48話
「デウス・エクス・マキナの巫女……?」
フランシミアはルオンが発した固有名詞に一切の聞き覚えはなかった。
デウス・エクス・マキナといえば、"機械仕掛けの神"だ。
舞台や創作などに置いて、物語の中でどうしても解決困難な状況を絶対的な力を持つ神が登場し全て解決してしまう……いわばご都合主義の意味合い。
しかし、一切合切どうしてそんな言葉が。
「デウス・エクス・マキナの巫女は、超越魔法を操ることが出来る存在を示す。分かるな?」
「……デウス・エクス・マキナの巫女になって、超越魔法を手に入れろって事?」
「そうだ」
「そんなよく分からない力をやり方も分からないのに手に入れろとか言われてもさぁ……」
次から次へと飛び込んでくる情報の滝修行は頭をパンクさせる。
フランシミアは頭を抑え、もしかしたら彼は何かの病気なのかもしれないと思ったものの、ルオンには一切の乱れもなかった。
「やり方に検討は着いている。お前が望むならば、すぐにでもその体勢に入ることが出来るんだ」
「やり方って……?」
「僕にお前の時間を一年くれ」
「……はァ?!わたし中等生なんだけど?!」
教師である立場の男がいったい何を言っているんだとフランシミアはため息を着く。
一年くれなどそんなことを言って、超越魔法だかいう超常的な力をもたらすものが学校を行きながら手に入れられるようなものじゃないなんてフランシミアは分かっていた。
変な研究とか実験とか、そんなものに付き合わされるに決まってる。
「あぁ、分かっている。しかし一年だ。休学し一年経てばお前は超越魔法を手に入れた上で、学校に高等生として復帰することが出来る」
「……そんな都合のいい事がある訳?」
「ミア。僕は教師だ。学校においての権限を使い、そのような融通はいくらでも効かせることが出来る」
「う〜ん…中身次第、かなぁ……」
なんだかルオンに流されてる気がする……なんてフランシミアは思うも、それ以上疑うことはなかった。
ルオンの言葉の一つ一つが信用に値するもので、ルオンの言葉がなんだか透き通るように受け入れられて、中身が気になってしまう。
そうして包み込まれた手を解くことも出来ないままフランシミアはルオンの返事を待った。
「僕と共に世界を回ろう」
「世界を?」
「そうだ。超越魔法を手に入れるためのピースは、世界中に散りばめられている。そこに赴いて集めれば、お前はデウス・エクス・マキナの巫女として完成するんだ。超越魔法があればどんな事でも成し遂げられる。お前の望みは全て叶う」
「……旅、……ってこと……かな…?」
ぼんやりとした頭でフランシミアは少し前アドラーに旅がしたいなんて言ったよな、と思い出す。
ルオンが嬉しそうに微笑んでいる姿に、彼女はルオンとの旅か、なんて思いながら中身を想像した。
きっと金銭的にも能力的にも困ることは無いだろう。強いて言えばルオン本人の人格だ。
そこに変なスイッチが入って暴走してしまえばフランシミアはどうすることも出来ない。
と言ってもだ。
フランシミアはアドラーから次元魔法クラスへの移転も提案されていた。
そんな中で、一年休んで世界中を回ることを誘われたのだ。
いまのフランシミアは直近の進路があまりにも広い。
どうすればいいのか、この場で決めるにはどれもこれも大きなものだ。
「……考えさせて」
「分かった」
嫌に聞き分けが良いルオンは良い返事を期待している、と声をあげればフランシミアから離れ、そのままスタスタと消えていく。
ルオンはずっと微笑んでおり、断られる可能性があるかもしれないと言うのに彼は動揺の欠片もなかった。
「……はぁ……」
フランシミアは魔法具で共に帰る予定だったフォルフォニアに"やっぱ予定が出来たから一人で帰って"とメッセージを送りながら、頭の中をフル回転させどうにか整理しようとする。
フランシミアに示された道は三つだ。
一つ、アドラーの言葉に乗って次元魔法クラスに移転する道。
