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13,私の声


 ドンドンドンドンドンドン!



 ガーナメント辺境伯の持つ軍の騎士達の怒りを鎮めて1か月が経った夜、パフェのレシピを考えていると部屋の窓が思い切り叩かれた。もうすぐ寝ようとしていたのが一気に吹き飛んだ。普通に怖い。


 恐る恐る、少しだけカーテンの隙間から覗くと見覚えのある顔がいた。

「エルシー!?」


 外は雨が降っていて上着も着ていないエルシーの茶色い髪からは水が滴り落ちている。そして森の中を駆けて来たのか、枝葉が絡まっており、至る所に傷がある。



 慌てて窓を開けてエルシーを抱き上げるようにして部屋に上げる。

「エルシー、何があったの!シルス様達は?大丈夫なの!」

「陛下の失言で怒りを抑えられなかった辺境伯の1つが国家機密級の情報を他国に流したんだ」


「他国?」

「アルタイル王国だよ。ずっと昔にグランドル王国から迫害された人達が多い国で友好的な人もいるけどそれと同じくらい今も恨みを持つ者がいるんだ。

 この国よりずっと魔法の扱いに長けていて死人は出てないけど既に怪我人は出てて色々なところが落ちてる。混乱に乗じて急いで各領を回ってるんだ。

 王城まで攻め込んだ敵兵はパトリック兄さんとかイヴァン様が率いる騎士団が足止めしてる。エリのところには連絡を入れたよ」



「ブレスレット!どうしたの?」

 いつも着けていたはずのブレスレットは今、エルシーにない。


「ごめん…馬を飛ばしてる間にどこかに落としたみたいで気付いたら無くなってたんだ。多分、千切れたんだと思う」



 仕方ない。あのブレスレットは本来の持ち主以外が持ってもただのアクセサリーにしかならないからまた新しく作り直せば良い。

 とりあえず光魔法で傷を治して風呂に入れる。その間に私は父さまと母さまにエルシーの言ったことを報告した。


「なるほど…怒りが暴走したか」

「残り2つは攻めより守りに徹することにしたって。私も賛成。死人は、なるべく出したくない。死ぬのも、殺すのも、すごく怖い」


 自分が一度死んだからかな。こんなに過剰に怖がってたら辺境伯なんて務まらないのに。


「でも不思議ね。竜と精霊王は人間同士の争いを禁止しているのに」

「……!イーゼ!」


 『調べてきた。竜の力が弱まってる!魔物が減って人々の信仰心が薄れたから!精霊は竜みたいに力の強い奴の側じゃないと生きていけないんだ。

 もう加護あげてる人の側にいる個体は無事だけど弱い奴らはどんどん消えてく!加護あげてる奴も力が弱くなってる!早く竜の力を取り戻さないと竜が消えちゃう!精霊王様も!』


