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鬼の恩返し

作者: 小西修

 あれは姫様、姫様と人懐っこい笑顔を見せる男の子でした。名前は小鷹と言いました。近くの山に住んでいたおそろしい鬼を退治した折、一緒に拾われた子どもでした。母親とみられる女性はおりましたが、その母親は自分の故郷に帰ると言って小鷹を置いていったのです。別れの折には彼女は小鷹に優しくなるんだよと言って抱きしめたそうです。

 小鷹はまだ幼く、どこにも行く当てがないので寂しかろうと私たちの家に引き取りました。城のふもとの私たちの住まいで小鷹は育てられました。私は年の近いこともあって時々声を掛けました。すると姫様と言って笑みを向けるのでそれを見るとなんだかまた声をかけたくなるのでした。

 小鷹は鬼の家で育てられたので従者の者も兄君もなんだか馬鹿にしているようでした。それでも小鷹は困ったように笑ってみせるのです。小鷹は鬼の家で育てられていたこともあって時々周りが予想もつかない行動をしたりしました。それが面白いのか皆は笑います。小鷹も困ったように笑います。私もなんだかそんな周りを見て少し笑みがこぼれるのでした。

 ある時私が書物を読んでいると、小鷹がやって来て少し興味がある様子でした。私はなんだか教えてあげたい気持ちになって、手近な文字を指さして意味を教えました。これを見ると、どこか遠くの場所にいる気がして面白いみたいなことをたしか私は言いました。すると、小鷹は文字を教えてほしいと言いました。

 その話を聞いて面白がったのは父君でした。父君は小鷹に勉学を学ばせました。小鷹は真面目に教わってどんどん成長していきましたので周りの方々はさらに面白がりました。それでも小鷹は声をかけると姫様と人懐っこい笑みを向ける、そんな子どもでした。

 小鷹は兄君も驚くほどに学問に励みました。そして幾年か経って殿様の耳に入り、父君と話し合ったのでしょう。小鷹は殿様のもとに働きに出ることになりました。相変わらず素っ頓狂な行動で周りを笑わせることも、人懐っこい笑みも変わっておりませんでしたが、父君はよくよく小鷹を誉めました。

 その日は宴が開かれました。月のよくよく照らし出すなか皆は皆小鷹を祝いました。楽しい楽しい宴でした。宴は夜のすっかり更けるまで続きました。私はあの小鷹がと少し舞い上がっていたのでしょう。疲れてしまって少し席から外れました。

 私は人のいない離れの片隅で月を眺めました。私はこれまでの日々をしばらく振り返っておりました。するとそこに小鷹がやって来ました。私は小鷹を誉めました。小鷹は誇らしそうに笑みを浮かべました。小鷹は以前より口数が少なく静かになっておりました。

 そうして小鷹にまた話しかけようとしたとき、小鷹は突然私を押し倒したのです。何か言いたそうな瞳で小鷹は私を見ました。小鷹はずっと慕っていたことを私に伝えました。その力の強さに私は怯えを感じました。私はもう小鷹がいつかの子どもではないと気づいてしまったのです。

 私と小鷹の目が合いました。すると小鷹は突然何かを悟ったように私から離れ、私に謝りました。そうして逃げるように小鷹は去っていきました。私はその夜のことを誰にも話しませんでした。小鷹はその後城で働き始めたそうで、人から話を聞く程度しかその後のことは分かりませんでした。

 私はその後まるで小鷹がいなかったように家で過ごしました。それから少し経ったある秋の昼ごろ、ふとした拍子に軒から簡素な庭を眺めますと、今まで忘れていたのに小鷹を思い出しました。そのときになってなんとなく私や他の者が小鷹と呼ぶと嬉しそうな顔をして、鬼だと笑われるときに困ったような笑みを浮かべる理由を考えました。

 きっとこの小鷹という名前が、母親と別れる際に貰った名前だったからだと思いました。人の世で生きていくことの証が小鷹という名前だったのでしょう。そうしてまるで青空を飛ぶ鷹のように彼は人の世で羽ばたいたのでした。きっとあの子ならうまくいくだろうと私はそう思いました。あの夜の恐ろしさは残っておりましたがどうしてか懐かしさを感じました。

 それからしばらくたって小鷹が忠義を誉められたのか理由は分かりませんが褒美をもらったとの噂を聞きました。そうして小鷹はまた私たちの住まいへとやってきました。そうして帰ってきた小鷹を父君も兄君も褒めました。

 その夜、宴がおこなわれました。父君と小鷹を比べてみましても小鷹はもう子どもとは言えないようでした。よくよく笑い声の響く宴は夜更けまで続き、私は少し離れた軒の下に行って雲ばかりの空を眺めました。

 そこに小鷹がやってまいりました。私はまだおそろしさを感じておりました。しかし今のどこか居所のなさそうな小鷹なら何もしないだろうと思いました。小鷹は私に明日ここを出ると言いました。そうして城の者やこの家の者、そして私が優しかったことを幸せそうに彼は言うのでした。それから彼は私に明日鬼退治に行くと話しました。

 鬼がいるのですかと私が聞くと、小鷹は困ったように笑いました。私はその姿を見てまだ続く宴に小鷹を連れて行きました。それから愉快で雲から月も顔をのぞかせたくなる宴のなかへ小鷹と私は入りました。宴に戻った小鷹の笑顔は先ほどとは違って心底楽しいという風に思えました。

 しかし朝になって皆が目覚めるともうそこにはもう小鷹はおりませんでした。庭のよく彼がぼんやりしていた辺りに金の小判が数枚落ちておりました。どこを探してももう小鷹はおりませんでした。

 これは鬼の恩返しとしてこの辺りの人なら知っている話です。小鷹は戻ってきませんでした。この日が来るまでそのようなことさえ私は思い出しませんでした。この話の終わりはその日の朝小鷹は鬼退治に行ったと私が言ったのをそのままに、その後鬼退治をしにいったのだという話になりました。

 この話をしましたのは、これから山を開墾するという話をうかがったためです。実はあの後私は口の堅い者にかつての鬼の住まい、小鷹の住んでいた場所に向かわせて、その者が言うには倒れている小鷹を発見したそうです。そうです。あの辺りの土の中に小鷹は眠っております。ですからその亡骸を見つけた際にはどうかまた土のなかに埋めて花のなる木でも植えてください。

 そうしてこのお話は聞かなかったことにでもして誰にも話さないでください。きっと鬼退治に向かった忠義者の鬼の子がいたと語られる方が幸せなことでしょうから。

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