6,兄と王子達は体育祭で活躍したようです(午前の部)1
体育祭。王立学園では5月末に行われる祭典だ。
学園には王侯貴族だけが通う貴族棟、平民や商家の者が通う一般棟というものがある。この2つの棟の中でずば抜けて高い魔力を持つ者だけが入れる魔法実習棟が新たに設立された。シルス殿下が勧めたそうだ。
「命が惜しければあいつらを離すことを勧めるよ」と。
それまでは魔法の実習は合同でやっていた。そんな時、パトリック殿下が剣に魔法を纏わせて訓練用のマネキンを粉々にしてしまったらしい。当然その場は阿鼻叫喚。剣術の訓練がある男はまだしも、強制されない温室育ちのお嬢様には少々刺激が強すぎたようで。
そこで出てきたのは王位継承権第一位のシルス殿下。「まだ少し年の離れた弟がいるんだよね。それで、彼らには婚約者がいるんだけどね――」と学園長を半分脅したらしい。
娘が怖がっていると、他の貴族達も賛同し、去年から魔法実習棟が設けられた。魔法実習棟に在籍しているのが貴族の場合、通常授業は貴族棟、実習授業は魔法実習棟で受ける。エイ兄さまや王子はここに在籍していて更に、最上位精霊と契約している私もここへの内定がほぼ決まっている。
「リーゼ、迎えに来たよ」
「エイ兄さま!」
迎えに来てくれたエイ兄さまの胸に飛び込んで名を呼ぶ。
「僕もいるけど」
その後ろからぬっと姿を現したのは拗ねた表情のエルシー。
「エイ兄さまだけかと思っていたから」
「兄とはいえ、他の男とくっつくのを見るのは好きではない」
そう言ったエルシーは私をエイ兄さまからひっぺがすと私の手を握り、馬車に向かった。
「嫉妬深い男は嫌われちゃうよ、エル」
「エリこそ、そろそろ妹離れした方が良いんじゃない?重度のシスコンはイタイよ」
「問題ない。リーゼはブラコンだからな」
私をそっちのけで火花を散らさないでほしい。
「エイ兄さまも、エルシーも、時間に遅れますよ。……高位貴族の美形在校生が子供1人挟んで口喧嘩して遅刻なんて面白すぎ」
「小声だけど聞こえてるよ、本音」
すかさずエイ兄さまの華麗なツッコミが入る。
「遅刻しないためにも、戻りますか」
カラカラとした乾いた音がガタガタ音を立て始めると、もう学園だ。学園の前だけ砂利道なの何とかなんないんかな。
「遅い」
馬車から降りてすぐ、正門前に仁王立ちしたレイ様(皆殿下呼びは嫌らしい)が威圧的に放つ。まだ13歳なのにすでに4つ上のアクア様の背を抜いている。
「ごめんってば」
エルシーとレイ様は肩を小突きあいながら門をくぐった。その後ろにエイ兄さまが続く。
「エリーゼちゃん、久しぶりだね」
「うげっ…」
この声は………やっぱりシルス様じゃん。
「全くもう、そんなに邪険にしないでよ。良い席取っておいたんだからさ。大好きなお兄ちゃんと婚約者がバトるところを一番近くで観戦できる最高のね」
「一生着いていきます」
自分ながら、華麗な手の平返しだと思うがシルス様はケラケラ笑って案内してくれた。
王族とその婚約者専用の席に入るとパトリック様、アクア様、シルス様の婚約者でガイアス公爵令嬢のアンナ様がいた。
「ん、ここ」
アクア様がちょんちょん、と自分とパトリック様の間の空間に手招きしたのでそちらに従う。シルス様は距離感がバグっているとはいえ、こんな時まで私にくっつくのは違うとわかっているようだ。アンナ様の隣に腰掛ける。
「ありがとうございます、アクア様、パトリック様」
「お前はエルの婚約者であり、俺達の妹でもある。当然だ」
パトリック様の大きな手で頭を撫でられる。
「リー、エルにしばかれても知らないよ。エリーゼちゃんにベタ惚れのエルとシスコンのエリに見つかったらどうなることか」
「俺は騎士だ。そこまで柔ではない。が、何かあればエリーゼが何とかしてくれるだろう」
清々しいほど他人任せだ。確かにあの2人なら私が御すのが一番かもしれないが。もう少し包めないものか。
「ねえ、アンナ」
「はい、どうしましたか?」
いつの間にか、バックハグされた状態のアンナ様が不思議そうに斜め上を見る。顔が美女って感じなのに首をコテンと傾げているので可愛く見える。可愛さ満点だ。
「アンナはエリとエルとレイだったら誰を応援してるの?」
エリはエイ兄さま、エルはエルシー、レイはレイ様。
「んー…。エリオット様、でしょうか」
「エリ?何で何で?」
「可愛い義妹のお兄様ですから」
皆聞いた!?可愛い義妹だって!平凡な容姿だった私もついに美女から可愛いと呼ばれる日が来たわ!……でも社交辞令という可能性も?いやいや、もしかしたらエイ兄さまのファン!?