「っ…!どうすれば、竜を助けられるの……どうすればシルス様の国を守れるの!教えてよ!」


 視界が歪むのがわかった。全部全部、国王のせいだ。あんなこと言わなければ反乱なんて起こされなかったのに。


『この国で1番魔力が強いのはリーゼ。竜を助けられるのはリーゼしかいない』

「何をすれば良いの」


『大切なものを代償にしないといけないけど魔力を今の竜と同等か、それよりも多くして全て竜にあけ渡す。そうすれば一時的にではあるけど力は回復する。

 戦争を遠ざければ失われた信仰心のいくらかは回復するから竜は消えなくてすむよ。ただ、代償の大きさによって手に入れられる魔力は変わってくるからよく考えて』


 代償。大切なもの。家族と友人、エルシー、精霊達。そして自分自身の命。これは捨てちゃいけない。


「決めた。代償」

 私の声をあげる。人魚姫も声と引き換えに望みを叶えた。だから私も。


『それで良いんだね』


 私は黙って頷いた。聴力と視力はいくら竜といえどあげたくない。エルシーの声が聞こえなくなるしエルシーの顔が見られなくなる。それは絶対に嫌。



「エリーゼ……!」

 私は代償を声には出さなかった。だから両親は何かわからなかった筈だ。でも、イーゼの行動で悟った父さまが手を伸ばしたが既に時遅し。私の声は出なくなっていた。


 1つ失ったことで魔力の増大を感じる。声だけでもここまでになるのか。

『行くよ』


 イーゼの転移で向かったのは竜が住む祠がある洞窟。元々は白い体だったそうだが弱りきってその面影はない。


『竜王様』

 イーゼが呼びかけると竜王様と呼ばれた彼は少しだけ顔を上げた。


「ああ、彼女が……今の我らはお主の強い信仰心によってこの世に留まれている。戦争が起きたそうだな。力が足りず、申し訳ない……」



 そんなことない。言いたいけど言えない。声がないのは結構不便だな。早く代替案を探さないと。

『こっち』


 竜の胸の辺りにある宝石のようなものに魔力を渡せば良いらしい。少しずつ込めていくと赤黒くなっていた宝石が明るく光りだした。洞窟内が目を開けられないほどの光に包まれる。




「心地が良いな。礼を言うぞ。キース。戦争を止めるから起きろ」

「ああ。任せておけ。俺らの力は回復したら世界最強なんだ」


 精霊王と竜王は飛び立っていった。私はというと生まれた時以来だと言っても良いくらいの最上位魔法を使ったせいで意識を失った。イーゼのお陰で屋敷には戻れたようだけれど。


「…………ゼ、リーゼ!」

 気付いたら自分の部屋のベッドにいた。もっさり植物の。

 エルシー。そう言おうとして思い出す。私にはもう声が無い。


「エリーゼ……!良かった……」

「心配したのよ」

『アルタイル王国の軍は精霊王様と竜王様の手によって鎮められた』

 一気に話されても寝起きの頭で考えられることはほぼない。とりあえずもそもそと動いて座るところまではした。



「お前達、そんなに一気に捲し立てても寝起きの頭で理解できるわけないだろ?」

「精霊王様!」

 イーゼの声に私の精霊達が一斉に出てきて人の姿で礼をした。



 水のマリン、土のガイ、火のヒイロ、緑のルド、氷のイト、雷のライ、光のコーリッシュ、闇のヨル。

 全員がイーゼと同じくらいの身長。大体4歳児サイズだ。


「ああ、そんなに固くならなくて良いよ。竜王のヒスイが今アルタイル王国の方に行ってるからその分まで先にお礼をしにきたんだ。ありがとう、エリーゼ。あれが無ければきっと俺達は消えていた」


 こちらこそ国を助けてくれてありがとうございます。


 そう、声は出ないので口だけで話す。

「俺達を救ったあの魔力は君の声を代償にして手に入れたものなんだね」



 エルシーは初耳の事実に目を見開いて固まり父さまと母さまはある程度予想していたようなので固まることはなかったがどこか気まずそうにふっと目を逸らした。そして精霊王は少しぎこちなく微笑んだ。私も小さく頷くことで肯定を示す。



 多分もう声は戻らない。でも、今は声が無くなったことを嘆くより先に新しい意思疎通法を探す。


『魔道具の時に使った光の文字が使えるね。探してくるからちょっと待つね』


 コーリッシュはそう言って光の中に消えていった。そうか。その手があった。光の文字。皆のブレスレットで使ったあれ。

『持ってきたね。これ利き手に着ければ光の文字だせるね』


 ありがとう。口だけでお礼を言い、貰ったピンキーリングを右手の小指にはめる。

〈ありがとう〉

『このくらいお安いご用だね。精霊王様助けたから私達の恩人だね』


「リーゼ」


 ベッドによじ登ったエルシーに抱きつかれる。

「リーゼの声が戻らなくても僕はリーゼのことが大好きだから。何があっても好きだから」

〈私も、エルシーのこと大好き〉

「そうよ。エリーゼ、びっくりしたけど私達は皆貴女のことが大好きなんだから」

「ああ」


 怒りは沸いたし情は消えかけたけど今世は周りの人に恵まれたなと再認識させられた出来事だった。


今回の登場人物


・エリーゼ・ガーナメント(10歳)

・エルシー・ウォルフラン(13歳)

・辺境伯夫妻

・イーゼ含むエリーゼの精霊達

・精霊王

・竜王


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