11,夏休みに入りました2
夏祭り当日。
私は全てを悟りきったかのような顔で立っていた。道行く人からの視線が痛すぎるのでとりあえず思考をシャットアウトする。
「兄さん…」
エルシーが引き気味だ。それもそのはず、想定よりも多くシルス様がお供たちを連れてきたからだ。いや、アクア様とレイ様もだ。パトリック様はイヴァン様と一緒にいた。
「シルス様は一度お忍びの意味を調べた方が良いのでは?」
「僕もそう言ったんだけどね、平民の祭りで毒が盛られない保証はないとか矢を放たれるかもしれないとか言って付けられたんだよ。こんなの、余計目立つだろうに」
「ブレスレットを着けていればそれなりに防げますけど」
「そうなんだよね。でも譲らないの。頭硬いよね」
肩を竦めているのがシルス様だけということは後ろのガードマン8人くらいは全てシルス様に付けられたものなのか。
「王太子って大変なんですね。色々と」
「まあね、その分受けられる恩恵も大きいけど」
「シルス兄さん、折角揃ったのにこんな人混みから外れたところで時間潰すなんて勿体無いですよ。ただでさえ今日のために予定詰めたのでしょう?早く行きましょう」
「エルシーは可愛いね、お兄ちゃんとそんなに回りたかったんだね」
シルス様はそれだけ言うと護衛を置いてアンナ様の手を取った。ここまでくると一周回って護衛の人が哀れに思えてくる。
「リーゼ、今日は花売ってないからね」
「エイ兄さま…私だって四六時中草を求めているわけではないですよ」
「それなら良い」
エイ兄さまの言葉にエルシーまでうんうんと同意を示す。私の信用がどんどん下がってる気がする。主に草が原因で。
「どうぞ。喉乾いたでしょ」
「あ、エルシーありがとう。でもなんでわかったの?」
「顔に出てたよ」
頬をむにむにと抓るが自分では全く分からず結局諦めて貰ったドリンクで渇いた喉を潤した。
前方でパトリック様に串焼きを渡すイヴァン様、アンナ様に射的か何かで取ったのであろう兎のぬいぐるみを渡すシルス様、林檎飴を見つけて目を輝かせるマリー様に仕方ないなと笑って買ってあげるレイ様、こんなに目立つのに何故か迷子になってしまったアクア様が合流しているのが見える。
ぐったりしているので大方女性に言い寄られて困っていたらいつの間にか逸れていたというところだろう。労いの言葉と共に林檎飴を渡すと感激しながら食べてた。
全員の手首には魔道具ブレスレットが光っているが今のところは何の反応もない。誰も命を狙われていない、と。とりあえず夏祭り終了まではこちらもそうだが周囲も平和でいて欲しいものだ。
「そうだ、エルとリーゼは両想いになったんだね」
「んぐ…」
エイ兄さまの唐突な話題に私もエルシーも食べていたものを詰まらせかけた。
「エリ、誰に聞いたの、それ」
友人や兄に自分の恋愛状況を伝えるほどの羞恥心は私達にはある。となると…誰だ?
「ユリウスだ。アリアと会ったときにそんな話題になったんだと」
「ああ、あんな場面を見たら言いたくもなるかぁ」
「婚約者って間柄で良かった…」
もしこれが婚約していないシルス様より年齢が上の男性とかだったら大問題だ。あの空気で親愛の好きにとられるわけがない。
プライベートを他人に言うことに怒り狂った主にクビにされるなんてこともあるようだが年齢も大して変わらないしただの恋バナということでその辺は黙認している。
「私が口滑らせてうっかり告白しちゃったんですよね。私からすると可愛いとかは妹的な意味で言っているのかと思っていましたし伝える気はなかったですがつい気が抜けちゃって」
「リーゼ…ごめん。伝わってると思ってたんだ。これからはちゃんと言葉で伝えるから」
「そうして。私もちゃんと言葉にするから」
エイ兄さまの私とエルシーを見るその瞳が少し寂しそうに細められたことに気付かないまま、私は夏祭りを満喫した。
始まったときはどうしようかと思ってはいたが、最終的になんだかんだ楽しんでいた。とりあえず事件は何も起こらな
「誰かあの男を捕まえてくれ!誘拐だ!」
起こったわ。事件。華麗なフラグ回収。後ろからだ。前方にいるパトリック様達より私の方が近い。私と同じ年齢くらいの男の子を脇に抱えて右手にはナイフを持っている。
「……楽しんでたのに」
それだけ呟き男に回し蹴りを食らわす。
「邪魔すんじゃねぇよ、おっさん」
吹っ飛んだ男の胸ぐら掴んで低い声で静かに怒りをぶつけるとガクガクと震えた後に恐怖で失神した。10歳少女相手に怯えるなんてまだまだ修行が足りないな。
正直この場に捨てて帰りたいがそんなわけにもいかないので襟掴んでズルズルと引き摺って皆のところまで戻った。
「エリーゼ、抱えられてた男の子のことは考えて蹴り飛ばした方が良い。転ぶところだったんだぞ。お前は次期当主なんだからもう少し視野を広げろ」
「あ、すみませんレイ様。忘れてました。折角忙しいところ集まって楽しんでたのに邪魔されたので男にばかり意識がいっちゃって。あ、でも殺してないですよ。手加減したので」
「知ってる。今兄達が騎士団の方に連絡したからそのうちしょっ引かれてくよ」
騎士団?シルス様の護衛は何やってるの?
