5,春祭り
この国では春にお祭りがある。あと、夏には夏祭り、秋には収穫祭、冬には星祭りがある。まあ、クリスマスと思っていただけたら。
つい先日、10歳になったのでようやく王都のお祭りに行くことを許可された。エイ兄さまとエルシー(殿下呼びも敬語も様もやめてって言われた)は12歳から王立学園に通っている。王都住みで更に転移陣のある王宮にいて、寮に入っていないエルシーはともかく、国境付近住みのエイ兄さまは寮に入るのでなかなか会えていなかった。
寮は女人禁制だから。今日は一日中祭りなので一緒に周る約束をしている。
「リーゼ!お待たせ!」
すっかり体調が良くなったエルシーが満面の笑みで抱きしめてくる。
「エルシー。リーゼから離れて」
「エリ、心の狭い男は婚約者に嫌われるよ」
「大丈夫。独立でもしない限り結婚なんかしない。どうせエルシーが婿入りするんだし良い」
私とエルシーの間に割り込んできたエイ兄さまが抗議したエルシーにバッサリと言い放った。
「エイ兄さま、私達は婚約関係ですが私はエイ兄さまのことも大好きなのです。だからエルシーと喧嘩しないで一緒に周りたいです」
必殺。美少女のおねだりだ。
「ぐっ……!」
「かわっ……!」
大ダメージを受けた2人には申し訳ないけど私は生まれて初めてのお祭りなのだ。楽しんで周りたい。
結局私を挟んで3人で手を繋いで周ることにした。2人はムッとしたような表情をしていたがすぐに切り替えたようで嬉々として私に貢ぎ始めた。美少女って恐ろしいな。エイ兄さまもエルシーも昔は微課金だったのに今では立派な廃課金勢だ。
前世であった春祭りはお花見客に向けた軽食屋というのがメインだったがここでは花屋が多い。生花から造花、完全観賞用の凍った花、花をモチーフにしたお菓子などが爆売れしていた。春の花だけではなく、夏や秋の花、冬の花まで売っていた。苗とか種で。
恋人同士で花を贈り合うのを見るだけでも楽しめる。
「あっ!」
前世でよく見た懐かしい花を見つけた。
「ん?どうした?ぇ……」
「えっと……んーなんかまぁ……良いんじゃないか?」
「リーゼ、本当にあれが欲しいの?」
2人が私を残念そうな顔で見てくる。
「はい!見た目が好きです!」
私が指差したのは彼岸花。毒性があり、花言葉も幸せとは言い難いかもしれない。でも見た目だけは好きなのだ。見た目だけは。食べろと言われたら食べない。
「毒じゃん…」
「毒だね…」
ドン引きされながらも買ってもらうことに成功した。
「あ!」
「今度は何?」
「え、また毒なの…?何に使うの?」
私が次に指差したのは今世の植物図鑑で見たトリカブト。毒性はあるが「栄光」という花言葉を持っている。まあ、食べなければ問題ない。
「いつもお世話になっている護衛の人達に贈る?」
「騎士道」という意味もあって選んだが全力で止められた。
「花言葉とか関係なく毒草をプレゼントにするのはやめて!」
「そ、そうだよ。間違えて食べちゃったら最悪死ぬよ!」
いやいくらなんでも大の大人が植物の名前までわかってて誤食とか…。
「僕らの精神がやられるから」
「毒がないのじゃだめ?」
「じゃああれ」
「毒草じゃん!」
今度はキョウチクトウ。
「花言葉も不穏だよね」
「注意とか危険とかね」
街路樹になっているしこれなら許されるだろうと思ったがどうやら駄目みたい。
「まずどこに植えるの」
「私の部屋の中です」
「それはやめて」
部屋は今だに9年前の状態だ。水があるからマリンは大喜び。
「……?部屋に木を植えるの?」
エルシーは話に着いていけていない。
「4歳の時、コントロールが上手くできなくてリーゼの部屋いっぱいもっさり植物にしちゃったんだよね」
