4,軟禁王子 エルシーside 2ー1
僕はこの国、グランドル王国の第五王子として、この世に生を受けた。上には4人の兄がいて、年の離れた第一王子は本当に可愛がってくれた。王族としての重圧はあるが、兄のお陰で凄く幸せだった。でも、それも長くは続かなかった。
体調が悪い日が増えたのだ。怠さや頭痛、吐き気。
あまりにも酷く長かったので、僕は両親や周りの貴族達に王の器ではないと看做され、王位継承権の放棄を命じられた。周りの人間に見放された僕が精神を病まなかったのは変わらずに接してくれていた兄のお陰だろう。双子の兄レイをはじめとして、毎日誰かしら部屋に来てくれる。
「エルシー、縁談だ。相手は辺境伯令嬢のエリーゼ・ガーナメント。お前に拒否権はない。必ず彼女を王家に繋ぎ止めろ。顔合わせは3日後、遅れずに出迎えを」
9歳の時、長らく会っていなかった父、国王に呼び出され、何かと思えば縁談か。
エリーゼ・ガーナメント。1歳の誕生日に自ら最上位精霊を呼び出して契約。同じ日に水の上位精霊、土の最上位精霊と契約。屋敷の正門に川や水車小屋を作るだけじゃ止まらず、自身の兄エリオットに堅苦しい屋敷を隠せとジャングルなるものをねだる。ここだけで普通の1歳ではない。
最近、聖以外の全属性を持つと精霊に判断されたらしく、未契約だった他の精霊も最上位精霊に進化させた。
エリオットも同じく、二属性の精霊と契約。他国からも一目置かれる兄妹になっていた。この2人を国に留まらせるためにエリーゼ嬢との婚約が必要だと。謂わば人質だな。エリオット(以後、エリと呼ぶ)は僕の大切な友人だ。彼がそう簡単に国を出るとは思わないが。
「承知いたしました」
面倒なことは避けたいのでここは素直に従う。可哀想に。僕の婚約者になれば王家には入れるかもしれないけどそれだけだ。名ばかりの王子。国王への道もないし、相手には王妃の道もない。
彼女も厄介者の僕よりエリのような人の方が良いだろう。兄だけど。
「お初にお目にかかります。ガーナメント辺境伯長女のエリーゼ・ガーナメントと申します」
「エルシー・ウォルフランです」
今日は怠さもあまりなかったので父の言う通り、出迎えをした。初めて見た婚約者はとても可愛らしい人だった。シルクの様な白い髪に、光を反射する金の瞳。天使のような人だと思った。
「エルシー殿下、体調の方問題ないのですか?」
可愛い上に気遣いまでできるのか。僕が見惚れている間にも彼女は僕の体調を案じてくれた。兄とエリ以外では初めてだった。
「ええ、今日は少し調子が良いんです。だから運動がてら、出てきたのですが迷惑でした?」
緊張して思わず敬語。父に侮られるなとは言われたが初対面なら敬語が安牌だろう。そして今の聞き方はまずい。王族の発言を否定できるわけない。
「いえ。迷惑だなんて思っていませんよ。ありがとうございます」
恐る恐る言葉を待つ暇もなく、彼女はきっぱりと言い切った。迷惑ではない。ありがとうございます、と。それがどれだけ嬉しかったか。
「良かった。では、お手をどうぞ」
とにかくここに居座るのも居心地が悪い。今いるのは王宮の本館、僕が軟禁されているのは別館だ。早く立ち去りたい。
「は、はい」
僕の手をとった時にした微妙な表情には気づかないふりをして自室に向かう。
「こっち。ここに座って待っててください。今お茶でも淹れますので」
「あ、ありがとうございます」
僕は自室に備え付けの簡易厨房に入り、フルーツ風味の茶葉と顔合わせ用に作ったお茶請けのクッキーを出した。紅茶が甘いので今回は若干しょっぱい目に作った。
フルーツ風味にしたのはエリーゼ嬢からフルーツの香りがしたからだ。ふわっとしていたのでよくわからなかったが恐らく柑橘系。香水か石鹸だろう。そうなるとハーブティーは口に合わないと思う。
