3、失恋ソングしか歌わないカップル 後編
ー郁斗視点ー
デン!
「87点!」
「やった!」
目の前にあるでっかいモニターに点数が表示された。
失恋ソングは点数が高くなりやすい傾向にはあるが、それでも87点は嬉しい。
「いえーい」
二人はハイタッチして席に座る。
「麻衣、曲停止してくれる?」
「わかった。次歌うからマイク頂戴」
「ん」
マイクを渡した流れで、テーブルの目の前に置いてある麻衣が入れてきたドリンクを手に取る。
色は茶色と緑を足したような、炭酸水。
入れた本人はオレンジジュースと言い張っているが、とりあえずオレンジジュースの線はない。
予想だと、メロンソーダとコーラとかが入ってる。
じーっとそのジュースの全容を見渡し、麻衣の方を向く。
麻衣は膝の上に置いたパネルから、予約した曲を再生しようとしているが、いまいちよくわかってないようだ。
麻衣は意外と機械音痴なのである。
「麻衣?」
「え、はいなに?」
はっと驚いたように俺の方を向く麻衣。
コップを持ち上げて、麻衣の目線の先に置く。
「このジュース、美味しい?」
「まぁ、死にやしない」
「…そうすか」
歯切れの悪い返事だ。
再び、ジュースの中の色を見る。
少なくとも自然界にはないような色。
まぁ、流石に麻衣はそこまで鬼じゃない。
言ってた通り、死にはしないんだろう。
…よし、飲むか。
俺は漢だ。
多分、何かあっても気絶程度ですむ。
どれほどふざけていようとも、これは麻衣の愛の印だ。多分。
これを残すのはなんかやだ。
「…じゃあ、いただきます」
「はい召し上がれ」
結論から言うと、俺は死ななかった。
気絶もしなかったし、味覚がおかしくなったり錯乱状態になる事はなかった。
ただ、ずっと飲んでたら全部虫歯になりそうなほどには甘かった。
もう、他の味を感じないほどに甘くて、強炭酸で悪魔の飲み物だった。
「…甘いね」
「甘いかー」
コトンと音を立ててテーブルにコップを置いて、甘さの余韻を感じてため息をつく。
「じゃあ、次の曲いいよ」
「おっけ」
麻衣は膝上からテーブルにパネルを移動して、予約完了をして、立ち上がる。
「あー、あー!」
マイクをオンにして、テストをする麻衣。
俺としては、両手でマイクを持っているところがポイント高い。
イントロが流れ出す。
…あれ?この曲は、確か、
「え、失恋ソング?」
「うん」
カップル揃って失恋ソングを歌う。
変なカップルだ。
そして3時間後、部屋に置いてある受話器から「そろそろ出ろやカス」と言われ立ち去った。
ちなみにさっきの麻衣が歌った曲の点数は89点で、俺が負けた。
受付にて、
「お二人で、2300円でーす」
「はーい、千円だけでいいよ、残り俺出す」
「えありがと」
財布を手にガサゴソしている二人に、店員は尋ねる。
「あの、カップル割出来ますけど使いますか?」
「あ、お願いします」
「じゃあ2000円になります」
結局、二人はそれぞれ1000円ずつ払って店を出た。
カランコロンと音を立ててカラオケ屋を出る二人。
不意にスマホを見る。
現在時刻、大体12時45分。
ちょうどお昼頃だった。
二人は、道を歩く。
「なんか、カップル割ってもどかしいね」
「あー、ちょっとわかるかもそれ」
麻衣の呼びかけに高めのテンションで応じる。
会話をしながら帰路を通っている時、不意に腹がなった。
そういえばお昼食べてなかった。
歌いまくった後だしお腹が減っているのも当然だ。
「お腹すいたねー」
「だねー」
二人は互いにお腹をさすりながら歩く。
不意に、麻衣に提案してみる。
「どうする?どこか外でご飯食べる?」
「え、いいの?」
「うん、金ある?」
「もちろん!」
そんなに外食が嬉しかったのか、と思うほどにはしゃいでいる。
