は、パーティーの給仕などで生活費を稼いでいたそうです。
そこで、父と出会った。
父にはもう正妻がいました。
正妻との間に生まれた子は、数ヶ月前に流行病で亡くなってしまったそうです。
その傷を癒すためか、父は母と浮気をした。
母も、それを受け入れてしまった。
そうして生まれたのが、あたしです。
父の正妻は、あたしが生まれてすぐ、息子の後を追うように、同じ病で亡くなったそうですが。
それをきっかけに、母は正式に父に嫁ぎ、晴れて貴族となりました。
母は元々、権力や名誉欲があまりないタイプでした。
貴族の世界も、性質にあっていなかった。
父と結婚したのも、身分のためでなく、あたしを堂々と育て慈しむためだったんだそうです。
あたしがまだ幼いうちに、母は心労から来る病で亡くなりました。
その数年後に、父も流行病で亡くなった。
それで、あたしには家族がいなくなりました。
元々浮気相手の子ですから、つながりも後ろ盾も、ありはしません。
あたしは男児ではなかったから、家も継げない。
それに、思い出させるようで申し訳ないのですが、カロライン本家の後継ぎ、つまりノアさんのお兄様が亡くなられた時期と被ったんです。
分家も本家もバタバタしていて、あたし一人引き取る余裕などありませんでした。
……だから、平民になりました。
平民の生活も気に入ってるし、性に合っていると思います。
それに___
「___貴族の世界も、元々特別好きではなかったので」
ついに、話した。
話してしまった。
ミアにすら話したことのない、あたしの本当の出自を。
ミアはあたしが貴族になってから出会ったから、あたしの生まれは知らない。
元々平民だったのを、母の結婚をきっかけに貴族になって、平民になった。
今あたしが平民なのも、あるべきところに戻っただけのような気もしているくらいだ。
だから、いざ口に出しても、自分にはあまりショックはない。
…ここまで込み入った話をするのは、流石に緊張したけど。
ノアさんは、先ほどから黙ったままだ。
そりゃ、こんな重い話急に聞かせちゃったもんな。
体感にして数分(実際は十数秒なのだろうけど)、気まずい沈黙が流れる。
それでも、お互い目はそらさなかった。
否、そらせなかった。
少しして、ノアさんが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……それは……結構なことを、聞いてしまったな。申し訳ない、こんなことを話させてしまって」
「いえ、お気になさらず。あまり、気にしていないので」
その言葉を最後に、また会話が途絶える。
……えーと、どうしよう。あたしの話が原因なんだろうけど、そんなに気にすることかな?
いや、こんな町娘と実は親戚でちょっと重い事情があったと知ったら、そりゃあ困惑はするだろうけどさ。
もしかして、気にかけてるのかな。
あたし、あんまりこの話も自分の出生も、気にしていないのに。
というより、こんなことを気にするようじゃやっていけないくらい、貴族の世界はシビアで厳しくて、それは子供だからといって妥協されるようなものじゃない。
相手も自分も、浮気相手の娘だなんて気にしないし、そもそも本人とその家族以外は知り得ないことだ。
そりゃ、奥さんが生きていたら問題になっていただろう。
だけど、あたしの父は、正妻が亡くなったからといって、堂々とあたしを引き取った。
それに思うところが……正直、ないでもない。
だけど、目を向けないように生きてきた。
そうしたら、いつの間にか自分のなかで重心が移り変わって、そういうことを気にするような年を通り過ぎて、今は大して気にしていないだけだ。
たっぷり数秒の沈黙の後、ノアさんは意を決したような顔で口を開いた。
「このような話をさせてしまって、すまない。お詫びに___というか、いつか話そうと思っていたことだが___俺も、話をする。ずっと隠していたことだが、誰かに言いたくて、わかってほしくて。でも、これを知ったら、おまえは、俺のことを嫌いになるかもしれない」
ノアさんの瞳が、一瞬泣き出しそうに揺らいだ。
凪いだ湖みたいな目がこんなにも高ぶったのを、初めて見た。
ノアさんは、訥々と続けた。
「それでも、聞きたいと思うか?」
あたしは、迷いなく頷いた。
その内容が、どんなことでもいい。
絶対に嫌いにならないなんて保証もできないけど。
それでも、今ここで引いたら、一生後悔する。
なぜだか、そんな予感がした。
ノアさんは頷いたあたしを見て、安心と困惑がないまぜになったような顔で口を開いた。
「……ありがとう」
ノアさんの、秘密。
「わかってほしくて」とまで言うなら、今まで誰かに話したことも、それを分かってもらえたことも、たぶんないんだろう。
あたしが、今から語られるそれを、受け入れられるかは分からない。
それでも。
その候補に選んでもらえただけでも、たまらなくうれしかった。
ノアさんは、決意を固めたつよい表情で、言葉を発した。
「実は俺、カロラインでは___」
「___ヒトゴロシなんだ」
閲覧ありがとうございました。