アドラーは次元魔法クラスに一人しか居ないことを懸念しており、フランシミアに次元魔法クラスに移ることを提案した。そして、その見返りにどの進路に向かっても絶対に上手くいくようにサポートすると。
彼女の言葉に従えば先に置いて金と権力に困ることはない。逆に言えばアドラーとは一生離れられない仲になるということだが、嫌ならばフランシミア自身の力で自立することが出来る。
二つ、ルオンの言葉に乗って一年間旅に出て、デウス・エクス・マキナの巫女とやらになること。
ルオンは超越魔法とやらをフランシミアが手に入れられる素質があると言った。彼に従って一年間休学して旅をして成功した暁にはフランシミアはこの世界の神と同等の、もしくはそれ以上の力を得る。
問題は本当に超越魔法というのが存在するのかということと、一年間休学して失敗した場合の損失が大きいこと。一年遅れて学校に行き、一年遅れて就職なりなんなりする。
ルオンはアドラーのような明確な後ろ盾がないから、彼のどうにでもなるが本当にどうにでもなるかは不明だ。
そして三つは、ルオンの意見もアドラーの意見も聞かないこと。
創造魔法クラスに入って卒業し、彼女の選びたい道に行く。
わざわざ迷うことでもないのかもしれない。
フランシミアの人生は誰かに従うことを嫌う。
それを孤独な一匹狼というか、自由奔放な放浪者というかは人の自由だが、彼女はいつも三つ目の道を選ぶことが多かった。
しかし、彼女が今こんなに迷っているのは、少なくとも前者ふたつの方が長期的に見ればメリットがあるということだ。
フランシミアは我が強いのと同じくらい面倒臭がりだ。
社会人としての素質は皆無で、堕落できるならできる分だけ良いと思っている。
自分の好きなことを好きな時にやる人生が彼女の最良だ。
そしてルオンの道もアドラーの道も、最終的に成功すればフランシミアは自由を手に入れることが出来る。
ルオンは成功するかは分からないが大きく、アドラーは成功することが確定しているそれなりの自由。
「ギャンブルって事…」
フランシミアは三人に連絡を送った。
三人とは、つまりユング、アドラー、ロンフェイの事だ。
各々帰って自宅にいるのかまだどこかにさ迷っているのか分からないが呼び出した彼らは、フランシミアのファミレスに来いと言う言葉に、皆は用事がなかったのか同意し集まることが決定したあとフランシミアはため息をついた。
自分の選択を他人の感情に委ねるのは好きでは無いが、自分の考えだけではどうしようもない時は他人の意見を聞いた上で自分の意見を固めるべきだ。
こんなものに参考にできる論理や法則などない以上、フランシミアは自分の頭で自分の進むべき道を組むしかない。
呼び出したのは学校のそれなり近くにある大きなファミリーレストランだ。
おやつ時だからか家族連れより学生の方が多く、聖フェイリス学園の生徒もポツポツと見える。
先に入りテーブル席を示し、フランシミアはソファ席に座ると外をぼんやりと眺める。
彼女は学校に通って家に帰って当たり前のように食事をとって人を殺して眠って、そんな風に彼女の思う一般人として生きてきた。
しかし、それは普通の人に馴染もうとしただけの事だ。本当は普通の人なんかじゃないと自身でよく分かっていた。
フランシミアとフォルフォニアは自分たちがどうやって生まれて、どこから来たのか分からない。
本当は何者なのか。アミュレット家の仮初の双子として生きていても、本来の自分はどんな苗字でどんな親がいて、どんな生き方をしていたのか。
戸籍も偽りで、当たり前のように本当の親がいて愛されて普通に過ごすユングやアドラー達が、フランシミアは自分とは違う世界の人間だと考えることがあった。
人を殺すことを楽しむことがおかしいと分からないフランシミアですら、自分の存在の作られ方はおかしいことがわかった。
(もし、超越魔法が手に入ればなんでも出来るってルオンは言ったよね…)
なんでも出来るなら、隠された自分の正体も分かるのだろうかとフランシミアは欲望がじんわりと湧き出る。
