1.そういう意味じゃない初夜
「じゃあ、また」
「うん、明日遊ぼうね」
手を振って、若いカップルがそれぞれの道へ去ってゆく。
郁斗と麻衣の二人は結論で言うと、両思いだった。
多少展開が早いが、恋愛系なんてこんなものだろう。
麻衣の姿が見えなくなってすぐ、自分の顔がニヤけてることに気がついた。
「そっかー、カップルかー」
なんかカップルって響きがいい。
小さいツを入れることでなんかいい。
プルのところもなんかいい。
「…なんか、嬉しいな」
いつもは言わない、独り言を呟く。
大好きな麻衣と繋がれた喜びを噛み締めながら、自分の家へ歩き始める。
そして数歩歩いた時に気がついた。
「あ、忘れてた」
そういや、俺4月10日から会えないじゃん。
県外に行くじゃん。
すこし、計算しよう。
今日から4月10日までが32日。
今日と入学式当日を抜かすと、ぴったし30日だ。
「んー…」
30日。
30日も麻衣に会えて、遊べて、好きになれる。
30日は結構長い。
長い、長いんだけどなー。
それ以降全く会えないとなるとなー。
「やっぱ、短いなー」
ー麻衣視点ー
現在、通路の曲がり角で地団駄を踏んでいた。
やばいやばいやばい。
言っちゃった言っちゃった。
え、これでもうカップル?
郁斗と付き合えるよね?
えぇ?
やばいやばいやばい!
「まじかぁ…!」
腰を曲げて座り込み、両手を口元に添える。
やばい、ニヤけが止まらない。
えー、どうしよ。
水族館にも行きたいし、一緒に服も買いに行きたい。
夜に二人だけでコンビニに行きたいし、そこで二つに割るアイスを一緒に食べたい。
全部、昔からの妄想していたことだ。
まじかぁ、今めっちゃ幸せだなー。
あそうだ。あと図書館で一緒に勉強したい。
高校もあるし。
高校。
「あ」
そっか、4月になれば郁斗、県外に行くんだった。
幸せすぎてさっきこと忘れてた。
4月までだから、あと一ヶ月ぐらいか。
…一ヶ月か。
「…えー?」
一瞬、郁斗の家に行こうか悩んで、諦めて自分の家に歩き出す。
なんか、複雑な気分。
「これが恋かー」
ため息をついて、再び歩き出す。
ー郁斗視点ー
その日。
辺りはすでに夜になっていた。
夕食後で風呂も入った、歯磨きもした完璧な状態でベッドの上でスマホをいじっている。
普通、カップルが付き合ってすぐにスマホでする事、なんだろ。
メールのプロフィール画像を二人で撮った写真にするとか、そう言う事じゃないのはわかる。
「んー、どうしよ」
さっきまで通話をしていた麻衣も今風呂に入っているそうだ。
天井にある、暖色系の電球の光を浴びながら、目を細めて電球を中心にした、縦に光の筋を作る。
不意に、スマホに目を移しメールの、スタンプの欄を開いた。
「…そうだ」
もしかしてもしかすると、カップルが最初にすることはカップル用のスタンプを購入することではないだろうか。
その方がなんか仲良しカップルって感じがする!
残金なら、以前麻衣に勧められた、なんかよくわからん外国語のスタンプを購入した時の残りがある。
これで購入するしかない。
そして、数分後。
再び天井の電球を見上げ、絶望する。
「これ、ダメだ…」
緊急事態。緊急事態発生。
カップル用のスタンプには「お仕事お疲れ様」とか「ご飯作っとくよ」などのある程度自立している人たちのやつしかない。
中学生専用のカップルスタンプなんてこの世には存在しなかったのだ。
いや、あるにはあるがそれは俺の残金では明らかに買えないやつだ。高い。
中学生に財力を求めるなとこのメールアプリを作ったお偉いさんにそう言いつけたい。
あ、違うわこのスタンプ作った人だ。
いやそんな話じゃない。
これは不味い状況だ。
このくらいのスタンプが買えないのは男の恥だ。
このスタンプに俺の男としての尊厳が踏み躙られるという人生最大の局面に今俺はいるのだ。
その時、ピロンと通知音。
「ん?」
スマホ画面上部のバナーを見ると、ひらがなで「まい」と記されていた。
麻衣だ。
頭の中でひらがなから漢字の変換に一秒を割き、バナーをタップして麻衣とのトーク画面に移動する。
そこには、
「風呂上がった。通話できる?」
と書いてあった。
麻衣はメールの文章に顔文字とか絵文字を入れないタイプ。
もちろん俺もそう。
もちろん!、という可愛い動物が言ってるスタンプを出して通話ボタンを押す。
3コール目で麻衣の声が聞こえてきた。
「もしもーし、ごめん遅れた」
「麻衣、俺、男じゃないかもしれない」
「…なんて?」
この誤解を解くために数分を有したのはまた別の話。
結局明日は二人でカラオケに行くことになった。
3月10日。カップル解散まで、残り30日。
「カップルが最初にすることはカップル用のスタンプを購入すること」←違います。
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