元伯爵令嬢、リリス・グレイス〈1〉
新シリーズです。
続くかどうかは未定ですが、楽しんでいただけますよう。
作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
あー、ヒマだ。
心のなかでつぶやく。
出窓に頬杖をついて外を眺めていると、売り子の一人がこちらに寄ってきた。
「おねーさん暇そうだねぇ。このポーチ、お一つどうだい?」
お買い得だよ、とからりと笑った彼女にあたしは顔の前で軽く手を振った。
「あ、遠慮しときます〜」
間に合ってるんで。
そう言うと、彼女は大して気を悪くしたふうもなく快活に笑う。
「そうかいそうかい!じゃ、機会があったらよろしく頼むよ」
ポーチいかがー!なんて声を張り上げて彼女は窓際から離れていった。
彼女だけではない。
家のすぐ前、石畳の敷かれた道路には、荷馬車や売り子たちが先ほどから忙しそうに行き交っている。
けど、あたしはこれでもかというほどヒマだ。
少し前から雑貨屋となった我が家は、大通りに面しているにも関わらず、今は閑古鳥が鳴いている。
繁盛している時はそれなりに繁盛するのに。
波が激しいのだ、商売というのは。
ふわぁっとあくびを噛み殺し、道路を行き交う人影の一つに声をかけた。
「ミア!」
ふわりと亜麻色の髪を揺らして振り返ったのはあたしの生来の大親友、ミア・フローレス。
山盛りの野菜を籠に積み、えっさほいさと運ぶミアは、今日も今日とてすごく可愛い。
あたしの立場がどんどん変わっていって、周りの環境も変わって、それでもミアはあたしのそばに居てくれた。
だから、あたしはミアが大好きなんだ(もちろん、友愛感情だよ!)。
「なぁに、リリス!」
ミアが大きく手を降って、通りに面した窓に近づいてきた。
あたしは頬杖をついてひらひらと手を振り返す。
「ミーアー!やほ」
「リリス〜。ヒマそーだねぇ」
ミアはふわりと笑った。
ああもうかわいい。
手に持った花々とか、籠に入った新鮮そうな野菜たちがかすむくらいだ。
「まぶしっ」
「ん?何か言った?」
ミアが不思議そうな顔になる。
あたしは微笑んで返した。
「いぃや?なんでもないよ〜」
「あ、そう?あのさリリス、もうすぐ収穫祭でしょ?手が空いてたらでいいんだけど、ウチの畑手伝ってもらえないかな?」
「モチロンだよ!ちょうどヒマ持て余しててさぁ」
「ほんと?ありがと!」
ミアはふわりと顔をほころばせる。
うん、可愛い。
なんだこの可愛い生き物は。
王国の宝と言っても過言ではない気がする。
「今ね、クーラの実が採れ時でねぇ。今年は豊作だったからさ、ウチでは採りきれなくて。正直助かる!」
収穫祭に奉納しない分はあげるね、とミアは歩き出した。
私も急いでサンダルをつっかけて外に出る。
「ちょっと嬢ちゃん、そこどきな!」
荷馬車を引っ張っていた御者が叫んだ。
「あっ、すみません!」
ここアルテマの街では、物の売り買いが盛んだ。
そのくせ道は狭くて、様々な屋台や住宅がひしめき合ってる。
だから、今みたいなことはしょっちゅうなんだ。
慣れないあたしも悪いけど、前にいたところではそんな事なかったから、未だに驚いてしまう。
「昔は、みんな優しくしてくれたからなぁ……」
あたしの顔を見ただけでかしずいて、なんでもかんでもしてくれる人間がいっぱいいた。
リリス・カロラインの名だけでどこにでも行けた。
「リリス〜、こっち!」
「はーいー」
「セイランもね、いま旬なんだよぉ。今年は豊作なんだ!気候のせいで収穫が前倒しになってさ、だけど、晴れの日が多かったから、出来はいいんだよねぇ」
「へぇ〜」
麻のスカートを翻して、あたしとミアは石畳を歩き出した。
閲覧ありがとうございました。