「もっさり植物って……。今もそうなの?」
「うん、気に入ったみたいで」
契約した緑の精霊は毒草を美味しそうに食べるので喜ぶと思ったのだが……。
「とにかく毒はだめ」
「リーゼは僕のトラウマ掘り返したい?」
「ごめんなさい毒やめます」
エルシーのトラウマを持ってこられると強く言えない。一時期は何も食べられなかったくらいだったんだから。
「それでいい」
でも我慢した結果、2人の美少年から頭をなでなでしてもらったので良し。
「何だったんだあの店は」
「毒草しか売ってなかったな」
「逆に凄い」
私が目をつけた花屋は毒草と毒花の宝庫だった。その隣にあった店に薬が売っていたのでこれはもう確信犯だろうと。食べた後に解毒する気満々だ。この世界で治癒魔法って珍しいもんな。
「あ、エイ兄さま、あれ何ですか?」
少し歩くと和菓子みたいな物を売っているお店を見つけた。出店だ。
「ああ、あれは桜餅だよ。東の国の伝統的なお菓子らしい」
和菓子ーーー!前世ではお金なくてあんま食べたことなかったから今世ではいっぱい食べよ。
「食べたいの?人数分僕が買ってくるよ」
「ありがとう、エルシー」
私が頼むとエルシーは満面の笑みで桜餅を買いに行った。さて、この国の人達にあんこの美味しさは伝わるだろうか。
「んぅ…!美味いな。王宮では食べ慣れない味だが、甘くて美味しい」
「そうだな、甘すぎずって感じで美味しい。今まで食べた菓子の何千倍も美味い」
明らかにロイヤルなエイ兄さまとエルシーがベタ褒めするので気に入ってもらえたのだろう。大声で食レポするから他の人達も好奇心に負けて買っている。
店主はほくほく顔だ。洋菓子と違い、和菓子の良いところは甘すぎないということだろう。いちご大福とかも食べたいな。あとお団子とか。三色団子売ってるかな。
結局、私はエイ兄さまとエルシーを引っ張り回して和菓子を堪能した。あの和菓子屋の店主と契約結んで定期的に卸してほしいくらいだ。
「妹の味覚が狂ってなくて安心したよ。花はもう諦めよう。許可しなくても緑の精霊に育てさせるくらいのことはするだろうし」
「そうだね。リーゼ、食用花以外は食べたら駄目だからね」
「流石にそれはない…」
「「ありそう」」
2人の声が被った。初めは険悪な雰囲気だったけどそれなりに仲が良くて安心したわ。でも「ありそう」は解せぬ。流石に毒があるかは確認する。
「毒がなくても無闇に食べたら駄目だからね」
「はぁい」
「全く…」
今度は呆れられた。
「はっ…!名前!聞くの忘れてた!」
私はとても大事な和菓子屋の名前を聞いていなかった。
「名前なら包装紙に…あ、ちょっと!僕も行くから!」
走り出した私は2人に捕獲され、歩いて和菓子屋に行った。
「ねえねえお姉さん」
「なぁに、お嬢様」
今日は一日中平民仕様だがやはりオーラが違うのか。お嬢様だって。嬉しいじゃないの。
「好きです!受け取って下さい!」
「主語…」
初めての和菓子に興奮した私は主語をすっ飛ばしたことに気づかず、店主のお姉さんに自分の名刺を渡した。そして最後まで気づかなかった私はお姉さんと連絡先を交換して上機嫌で帰路についたのだった。
「はっ…!」
私が自分の失態に気づいたのはベッドに入ってからである。
『どうしたの?』
「マリン、私、とても大事なことを言い忘れていたわ」
もう現実逃避だ。寝よう。布団に入った私は羊を数える暇もなく、夢の中に誘われた。
一方その頃、エルシーは。
「……………眠れない……」
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(10歳)
・エリオット・ガーナメント(13歳)
・エルシー・ウォルフラン(13歳)