8話
ルオンはモニターに近づくと、小さく声を出す。そこに映されていたのは、ルオンの姿だが似て非なるものだ。
猫耳のないルオンが映し出され、後ろには無人の教室が映し出された。
「この魔法は改変率が百億分の一となる並行世界……に見える何かを映すことが出来る魔法だよ。中途半端なものだから映すだけで干渉とかは出来ないけど…まあ、単純に強いというよりかは狡い魔法って言ったらこういうのでしょ?」
ロンフェイはこそこそモニターから離れていく。ルオンに猫耳がないのは、彼が人である可能性を多分映しているのだろう。だからロンフェイがあれに映れば最悪人に擬態しない龍そのものでここにいる可能性が映り、ロンフェイの正体がバレてしまうと考えたのだろうか。
逆にアドラーとユングは近づいていくも、モニターの中のアドラーは横のルオンをちらりと見た瞬間鼻血を出して倒れ、ユングはそれを呆れながら見ていた。
「わぁーー!!ミアたんすごいすごい!これが並行世界のアドちんですかぁ?ルオン先生の顔の良さにやられて気絶してますねぇ〜!」
「ふぅん……、興味深いな」
そうしてわたしも何が映るのか見に行こうと、三人の前に出るようにモニターに向かう。
まず、横顔が映った。
……今よりも少し幼く、小さな体。
揺れる金色は同じだが、くるりと巻かれた髪は今のわたしとは違う。
1歩進むとわたしより小さめの乳と、黒を貴重にしたシックな服が映り、そして前を見ると……
「?!」
突然、画面にノイズが走る。
正面を向くと映るピンクの瞳に、ぱっちりと開かれた目。
それは間違いなくわたし、フランシミアのはずなのに……まるで全く別人のようだ。
「は……え、なに、なに?!」
慌ててモニターの四隅をぐるりと見渡そうとするわたしに対し、画面の中のわたしらしき何かはじっと正面を見つめ……、た所で、モニターがパリンと割れると同時に魔法が破壊された。
「……、持続できなくなったのか。やはり課題点は安定した魔力供給と維持だな」
ローウェンは淡々と話すものの、わたしは画面の中に映る並行世界らしきものの景色に気持ち悪さを覚えた。
アドラーは気絶してもアドラーだったし、ユングもユングだった。ルオンですら、猫耳がなくてもルオンだった。
じゃあ、わたしの画面に映った"わたし"は……一体誰?
わたしはフランシミア・アミュレットのはず。
金色の髪にピンク色の瞳のはずなのに、違う服を着て、違う体つきで、似ているけど違う顔をしていて……。
そうやって放心していると、ルオンはわたしに近寄り……そうして、わたしの手を取った。
「……、やはりお前は、僕の運命だ」
「……は?」
「素晴らしい物を見せてもらった。僕にとって最高の褒美だ……。受け取れ」
そうしてルオンはわたしの手のひらに何かを握らせる。
それを開くと……、アーティファクトのようなものがあった。
十字架の角を菱形で結んだような形で、穴には宇宙が映っている。
「それは"時栄演算の構築鍵"。これ自身を魔法発動の為の杖の代わりとして発動することが出来、次元魔法の効果を飛躍的に上昇させると同時に放つ無属性魔法に有属性魔法のように法則を後付けし魔法書に記すことや、魔法式を使ったアーティファクトの使用が可能になる。また、3日に一度だけ死亡した場合に蘇生する特殊な創造魔法が使用が出来、同じエネルギーストックで一日に一度魔力を安全に回復することが出来る。そして別のエネルギーストックで魔力を注ぐことで自身に降りかかる事象改変を無効化でき、このアーティファクトを持つものは……」
「あ、もういい、あとは見て確かめるから」
(え……一個のアーティファクトに何個の効果がある訳?ロストテクノロジーにしてはやりすぎでしょ……)
「……うわぁ」
ルオンの突然の行動に淡々と見ているユングとローウェン、鼻血を出して倒れるアドラー、そしてちょっと所ではないくらい引いた声を上げてるロンフェイ。
「重いねぇ、……"アレ"が」
「……重い?」
「太陽5兆個分くらい重いよ」
「…なんで銀河レベルの例え?」
さあね、なんてロンフェイはユングの言葉を逃す。
呪いの人形とも言われるわたしはちょっとそのあだ名を返上したくなってきた。ルオンとかいう男の方が、よっぽど呪い感があるからだ。
「そうか……まあいい」
わたしはルオンから貰ったそのアーティファクト…ネックレスになっている物をポケットに仕舞うと、席に戻って座った。
「……それでは授業をしよう。丁度僕のミアがみせてくれたような次元魔法を、僕は大変研究している立場にあるからな」
なるほど。ルオンが反応してたのは、ルオンもそういうタイプの魔法を考えていたからなのか。
これで突然パクリとか言い出したらどうしようかと思ったが、ルオンの行う授業は案外中身があって面白い気がした。が、ルオンの視線は一生こっちを見てるし、わたし以外指さない。まるでふたりで授業しているみたいだ。
「次元魔法に必要なのは天文学、数学的知識と理解だと言うが僕はそれよりも己の見え無いものを見ようとする力の方が重要だと考えている…」
それにしても教え上手だ。あの時わたしを煽り散らして遊んでいたカス野郎にはとても見えない。
