【第2章:記録と記憶のあいだで】
嵐の夜が続く中、通信室の照明がふと明滅した。
電源ラインは冗長化されているはずだったが、嵐の静電干渉が施設全体に微弱な不安定をもたらしている。
秋津凛はデータ解析ルームにいた。
再生ログ27の音声データを引き出し、声紋分析ツールにかけている。
複数の波形が重ねられたモニターには、彼女自身の録音データと、ログ27の“彼女”の音声が並列に走っていた。
99.3%の一致。
「……ありえない。」
凛は声を漏らした。こんな一致率は、双子であっても珍しい。だが彼女には姉妹などいない。出生記録上、彼女は一人っ子で、かつ両親も通信技術とは無縁の人間だ。
彼女は、南条を呼び出す。
数分後、無言のまま彼が部屋に入ってきた。彼の影がスクリーンに落ち、波形のひとつが微かに揺れた。
「95%どころじゃない。ほとんど同一です。」
「……そうか。」
南条は眉間に皺を寄せた。疲労と、もうひとつ別の感情がその表情に滲んでいる。
「副所長。私は一体、何者なんですか?」
凛の言葉は冷たかった。だが内心は、混乱と恐怖と、理解不能な興奮が渦巻いていた。
「記憶移植プロジェクト――という言葉を、聞いたことがあるか?」
「あります。理論上のものとして。死に際の脳活動を音声や視覚に変換する……」
「そのプロトタイプが、ここで行われていた。」
凛は椅子の肘掛けを握りしめた。
「彼女……“あの声の主”は、プロジェクトの被験者だった。そして、自らの記憶を音声化する選択をした。まるで……自分が存在した証を“声”という形で残すために。」
南条はコンソールを操作し、一つの記録映像を呼び出した。ノイズ混じりの記録。赤外線で撮影されたような、白黒の映像に、長髪の女性が座っている姿が映る。
その唇が動いた。
音はないが、凛ははっきりと聞こえた気がした。
〈……私の声が、私の死後も、誰かに届きますように〉
(凛の思考)
「もしかしたら私は、“彼女”の記憶が断片的に埋め込まれた存在なのかもしれない。
だとすれば、私は誰かの“代行者”? それとも、継承体? いや、私は……私であるはずだ。」
「副所長、なぜ私をここに配属したんですか?」
「君がここに来ることは、決まっていた。
選ばれたわけではない。君が“ここを求めていた”ように見えたからだ。」
「記録が、私を導いた……?」
南条は答えず、ただ一つのファイルを彼女に差し出した。
そこには、ログ28――未使用の録音スロットが示されていた。
「次は、君が話す番だ。」