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プロローグ

 オルレイン王国。

 無数に存在する小国の1つであるこの国で私……侯爵家筆頭でもあるハイデン家の長女シルヴィア・フォン・オルリック・ハイデンは生まれた。


 ハイデン家は代々将軍として国を守るものと国家運営の中枢を任されるものを数多く輩出してきた名家であり、亡き父もその1人だった。


 私が生まれる少し前、父がまだ青年であった頃は世が乱れていたこともあり、国境付近での小競り合いが絶えなかったらしい。多くの小国がこの戦乱で消滅していく中、オルレイン王国もいくつかある隣国の1つであり多くの小国を取り込んで大国に発展したヴィンガルス帝国とのいざこざが絶えなかった。


 度重なる小競り合い……オルレイン王国はこれに対抗するため、ヴィンガルス帝国から同じように攻撃を受けていた騎士国家であるセーベル王国と友好関係を築き、強力な防衛戦線を築き上げることを画策していた。


 この思惑はセーベル王国も同じ考えであったため速やかにことが進み、王国同士の共同戦線が着々と進んでいた。しかしこの動きを知った帝国は今までのような小規模の軍勢ではなく、大軍勢を南下させこの共同戦線に対し大攻勢を仕掛けることになる。


 これがのちに王国内で第一次ヴィンガルス戦役と呼ばれる多くの戦死者をだし、父の人生が大きく変わることになる戦争だった。


 ヴィンガルス帝国の大攻勢を幾度も防ぎきり、多くの将兵そしてヴィンガルス帝国の将軍を討ち取った父は第一次ヴィンガルス戦役後、お祖父様と同じ将軍職を賜り、さらには王家に尽くした一族の証として名前に‘オルリック’をつけ名乗ることを許された。


 第一次戦役後しばらくして父は学院に復学した後、そこで伯爵家の令嬢でもあり学友であった母と婚約をかわし卒業後すぐに2人は婚姻した。


 しかしその後すぐ国境付近から届けられた報告を受け父と母はしばらくの間、離れ離れとなる。それが第二次ヴィンガルス戦役であり、最も戦死者が少なく最も短い戦争だった。


 この戦争は帝国の大攻勢から始まったが、両王国の奮戦に業を煮やしたヴィンガルス帝国将軍にして武力に秀であらゆる国にその名を轟かしていた将軍の提案により帝国の大軍勢が見守る中、セーベル王国とオルレイン王国から武力に秀でた将軍を選別し、同じ数用意されたヴィンガルス帝国の将軍達と死ぬまで戦い続けるというものだった。この戦いで私の祖父そして父の友人たちは父以外全員討ち取られ、最後まで生き残ったのは父とセーベル王国の騎士団長のみであった。


 両王国はこの戦争後、ヴィンガルス帝国に対し会談する機会を設け長期間による話し合いの末、帝国からの少しばかりの賠償金と和平を結ぶことでこのたび起きた戦争の幕引きとした。


 父はこの戦争で利き腕に軽い障害と左目を失い以前のように前線での活躍は難しくなったが巨大な軍事国家である帝国を何度も撃退したことにより、父は‘王国の守護神’と呼ばれるようになり莫大な報酬を賜った。


 この戦争から少しして私は生まれ、そしてしばらくしてから王からの申し出により私と王太子殿下の婚約が決まったのだった。


 父と母は私に厳しく教育を施していた。

 雇い入れた教師達からの基本的な王太子教育を受けながら、母からは社交会でのマナーを叩き込まれ、父からは剣の手ほどきを受けていた。2人の教育は侍女達や執事達から見てもかなり厳しいものだったらしく、2人の教育が終わるとみんな私に内緒にお菓子をくれたり労いの言葉をかけてくれたりして優しくしてくれた。


 侍女達は私が家族のことを嫌わないかいつも心配しているようだったが、私は家族のことが大好きだった。鍛錬が終わった後に褒めてくれる父の大きな手、勉強を終えた後の母との談笑、そして家族で過ごすひとときが大好きだった。この頃の私は確かに幸せだった。


 だけどこの幸せも長くは続かなかった。


 私が9歳になり王太子妃教育を早期に終えた頃、私は経済学や法学について学び、社交会や王太子殿下と過ごしながら魔法を扱う訓練を自主的に行なっていた。初めは熱心な教師たちがついてくれていたが訓練を始めた数日後には父や母からこれ以上の教育は必要ないとされ、教師達は誰も来なくなってしまった。


 父や母からこれ以上必要ないと言われたけど魔法についてもっと知りたかった私は父と母には内緒で多くの本が収められている母の私室に入り、そこにあった魔導書を読みながらその中にか書かれた魔法や魔力鍛錬を行う日々を送っていた頃、その報せを受け取った。