他の次元魔法教師より上手く、管轄外の筈の聖魔法や降霊魔法、果てには機械を使った魔法など現代魔法にまで手を伸ばしている。
亜人だけの国に居たにしてはあまりにも知識が広く、他の国に居たにしては名が知られて居ない。
よく言えば不思議だし、悪く言えば不審な男だ。
亜人の国に居た貴族。
嫌、彼は猫に変身することも出来たし、彼の猫耳とあの尻尾は紛れもなく本物だ。
雷龍が人間のフリをしているロンフェイとかいう例外がいるが、種族特有の性質や変化できる部分まで真似出来るやつなど滅多におらず、もしルオンという男が特別なのだとしたらそれこそロンフェイのように余程高位に値するもの、いやそれ以上でなくてはならない。
ロンフェイは龍王の一個下のレベルのはずだから、ルオンがそれ以上とすると……それこそ亜人の始祖だとか、そもそも亜人でないとすれば土着信仰によって生まれた現人神だとか、もうそのくらいじゃないと。
だが…そんなもの、天文学的な確率でしか存在しない。それに、そんなやつがわざわざこんな学校の、一教師をしている意味など無い。
その崇高な力で統治すればいくらでもなるはずなのだから。
そう考えていればルオンの授業は終わり、挨拶をすると周りは分かりやすいだの面白いだのとルオンを持ち上げている声ばかり聞こえる。がしかし。
(わたしはあっち側だから同意できるけど…あいつ、変なところから魔法を見てるな)
教師といえば模範になるべき存在だ。本人の思想が如何様にあれど、基本的には平均の道を説き生徒達の適正に合わせて少し癖のあるものを指導する。
こんなものだと、暇つぶしに読んでいた本に書いてあった気がするし、ローウェンもこのタイプなはずなのだけれど……ルオンは、最初から癖のある道を正当なものとして説いている。
次元魔法は不明な部分が多くたしかに思想が絡んでくるのは否定しないが、それにしてもルオンは"偏りすぎ"だ。
スピリチュアルだとか、そういう類に手を出しているようなものの感じの。
わたしはふと思い返し、ルオンから貰ったアーティファクトを手に取る。
四方八方見ても不思議な魔力に包まれているそれは強い力に圧を放つまであるがわたしとはよく馴染んでいた。
むしろ、わたしが持つべきものであると言うくらいに。
「フランシミア」
ルオンの呼ぶ声に面を上げると、ルオンはいやらしく笑う。
「気に入っただろうか、その贈り物は」
「まあ…、小さいから使いやすそうだしいいね」
「身につけて携帯することが前提のアーティファクトだ、倉庫の肥やしになどしてくれるなよ」
なんて言いながらルオンは去っていくと、魔法携帯(二つ折りではなく板のようなもの)を取り出し、ユングが興奮気味に話す。
「おい、……どうやら、今この辺に"聖女様達"がいるらしいぞ」
「聖女…?」
「ミアたんは知らないん……、いや、知らなくて当たり前ですねぇ〜ミアたんが知ってたら、アドちん的には解釈違いってやつなので!」
アドラーが意味不明なことを言ってるのを右から左に聞き流しながら、ユングの言葉の続きを聞く。
彼は号外の街新聞をひとつ取りだしわたしにそれを見せた。
「風聞きの聖女リーン様と、光来の聖女ルビィ様だ。二人は世界各地を回って弱者には手を差し伸べ、争う国は調停し、更生の余地もない悪はその圧倒的な力で退治し解決してみせる、今トレンドの最強ペアなんだ」
その名前を聞いた瞬間ムカっと突然苛立ちが思い浮かぶ。
それを誤魔化すように目線を移すと、新聞に乗るのはその二人の姿だ。2人とも青い澄んだ瞳なのと対称に髪はそれぞれ銀と金。
年齢は18歳近くだとか書いてあって、二人とも複数属性の魔法を軽々と発動できる、奇跡のようなもの達だそう。
とくにリーンは人間でありながら全ての属性の、あらゆる魔法に適性を持つ魔法のスペシャリストで、ルビィは現人神で地に恵をもたらし、祈りを力に変え、地に蔓延る悪しきものを祓うことができると言う。
そんな二人の名前はルビィ・キルスト・シュナイデンと、リーン・ネプチューン・リオラ……
「ね、ネプチューン…?!」
二人は人間、つまりミドルネームは魔力色名だ。
魔力色名は小惑星などから決められ、太陽系の惑星の名前を持つものは500年に一人いればいい方なのだ。
そんな太陽系惑星ネプチューンの名を、リーンは持っている。
「凄いのはリーン様だけじゃない、元々ルビィ様の魔力色名はロミアだったんだけど現人神になってからはアレキサンドライト魔石での検査も変化して、ルビィ様は初めて人間でありながら惑星じゃない名前を与えられたんだ。それが聖教の神と同じキルストで……」
そこから始まるユングの語りは、最早アドラーレベルだ。
これを"キモオタ"だとかなんとかいって足蹴にしているアドラーはどう見ても足の踏みあいに過ぎないが、その先の話も興味はなくスルーする。
というのも、……わたしはそういう手合いが嫌いだからだ。
わたしにとって善行など偽善者のすること。悪を滅ぼす?聖なる力?そんなもの関係ない。
わたしはわたしがしたいことをする。他の奴らも、したいことをしたいようにする。それに善も悪もない。
それを邪魔する奴の味方にはならない。
なにより、なによりわたしは……。
(……ムカつく)
その名前を聞いただけで、八つ裂きにしてしまうくらい苛立ったからだ。