僕自身もフルーツティーが好きで茶葉を集めていた。こんなところで役に立つなんて。
「お待たせ。あまり甘くないの淹れたからお好みで砂糖追加して調整してください。あとこっちはお茶請けだから好きに食べてどうぞ」
「ありがとうございます」
エリーゼ嬢は僕の言葉を疑いもせず、コクンと紅茶を飲み、クッキーを食べた。彼女の愛らしい口元が緩んだ気がした。
「美味しい…」
「良かった。これ、僕が作ったんです」
「そうなんですね。私はあまり料理が得意ではないのでこういうことできる方尊敬します」
びっくりした。普通の王侯貴族は自分の手で料理などしない。
僕の趣味が料理と言うとその辺の令嬢は陰で悪口を叩き、嘲笑う。得意ではない。つまり、料理に挑戦したことはある。食べてみたいなぁ。
その後、沢山話をした。1歳で最上位精霊と友達になったことや結婚してからも家族の側に居たいということ。見たいと言えば初めて呼び出した風の精霊を見せてくれた。本当に凄い。羽の生えた馬など見たことがなかったし纏うオーラも人間とは桁違い。
彼はイーゼと言うらしい。イーゼ様と呼ぶことにした。彼はきっと王家より価値のある者だから。少なくとも僕の方が下だ。
潜在魔力量は少なくない。でも、病弱なのは枷になる。そう告げられた。呼び出せるだけの魔力があるのに呼び出せない。それはとても悔しいこと。別れた後も数時間、引きずった。
でも、絶望するのはもう疲れた。小さく息を吐いたとき、乾いた咳が一つ出た。
「エルシー殿下、贈りたいものがあるのです。受け取っていただけますか?」
数日後、10時頃に僕の部屋にやって来たエリーゼはずいっと箱を渡してきた。仁王立ちで。一般的な贈り物にしては渡し方にいささか問題があるかもしれないが、僕はそれで充分だった。偶然同席していた双子の兄、レイは微妙な表情だったが。
その日は倦怠感が酷くてベッドから出ることもできなかったのでここまで1人で来てもらった。申し訳ない。
「…?贈りたいもの?」
「はい」
丁寧に包装された箱を受け取りそれを解く。入っていたのは金色の鎖でできたブレスレット。鳥の装飾がされていたがアクセサリーとしてつけるには少し違和感のあるものだった。鳥に何か書いてある。
「ブレスレット型の魔道具です。少し気になることがあったので作りました。常に身に付けていてください。絶対に盗まれないようにベッドにいる時も同じように付けてください」
凄い気迫だった。気になることってのが見当もつかなかったがここまで言っておいて、何の意味もなく贈るはずがない。
「…わかった。絶対に外さないでおくよ」
その場で右手首に着けると安心したような顔を見せてくれた。本当にこれを渡すためだけに来たらしく、エリーゼはすぐに帰ってしまった。それと同時にレイも出ていった。
起き上がっているのも辛くなり、ボスンと枕に頭を埋める。
「本当に僕で良いのかな」
エリーゼが来る前、婚約了承の返事を貰った。エリーゼが強く希望したそうだが…。考えるだけ無駄か。
「エル、お兄ちゃんが来たよ」
「シルス兄さん…おはようございます。すみません、こんな格好で。今日は歩けそうにないです」
「平気平気。楽にしてて」
シルス兄さんは声変わりしているが中性的な甘めの声は健在だ。
兄組4人はいつも僕の部屋に集合し、昼食をとる。兄達はがっつり固形物を食べるが僕は柔らかいパンとスープだけだ。多少気持ち悪くても食べないと駄目と医者に言われている。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(6歳)
・エルシー・ウォルフラン(9歳)
・シルス・ウォルフラン(16歳)
・国王