めっちゃ腹が減ってんのかな。
「ここから1番近いとなると、どこだろ」
「ほら、この先のスーパーの近くにラーメン屋があるじゃん」
「おぉ、そこでいいの?」
こくりと頷く麻衣。
こっちを見たまま、にしし、と微笑む。
可愛い。
100点満点。トリプルA。
一同、拍手。
そう、心の中で敬礼してた時、麻衣が尋ねてきた。
「郁斗って味噌ラーメンが1番好きだよね」
「そう、なんで知ってんの?言った事ないよね?」
「うん、遥に聞いた」
「へぇ」
遥とは、郁斗の男友達でよく一緒にラーメン屋とか、いろんな場所に行ってた。
ちなみに郁斗と麻衣以外の遥を含めたクラスのみんなは、二人が両想いと言うことを知っていた。
さぞもどかしかっただろう。
「麻衣は何が好き?ラーメン」
「え、担々麺」
「邪道が」
「嘘嘘、そこで1番安いやつかな醤油とか」
「…俺も金出すからもっといいやつ食いな」
大丈夫だよ、と笑う麻衣。
なんかやっぱり、好きになったのこいつでよかったと思った。
麻衣を好きになった昔の俺。ありがとう。
本当に天才だと思ってる。
その俺の達観してる表情を見て麻衣が尋ねる。
「どしたん、その顔」
「いや、俺が天才だなって話」
「は?」
そして、ラーメン屋に着いた。
空いてる席に案内され、二人はメニュー表を見る。
麻衣はメニューの1番安いラーメンと睨めっこしている。
「んー、醤油ラーメンが720円か。これにしようかな」
「…本当にそれでいいの?」
「え、うん」
麻衣にはもっといいものを食わせなければ。
こいつは欲を知らない、悲しいモンスターだ。
店員呼び出しのボタンを押して、しばらく待つ。
その間に麻衣に話しかけ、メニュー表を指差す。
それは、餃子だった。
五つで400円。
「二人で分ける用の餃子も頼も」
「やった、タレ何にする?」
「醤油と、お酢」
「ラー油も入れよう」
注文を完了して、数十分待ったのちに二つのラーメンが運ばれてきた。
醤油ラーメンと、味噌ラーメンだ。
両方とも1000円を切っている。
二人は手を合わせて、いただきますをする。
そして無言で二人はラーメンを啜った。
麻衣がラーメンを貪り食いながら感嘆の声をあげる。
「えここ美味しい!」
「ならよかった」
続いて、餃子がきた。
そして、話の長さの都合上、時間を少し飛ばす。
ラーメンやらをある程度食べ切ったところで二人に衝撃が走った。
二人の目の前には、ラスト一個の餃子があった。
「…残り一個か」
「…そうだね」
こういう時、譲り合ったりする二人ではない。
では、どうするか。
「ジャンケン、するか」
「ふっ、後悔するなよ?」
麻衣が前髪に軽く手を当てて挑発的な態度を取る。
対して、郁斗選手は堂々と、挑発に応じずにどっしり構える。
二人は互いの右手を掲げる。
「一発勝負?」
「もちろん」
深呼吸。
そして二人は同時に声を発する。
もちろん、迷惑のない範囲で。
「最初はグー」
「ジャンケンポン!」
現在時刻13時25分。
二人は店を出た。
結局、餃子ジャンケンの勝者は俺になり、慈悲をかけずにすぐさま平らげた。
「まぁ、実力だよね」
「嘘つけ、ジャンケンは運だよ」
「運も実力のうちですぅ〜」
そんなことを話しながら二人はそろそろ家に帰ろうとしていた。
カップルの外出は普通これからが本番なのだが、この二人はカップルになって間もないので、しょうがないと思う。
そう思って、静かに一人頷いた。
こうして、二人の初デートは割と早めに終了したのだった。
カップル解散まで残り29日。
あんまり店で味噌ラーメンは食わん。
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