9,体育祭お疲れ様会 〜スイーツを添えて〜
今日は、いや、昨日からか。侍女達がえらくご機嫌だった。昨日はエステ務め顔負けのマッサージや顔パックなどこの世の全てを詰め込んだかのような手入れをされ、今は最高の化粧と可愛いドレスをルンルンで。
そして私は頭に「?」を浮かべていた。私は特に何も知らされていないのだ。何があるかもわからない。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「???え、え……?」
そして、気が付いたら王宮の転移陣で笑顔のエルシーとエイ兄さまに迎えられていた。今の私は相当な間抜け面をしている。
「リーゼ、待ってたよ」
エルシーが笑顔で手を差し出すので反射的に乗せてしまったが私はこれからどうなるのか。悪いようにはされないと思うが…。
「エリーゼちゃん、遅かったね」
「待ちくたびれた」
「な、何故ここに」
エルシーの住む離れにいたのは体育祭で一緒になった面々。王子とその婚約者達だった。
「体育祭お疲れ様会やろうかなって」
「俺とアクアはわざわざ職場に休暇申請を出したんだ」
逃がさないという意思がひしひしと伝わってくる。
「作れということですね。あれを」
「そう。楽しみにしてたからさ」
「少々お待ちください」
私は部屋の鍵をガッチリと掛け、更に何重もの魔法で窓を強化した。割られないように。
「おお…厳重だね」
「ここにいる人以外誰にも見られたくありませんから」
使用人も全員追い出した。もともと本館で働いていたので素直に消えてくれたがいつ戻ってくるかわからない。この部屋だけでも厳重に。
そして予め引かれていたマットの上にキッチンをドスンと。
メイド達が頑張って着せてくれたこのドレス絶対汚せない。私がパチンと指を鳴らすと一気にメイド風の服に切り替わった。メイド服は基本黒だがこれは淡いイエローだ。光の最上位精霊コーリッシュが作ってくれた。もう一度パチンすればドレスに切り替わる。
「我が妹ながら…可愛いな」
「わかる…天使」
エルシーとエイ兄さまは悶えているがとりあえず放っておいて材料を出す。
アクア様にアップルパイ、シルス様にパフェ、レイ様にフルーツゼリーは絶対出す。あとはどうしようか。
「マリー様とアンナ様はどのようなスイーツをご所望で?」
2人にも要望を聞いたところ、「何でも良いです」という1番困る返答が返ってきたので好き勝手作ることにする。
ということでまずはフルーツゼリーとアップルパイを。ゼリーとか地味に冷やすのが大変。こちらを凝視してくる人達の視線に耐え、何とかアクア様用のアップルパイは焼き上がった。
それと同時並行で作っていたのはカボチャをたっぷりと使ったカボチャのパウンドケーキ。甘いものが苦手な私とエルシー用だ。多分生クリームに合わせても美味しい。
そして次はエイ兄さま用に蜂蜜林檎のコンポートを。時間はかかるがまあ良い。パトリック様にはプリンを作る。
そして最後はシルス様と婚約者の2人。
シルス様はフルーツ盛り盛りの甘いパフェが好み。お疲れ様会だし、ということで今回は贅沢に旬のマンゴーを使う。改めて言う。チートって凄いんだな。こんな物まで出てくるなんて。
マンゴーのソースにマンゴー味のアイス、生マンゴーまで。たっぷり乗せたら生クリームの上にミントを1つ飾る。
この中の誰よりも豪華なスイーツが出来上がった。
アンナ様とマリー様は多分スイーツ出してもナイフとかフォークを使って食べると思うので固形物ではなく飲み物で。
グレープジュース(炭酸)を作り、そこにこれでもかというくらい氷を入れる。温度差で溶けないように。そしてキンキンに冷えたジュースの上にバニラアイスを乗せてソーダフロートの完成だ。
「お待たせしました」
「か、可愛い…!」
「ええ、可愛らしくてとても美味しそうですわ」
アンナ様とマリー様はソーダフロートが気に入ったらしく、ご機嫌で食べていた。
「エリーゼちゃんのパフェはいつ食べても美味しいねぇ」
「林檎美味いな」
「口の中で溶けるぞこれ」
「これ、今度教えてほしい」
レイ様とアクア様は黙々と、他は次々に感想を言ってくれた。
私も着替えてからフワフワのパウンドケーキを口にする。このくらいの控えめな甘さならどんと来いだ。
「あのさ、このためだけにスイーツを作ってくれたエリーゼちゃんには申し訳ないんだけど丁度良いから言うね。体育祭の貴族達のことなんだけど――」
エルシーは親である陛下から家族として見られたことがなかった。そのため、エルシーが他の貴族から嘲笑の的にされたと訴えても無駄だろう。彼にとってエルシーは家族なんかじゃないんだから。だから少しだけ対象をズラした。