 叔父上の邸宅に訪問していた父と母が乗っていた帰りの馬車が事故を起こし、2人とも死亡したというものだった。この話はすぐに多くの貴族達に伝わり、父と母を弔うために多くの参列者が集まった。


 王太子殿下や貴族達には心配をかけないように気丈に振る舞っていたが、1人きりになると2人がいない邸宅はとても静かで悲しみのあまり何度拭っても涙が止まらなかった。


 そんな時、彼らはやってきた。


 涙で目を腫らしながら眠りについていた私は、外から聞こえてくる侍女たちの焦ったような声と男の人の怒鳴り声で目を覚ます。ねむい目をこすりながら起き上がり窓の外に目をやると門の前に多くの馬車と荷物、そして使用人達を引き連れた身なりのいい中年男性が侍女や執事達に怒鳴りつけているのが目にはいった。


(あれは……)


「お嬢さま!大変です!今正門に──」


 その男性が誰か気づいた私は慌ただしく入ってきた侍女達の焦ったような叫び声を遮るように言葉を紡いだ。


「リシア」


「…!はい、お嬢さま」


「すぐに用意するから着替えを手伝って」


「かしこまりました」


 私は急いで身支度を整え、正門に向けて歩き出す。

 私の存在に気づいた侍女や中年男性は黙ると私の動向を伺うようにして私を見つめていた。


 私は中年男性から少し離れた位置で立ち止まると両手でドレスの裾を軽く持ち上げながら、片足を斜め後ろの内側に引き、もう一方の足の膝を軽く曲げながら、背筋が曲がらないように頭を下げる。


「お初にお目にかかります、叔父様。私はエルディス・フォン・オルリック・ハイデンの娘のシルヴィアと申します」


 私がそう挨拶すると叔父様は驚きながらも含みのある笑みをこぼしながら、満足そうに私に声をかけてきた。


「ほぅ。剣のことばかりしか興味がない兄上だと思っていたがいやいやどうして……美しいだけではなく教養もしっかりとしているじゃないか……これは母君の功績かな?」


「お褒めいただきありがとうございます。母上だけでなく父上からもたくさんのことを学ばせていただきました」


「ほぅ……それは興味深いな」


「それでその……叔父様、こんな朝早くに今日はどういったご用件でしょうか?まるで引っ越しでもされるかのような大荷物を持たれて……」


「あぁ、そうだったね。何……今日は大事な用があってきたんだよ」


 私がそう尋ねると叔父様は笑みを浮かべながら私にゆっくり近づいてくる。それを止めようとした侍女達に私は視線を向けると私の意図を察しったのか侍女達はその場に控えた。


 叔父はゆっくりとした足取りで私の前に立つと嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。


「今日からこの屋敷には私の家族が住むことになった。だからお前には別の所に住んでもらおうと考えているんだよ」


「な……何を言っておられるんですか!?」


 そう言った叔父様の言葉に真っ先に反応したのは私ではなく、私の後ろに控えていたリシアだった。


「ここはエルヴィス様の邸宅であり、シルヴィア様のお家でもあるんですよ!?それなのにどうしてシルヴィア様が追い出されなければならないんですか!?」


「リシア…少し落ち着いて」


 私はリシアのあまりの剣幕を諌めながらも内心困惑していた。確かに父の遺産ということであれば、法律上叔父上にも受け取る権利はあるけれどほとんどの遺産は私が引き継ぐことになり、邸宅に至っても叔父上に取り上げられるはずがない。そしてこの国の中枢で働いている叔父様がそれをわかっていないはずがなかった。


「勘違いするな。別のところといっても追い出すわけじゃない」


「え?」


「この家にある離れ……お前にはそこに住んでもらうつもりだよ」


「ど……どうしてでしょうか…?」


 私がそう尋ねると叔父上は、優しく私の肩に手を置いた。


「そう警戒するな……これはお前のためにも必要なことなんだよ」


「……必要?」


「そうだよ。ハイデン家はね…侯爵家の筆頭…つまりは侯爵家を束ねる存在だ。これは今まで私たちのご先祖さまや僕と君の父上の頑張りのおかげで築いたものだ。そして兄上もその築き上げた名声に恥じないだけの実績を築き上げた」


 そう言いながら叔父様はゆっくりと言葉を続けていき私の背後にまわる。


「でもその兄上も亡くなってしまった今誰がこのハイデン家を継ぐのか……頭のいい君のことだ。わかるだろう」


 そういうと叔父様は私の背後から私の両肩に手を置くと耳元で囁くように言葉を紡いた。


「そう君だ」


 その言葉を聞き、私の両肩に先ほどまで感じなかった重圧がのしかかる。父と母が死んだ今、ハイデン家を…そしてハイデン家がやってきた公務、領地管理など父と母がやってきた仕事を全部私1人でやらなければならない。