「お前、突然どうしたんだ?」
「イエ、ナンデモ」
「そっかあ。エルは可哀想だね。レイとエリは同じチーム、多分エリーゼちゃんはエリを応援するでしょ?まあ、可哀想な弟は兄が応援してあげようか」
シルス様が戯けたような口調で言うと、アンナ様は可笑しそうに笑った。かわよき。
魔法の存在する王立学園の種目は全然違った。前世の小学校の運動会は玉入れとか綱引きとかだったけどこっちでは剣術とか魔法とかが多い。
前世と同じなのはチーム対抗リレーくらいだろうか。貴族棟、一般棟、魔法実習棟の生徒をごちゃ混ぜにしてバトる。エイ兄さま達は魔法実習棟チーム。魔法実習棟のクラスは1つしかないのでクジで決める。結果、エイ兄さまとレイ様が同じチームになり、エルシーだけ違うチームになった。
レイ様が同じチームにいると分かった瞬間、チームメイトから歓声が上がった。まあ、あの3人の中で一番運動できるのはレイ様だもんね。
エルシーのチームは下位貴族や平民が多い。他のチームからゴミを見るような目をされていたし、クスクスと嫌な笑い方をされていたがさほど気にしていないようだった。気にしたのは私だ。
「何あれ。上位貴族だか何だか知らないけど、エルシーに仇なす奴らなら全員消す」
「こわ」
「でも、エリーゼちゃんの言う通り、確かにあれは不快だねぇ。上位とはいえ所詮上でも公爵家。王族に向ける視線でも言葉でもないね。自分の行動が親とか家に迷惑をかけるって知らないようだ」
パトリック様は怖いと言いながらも怒りは感じているようだし、シルス様はあからさまに黒いオーラを出している。アクア様からは殺気が…。
「お前、相当エルのこと好きだよな」
「ゴフッ…!」
アクア様に横から言われて飲んでいた水を吹き出しそうになった。パトリック様は仕方なさそうに背中をさすってくれる。
コホン。確かに私はエルシーのことが好きです。毎日エルシー専用の3食作るくらいですので。羨ましいんですか?」
必殺、開き直り。
「え!?あの神のような食事をエルは毎日……!羨ましい!」
「わ、私も少し気になります!貴族の方は滅多に料理をしないので」
シルス様とアンナ様も同じことを言う。
「作って」
「はぁい」
結局、シルス様の圧に押されて私は定食屋になってしまった。今からメニューを考えなければ。キッチンは見られたくないのでブラインド結界を張ればいい。ヨルに張ってもらおう。
「あ、場所取りはシルス様にお任せしますね(訳 お前が言い出したんだから場所くらいそっちで用意しろや)」
ギリギリ不敬だがシルス様はこのくらいじゃ動じない。出会ってから4年。普通なら打ち首になるような言葉使いをしてきた。可愛い可愛いって言ってくれるから畏まった態度が嫌なのだろう。
人によってはブチギレるのでシルス様にギリギリ不敬発言をして良いのは外部だと妹枠の私とエルシーの友人のエイ兄さまくらいだろう。婚約者の方々はまず言葉使いが綺麗なので除外で。
「心の声漏れすぎ。まあ、エリーゼちゃんの料理を食べるためなら人気のない広い場所を取るよ」
そして私の料理のためなら何でもする。
「シルス、餌付けされてないか?」
「エリーゼちゃんなら大丈夫だから。アンナもマリーも多分気にいるよ」
マリーとはレイ様の婚約者の侯爵令嬢。そして今知った。シルス様は私にしか「ちゃん」呼びしない。私以外は全員名前呼び捨てか「嬢」呼びか。アンナ様は婚約者、マリー様はレイ様の婚約者だから特別な意味合いを込めて呼び捨て。
他は道端の石を見るような「嬢」呼び。長年、毎日のように一緒にいないとわからないくらいの表情変化だが、話しかけられる度にめっちゃ嫌そうにしている。
「おい、昼食のメニューを考えんのも良いけど、大好きなお兄ちゃんが出るぞ」
「はっ…!」
今回の登場人物
・エリーゼ・ガーナメント(10歳)
・エリオット・ガーナメント(13歳)
・エルシー・ウォルフラン(13歳)
・パトリック・ウォルフラン(18歳)
・アクア・ウォルフラン(17歳)
・シルス・ウォルフラン(20歳)
・アンナ・ガイアス(20歳)