エルシーもレイ様も立っていた方向は同じ。だからレイ様が嘲笑の的になっていると勘違いするのも当然だ、と。
それを利用して体育祭で上位貴族にレイ様が侮蔑の視線と罵詈雑言を浴びせられたと訴えたのだ。私的にはちょっと盛ったがシルス様は「この程度盛ったうちに入らない」とゲス顔をしていた。流石ブラコン王子。
この国の公爵家は東のガイアス公爵家を含めて東西南北で1つずつあるが、そのうちの西と南の公爵家がやらかした。幸いなのかどちらも女性。針の筵で後を継ぐ男性がいなくてよかったと思う。
公爵家だったのが下位伯爵家まで落ちた。そして追い討ちをかけるかのごとく、領地の半分以上は没収、婚約者もいたらしいがどちらも愛想をつかされて破棄されたそう。
あの女生徒2人は自分が見下していた相手と同じ立場まで落ち、これから苦労するだろう。今までのような豪華な暮らしが約束されていないのもあるし報復も簡単になる立場だから下手に動くこともできない。
果たして我儘娘にこれが耐えられるだろうか。
他は侯爵家で5人。マリー様が「同じ侯爵家として恥ずかしい」と悪態を吐いていたのでマリー様も容赦はしないだろう。そして伯爵家が10人。そのうちの8人は令嬢、2人は令息だった。
伯爵家の半分以上は爵位を取り上げられ侯爵家は男爵まで降爵することになった。そのほとんどが地方へと左遷となり、他の人が名前を変えて王都貴族の爵位を継ぐことになった。
罪を逃れるため子供を差し出した貴族はシルス様がしばき倒し、親戚も引き取ってくれなかった身寄りの無い子供は各領で保護することになった。
養子にするか使用人見習いとして学ばせるかは自由。
そして私のところにも2人、侯爵家から兄妹が来た。一応年は近いがこちらの方が下だ。妹の方は4歳上で兄の方は7歳上だ。
養子にするか見習いにするか迷ったが、妹アリアはまだいなかった私付きの侍女に、兄ユリウスはエイ兄さまの侍従として学ぶことを希望し、私達はそれを受け入れた。尚、学園は中退したそう。醜聞に塗れた家ということで。
そしてその家が統治していた領はガーナメント家が統治することになった。王都貴族だったためこちらの別荘的な扱いだが私が学園に入る時に住む屋敷になるそうだ。
エイ兄さまは既に寮を出てそこにユリウスを連れて引っ越した。
エイ兄さまは「良い経験になる」と言って学園から帰ってきてから領主としての勉強に力を入れた。
今はエイ兄さまがここの領主になるのではと言われているくらいだ。結婚する気など無いようだが大丈夫だろうか。
尚、ここは一度男爵まで降爵していてエイ兄さまの功績によって最大で侯爵家まで上がれるようになる。
となると私が辺境伯を継ぐための勉強を始めなければならないわけで。剣術、乗馬、魔法など多少の心得はあるがいつになっても剣が上達しない。辺境伯を継ぐ者としてこれは由々しき問題だ。心なしか日に日にスパルタ度が増してる気がする。
腕立てした後に素振りしないといけないし広い屋敷の外周走った直後に手合わせだしその後また外周。正直キツい。が、最上位精霊のアフターケアが手厚いので翌日まで疲労を引きずったこともなければ筋肉痛になったこともない。
侍女見習いのアリアは先輩達に教えを乞い、料理や掃除など瞬く間に吸収していった。
「まあ、エリーゼちゃんのところは平和みたいだけど他は、特に左遷された家とかはまだ揉めてるよ。
田舎なんかにいたら王都のパーティーに出られないじゃないってご婦人方がご立腹。パーティーの何が良いんだろうね。愛する婚約者がいるって言っても側妃でも良いからって寄ってくる女の相手とかほんと疲れる」
シルス様にとって上位の王都貴族が減るのは喜ばしい結果になったようだ。ただ、苦い思い出が蘇ったらしく顔を顰めていた。
「もう1つ食べますか?」
私は小さいがチョコバナナパフェを作ってシルス様が食べ終わった皿と交換した。
「食べる」
と、それを食べ終わる頃にはシルス様の機嫌もすっかり回復したようだ。歌でも歌いそうな雰囲気。食べ盛り王子で良かった。
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(10歳)
・エリオット・ガーナメント(13歳)
・エルシー・ウォルフラン(13歳)
・レイ・ウォルフラン(13歳)
・パトリック・ウォルフラン(18歳)
・アクア・ウォルフラン(17歳)
・シルス・ウォルフラン(20歳)
・アンナ・ガイアス(20歳)
・マリー・エバネン(13歳)