 そう考えると私は急に怖くなってしまう。

 私は父と母のやってきた仕事について具体的なことはなにも知らない。覗こうとしたことはあるが母上から嗜められたため、詳しく知ろうとしなかったしそもそも子供である私にその内容を教えても理解できるはずがなかった。


 私はなにも答えれず動揺を隠すため、無意識に手に付けた指輪に触れていた。この指輪は私が生まれた頃、父と母がある装飾技師に頼み込んで作ってもらった特別な魔法の指輪であり、家族の絆を感じれる私にとって命と同じくらい大事な指輪だった。


「そう心配しなくてもいい。そのために私がきたんだから」


 私はその言葉にハッとして叔父様の方に顔を向けた。叔父は私から顔を離しにっこりと微笑む。


「なにを隠そう私は兄上の仕事を手伝っていたからね。すぐにでも仕事に取り掛かれる。それにハイデン家が治めていた領地についての管理についても中枢の仕事で何度も目を通しているから問題ない。だから君はご両親がやっていた仕事について心配する必要はなにもないんだ」


 その言葉を聞いて私は内心ほっとしていた。しかしそれでもわからないことがあった。


「ですが……それでどうして叔父上がこの邸宅に住み、私が離れに住まなければいけないのでしょうか…?」


 そう尋ねると叔父上はやれやれといった感じに頭を振る。


「君たちの住む邸宅は元々ハイデン家の当主が住む邸宅なんだよ。そしてハイデン家の仕事は全てこの邸宅で執り行われているんだ。つまり私が君の代わりにハイデン家の仕事をするにはここに住まわなくてはならないんだよ」


「それでお嬢さまが離れに移り住まわないといけない理由はなんでしょうか?」


 リシアは心底嫌そうな眼差しを向けながら、叔父上に尋ねる。


「それは私からの配慮だよ。いきなり私と私の家族と暮らすとなってもシルヴィアが困るだろう?だから彼女には離れで自由に暮らしてもらいたいのさ」


「それならあなたがたが離れで暮らすべきではないでしょうか?」


 リシアが睨みつけながらそういうと叔父様の額がピクリと動き、笑顔を張り付けながら必死に怒りを抑えるように大きく息を吐いた。


「わかってないな。ハイデン家の仕事をしている人間が離れに住んでいては来賓されたお客様も戸惑ってしまうでしょう?だからこそ私が本邸に住むんですよ」


「なら来賓の方がこられた時だけ本邸に来られたらいいのでは?わざわざお嬢さまを離れに隔離する意味がわかりません。それに突然、前触れもなく来られた挙句こんな押しかけるような真似をされるなんて……失礼ですが()()()()()()()()()()にしては礼儀がなっていないのではないですか?」


「……黙って聞いていれば侍女風情が!」


 叔父様はそういうと怒りで顔を真っ赤にしながらその侍女に掴みかかろうとする。リシアは余裕の笑みで応戦しようとした。その時だった。


「わかりました。私は離れに移ります」


「…お、お嬢さま!?」


 その言葉を聞いた時、リシアは余裕の表情から一変し焦ったように私に駆け寄った。


「ハイデン家がただ1領だけを任されたならば私だけでもなんとかできたかもしれません。しかしハイデン家は国家中枢の仕事と王家直属領もになっており、細かな仕事を知らない私ではハイデン家の業務に大きな支障をきたします。父上と母上がいない今、業務を滞りなく行うためには叔父様の力が必要です。そのために叔父様が本邸を必要と言うのであれば構いません」


「……お嬢さまがそういうならば異論はございません」


 リシアはそういうと頭を下げながら1歩後ろに下がった。


「叔父様。彼女は私が生まれた頃からそばにいてくれている私の姉のような存在。どうか私に免じて彼女の無礼をお許しいただけませんか?」


 叔父様は頭を下げる私を見下しながら背を向け小さく舌打ちする。


「……まぁいい。ではこれからはよろしく、シルヴィア」


 それだけ言うと叔父様は荷解きの指示を始める。私とリシアを含めた次女達も急ぎ本邸に戻り、私が離れに移り住む準備を始めた。私は本邸に戻りながら、胸にあるモヤモヤとした気持ちを押し込めるように胸を押さえながら天を見上げた。


(これでいいはず……今は……これで)


 そう自分に言い聞かせながら、かぶりを振ると私は玄関の階段を登り始める。


 それが悲劇の幕開けだと気づかずに──

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