表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

氷山引き

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 見えていないけれど、実はそこにあるもの。

 なんともロマンにあふれる存在だと思わないかい?

 現実の過酷さを知っていくと、このようなものは馬鹿げてる、子供じみてると遠ざけてがちだ。

 手に触れられるか分からない幻想より、リアルに差し迫った課題とプレッシャーのほうが大問題だしな。それにしくじってしまったときのことも考えたら、余計なことに首をツッコみたくもなくなる。


 ゆえに、子供時代こそ不思議に触れられるというのも、一理あるな。

 大人なら手控えてしまうところを、がんがん突き進んで、時間をかけられるのだから。

 僕も振り返ってみると、いろいろ不思議な体験をしたほうなんじゃないかな、と思う。

 この間、実家に帰ったときに、ふとその中の思い出の品を見つけてね。つぶらやくんのネタになるんじゃないかと思って、持ってきたんだよ。

 よかったら、話を聞いてみないかい?



 こいつが、実家から持ってきたメガネさ。

 セルフレームの、ぱっと見た感じじゃ、なんの変哲もないだろ。試しにかけてみるかい?

 ん、気づいた? これ、度が入っていないんだ。伊達メガネなんだよ、普段はね。

 けれど、僕たちは学校が終わると、放課後はずっとこいつをつけて、自分たちが担当する通学路を勝手に巡回し、探し物をしていた。

 僕たちは俗に、「氷山削り」と称していたよ。

 このメガネをしているとね、氷山が見えるときがあるんだ。ただし、子供のときだけね。


 子供の僕たちが見たイメージから、氷山といったけれども、本当はもっと異なるものだったのかもしれない。

 ただ、あれは夏のお祭りの出店で、機械にかけられるかき氷が一番イメージに近かったからね。そのでっかい版ともなれば、「氷山」とたとえたほうがしっくりきたんだなあ。

 家の一階と二階の間くらいの高さまである、でっかく透明な四角柱型の氷の壁。

 先にも話した通り、メガネをしていなくては氷山は見えない。そして、僕ら以外で道を行き来する人も、その存在には気づかない。

 なにせ行く手に立ちふさがられても、触れることができないのだから。その堅牢そうな作りに反して、もしメガネ越しに見たのならば、手の込んだ飾りに思えるかもしれない。


 でも、こいつは処理をしないとダメなんだ。

 人がひとり通るたび、透明な氷はほんのわずかずつだが、赤みを帯びていく。

 個人差があるようで、本当に赤が出たのかと思わしきときから、通過とともに、どっと紅色が、氷の内に押し寄せることもある。

 そうして氷が完全に赤に染まって、向こうの景色さえも見えなくなったとき。

 そこに通る生き物があれば、氷は消える。その通った生き物もろともだ。

 実際、このメガネをもらった彼に、僕も以前助けられている。

 まだメガネを持っていない僕が、とある路地で前行く人を追い越していこうとしたとき、ずっと前方から彼に声をかけられたんだ。「止まれ!」てね。


 知らない仲にこう言われたら、ほとんどの人が足を止めるだろう。

 同時に、彼がその手からひょいと、コバエのような羽虫をこちらへ飛ばしてきたんだ。

 それは僕の追い抜こうとした人の2メートルほど前方へ、先にたどり着くや、ぱっと消えてしまったんだ。

 目を見張る僕をよそに、先行く人はそのまま足早に進み、友達も追い越していってしまう。

 それを見届けて、友達は胸をなでおろした。僕もあの人も、犠牲にならずに済んだから、とのこと。

 そこで僕は、氷山の存在のこと。それがもたらすものと、対処方法を彼から学んで、このメガネを受け取ったってわけ。


 僕が現役だった小学生時代に、対処したことは数えるほどしかない。そのぶん、ひとつひとつははっきり覚えているよ。

 今回はその中でも、おそらく最大級の手を加えたものを話そう。

 友達がやったように虫を飛ばすのは、ほぼバクチの緊急手段。本来ならば、どのようなものも犠牲にならず、済ませられるに越したことはない。

 だから、学校のすぐ裏手にある通りに氷山があらわれたとき、担当区域だった僕はちょっと気を引き締めたものさ。


 氷はわずかに赤みを帯びていたが、ここは歩行者も含め、車もそこそこ通行する。

 大人数が乗っていれば、そのぶん赤みを帯びる早さが増すかもしれず、楽観視はできない。

 ふっと、僕は小さく深呼吸する。

 教えられた儀式は、難しくはないのだけど……恥ずかしい。

 綱引きでやるような、ソーラン節でやるような、あの引っ張るような仕草。

 こいつを氷の四隅の延長線上、3メートル以内で行わないといけない。

 メガネをかけている状態で、この綱引きめいた動きをし続けていくと、対面する氷の角がじょじょに溶けて、崩れていくんだ。

 とがった角の部分が取れ、氷の内側へめり込むほどになったら、その角は完了。別の角へ移らねばならない。

 当然、その間も行き来はあって、僕は見られる側だ。

 路上でソーラン節の真似事など、奇異なものを目にするようなもの。

 深く腰を落として、見えない綱を手繰り寄せるかのような動きをする子供だしねえ。


 そうして3つ目の角を終え、4つ目にかかったとき。

 ワゴン車が一台、通りかかったんだよね。6人くらいは乗っていたなあ。

 この時の氷、けっこう赤かったけれど、まだうっすらと向こう側が見えていた。

 それがワゴン車の通過とともに、一気に視界が悪くなった。

 トマトジュースで満たされたかのように、全くスキのない赤色が、瞬時に氷山へ溜め込まれたんだ。

 もう、リミット寸前。ここを通したら、何者だって呑み込まれるだろう。


 本当に、ぎりぎりだった

 なお腰を落として巻き取る僕の動きが、最後の角をへこませきるのと、自転車に乗った子供がここを通りかかるのは、まさに紙一重。

 氷山はその身も、中身も、いっさいがっさいを残さない。

 角をへこまされきった時点で、ふっと見えなくなってしまうんだ。メガネをしている身であってもね。

 そして自転車の子は、何事もなくその場を通過していったんだ。


 つぶらやくんも、もし出先でソーラン節の練習をしているような子を見かけたら、できればその道を避けてやるといい。

 大事な仕事の最中かもしれないからね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