「リーゼって怒ったら怖いんだね」
「そりゃ私だって怒りますよ。回し蹴りの時点では起きてたんですけど胸ぐら掴んでちょっと、ね。そしたら失神しました。エイ兄さまに仇なす奴もしばき倒しますがシルス様の民を傷つける奴もしばき倒します」
シルス様が悲しむ顔はなるべく見たくない。あの人は少しおちゃらけてるのが良いんだ。私達だけに見せる顔まで暗くなるのは嫌。そんなことになればアンナ様も悲しむだろうから。
「臣下の権化だな」
「パトリック様」
「アクアとイヴァンは犯人と一緒に王宮まで行った。レイは被害者の身元を調べるって。シルスは落ち込んでる」
「え!?」
シルス様…何されたの?
「護衛に阻まれて助けられなかったと嘆いているんだ。王太子殿下がお手を煩わせるほどの人物であるとは到底思えませんってさ」
「そう。人の存在価値に上下があると本気で思っているのね。シルス様の気持ちも汲み取れない無能のくせに」
私だって目を見たら大体何考えてるかわかるのに。
「俺達より交流年数が浅いからな。平民の祭りに来るのは平民だけ。平民ならどうなっても良い。それが王侯貴族の考えだ。父もな。お前の様なタイプは稀だ」
最高の気分だった夏祭りのテンションは最低ラインまで下がり、屋敷に帰るアンナ様とマリー様を見送って当事者として私とエイ兄さまは王宮に連れて行かれることになった。
エルシーはそもそも本館への立ち入りを許可されていないので帰宅。初めて会った時のあれはきっと王が見栄を張ったのだろう。
案内されたのは豪華な装飾が施された本館。父さまが10代冒険者だった頃に着ていた平民に紛れられる服を身につけて。浮きまくっている。2人して完全に悪目立ちしてる。
これまた豪華な応接間に案内されたは良いものの、上質なソファーに座るわけにもいかずただ突っ立って待っていた。
「待たせたな」
厚い扉と共に国王が入ってきた。その後ろには王妃も控えている。私達は黙って頭を下げた。何も喋らない。顔も直視しない。そのスタイルを崩さずに。
「良い。顔を上げよ」
黙って顔は上げるがその姿は直視しない。シルス様に似ているであろう2人の顔は見たくない。シルス様を見て思い出したくないから。
「此度の事件、被害者はゴッドソン侯爵家の嫡男、ハリス・ゴッドソンであった。犯人は地方の貴族だ。全く。類は友を呼ぶとはこのことか。蛮族は犯罪者を呼ぶなこの疫病神が」
「ええ、本当に。辺境伯は軍だけは一流ですものね、陛下。こんな蛮族と私の可愛い子供達は会わせられないわ。何をされるかわからないもの」
「ああ。騎士団に出入りしているようだがそれも出禁だ。王家に必要なのはお前ではない。お前の持つ精霊の力だけだ。わかったなら今すぐ立ち去れ」
「二度と私達の前に来ないでちょうだい。ああそれと、エルシーは連れていって構わないわ。あんなの、息子じゃない。ただの病原菌よ」
沸き上がる怒りを必死で堪え、辛うじて「申し訳ございませんでした」と頭を下げた。2人が部屋を出るまでずっと。外で誰かの声が聞こえた気がしたがそれはとても遠くに感じた。
それから、どうやって家に帰ったか覚えていない。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(10歳)
・エリオット・ガーナメント(13歳)
・エルシー・ウォルフラン(13歳)
・レイ・ウォルフラン(13歳)
・パトリック・ウォルフラン(18歳)
・アクア・ウォルフラン(17歳)
・シルス・ウォルフラン(20歳)
・アンナ・ガイアス(20歳)
・マリー・エバネン(13歳)
・イヴァン・アルスフィールド(20歳)