【第1章:誰かの声がした】
〈……誰かが聞いてくれると思ってた。私の声が、残ってる限りは。〉
スピーカーから流れ出すその声は、どこか幽霊のようだった。
地中深くに隔離された部屋の空気が、ほんのわずか震える。秋津凛は椅子の背に寄りかかることもせず、まっすぐに座ったまま、呼吸を止めるようにして聞き入っていた。
少女とも女性ともつかない、その声。
透明で、そしてどこか必死に語りかけるような、しかし記録されたものであるがゆえの“届かなさ”を孕んでいた。
――似ている。
そう思った瞬間、凛の胸に微かな寒気が走った。似ている。というより、まるで自分自身が何かを話しているような、そんな感覚。
「私の……声?」
独り言のように呟いた瞬間、背後の自動ドアが開いた。
「やはり、再生してしまったか。」
男の声だった。低く、硬質だが、どこか優しさの滲む声。
振り返ると、そこには南条睦――ステーション副所長が立っていた。白いユニフォームにくっきりと影を落とす逆光の中で、その姿は幻影のようでもあった。
「この声……私に似てますよね?」
凛の問いに、南条はわずかに目を細めた。
「そうだな。初めて君が基地に来たときから思っていた。君の声には、彼女の残響がある。」
「彼女……?」
「昔、ここにいた通信技師だ。名前を記録から抹消したいと言った最後の人間だった。……もう、この世にはいない。」
その言葉の後、沈黙が落ちた。部屋の空調音が妙に大きく感じられる。
(凛の思考)
「私は今、誰かの声を聞いているのか。それとも、自分の過去が別の形で私に語りかけているのか。わからない。ただ、確かなのは、この“声”が私を動揺させるほどに、私の一部に入り込んでいるということ。」
南条はゆっくりと部屋に入り、コンソールの操作画面に目をやった。
「“再生ログNo.27”。アクセス権限はすでに閉じていたはずだったのに……こんなふうに、開くこともあるんだな。」
「どうして……消してしまわなかったんですか?」
凛の問いに、南条は答えなかった。だが、その沈黙こそが、彼の内側にある“答えたくなかった過去”を語っているように感じられた。
(凛のモノローグ)
「誰かが遺した声。それを再生することで、私は過去の誰かと繋がるのか? それとも、そこには別の目的――記録ではない、何かの“転送”があるのだろうか……」
「副所長……この声は、本当に“彼女”のもので間違いないんですか?」
南条はゆっくりと頷いた。
「正確には……彼女の“記憶を音声化したもの”だ。肉声ではない。だが、彼女が最後に望んだ形だ。」
凛は目を閉じた。
耳の奥で、あの震える声が繰り返されている気がした。
〈……誰かに覚えていてほしい。ただそれだけだったの。〉