しかし頭をブンブンと振って、まだ狭い視野でみているだけの段階で決めてはいけないと振り切った。
もう少しきちんと考えてから向き合うべきだ。
それよりも、今はどうやって適切に説明するかを……そう考えていると、フランシミアに声がかかる。
「ミアちん」
「うわぁっ?!」
いつの間にか、フランシミアの目の前にはロンフェイがいた。
「ふふ、ミアちん俺と契約してること忘れてた?全部お見通しなんだからね」
「……じゃあ、分かってるってこと?」
「あー……うん、ルオン様に誘われたこと、でしょ?」
ロンフェイは困ったように笑った。
ロンフェイの本心は、当然ノーだ。
ルオンという男はフランシミアが思っているよりもずっと危険で、そんな男と旅なんてありえないと考えた。
いつフランシミアの純潔が乱されて、命の危機に陥るか分からない。
彼にとって人間などゴミ同然の存在だ。
死んでいても生きていてもどうだって良くて耳に障るなら叩き潰す。
三千年と生きたロンフェイは、ルオンが地上に出て人と関わっていた時期も知っていれば、存在を消すように裏の世界に閉じこもり続けた時期も知っている。
人を毛嫌いし見てくれが好みな子供を都合のいい穴扱いするあのルオンが、まともに一人の女を好くことなど彼にとってのエラーに等しい。
そんな未知数かつ異常な感情の中心にいるフランシミアが彼の機嫌を損ねればこの世界の存亡すら怪しいレベルなのに。
「俺はさ……その、ミアちんが選ぶって言うのはわかってるけど……」
しかしロンフェイは察している。フランシミアは「行くな」と言って行かないように出来る人間などでは無いと。
普段「殺すな」と言っているのは、「別の人を殺せ」と言っているだけだから。
だから、彼女を納得させるには同じ欲求を満たすに値する案をあげないといけない。
でも、ルオンのした提案に対して同等の価値を持つ提案は思いつかない。
ロンフェイは超越魔法とやらに一切の興味もなければ理解もない。
フランシミアが少し好奇心を持っているそれに対して、有効な手を打つことは出来ない。
だからこそ。
「ミアちんが行きたくないなら行きたくないでいいと思うし、行きたいなら……俺も、着いてくよ」
「……ロンフェイが?」
「そうだよ。学校だってこうやって一緒にいるんだから旅だってついていくに決まってるでしょ?ミアちんの居ない学校なんか意味無いから」
教科書にも載ってる雷龍ロンフェイとあろうものが、三千年以上生きているというのに恥もなく中等生のフリをして制服を着てまでフランシミアについて来ているのは相当な事だろう。
そこまでついてくるロンフェイが学校休んで旅に行きますと言って大人しく見送るわけが無い。
これは必然のことだ。
「まあ、好きにすれば?」
公式上、フランシミアはロンフェイとバディだ。
彼と二人で出す魔法だってあるし、ロンフェイから力を借りてフランシミアを強化することもある。
フランシミアは"むしろ居ない方が可笑しいな"と結論付け、ユングとアドラーが来るのを待ちながらメニューを眺めた。
フランシミアは家に帰ったら、一応だが食事もある。
それゆえ軽食程度に抑えなければと思いつつフランシミアの目はしっかりステーキだのピザだのに向いていた。
「あぁ〜ロンフェイ…食べ物をさっさと消化する魔法とかってないの……?」
「あるけどさ、食いたきゃ食えばいいじゃん。どうせミアちん好き嫌い多くて残すんだし」
「だって家の食事はオーガニックとか何とか言って薄いんだもん……普通に食べてるニア頭おかしいよ」
「俺が子供の時は道端にある草とか普通に食ってたけどなぁ」
「龍基準で物語らないで」
フランシミアは迷った末ドリンクバーとハンバーガーを頼むとロンフェイの顔をじっと見る。
ルオンと比べれば単純な美では叶わないが、ロンフェイも顔が整っているのは事実だ。
オマケにルオンは目の下に隈があって、ロンフェイはそれが無いものだから目元から鬱屈な印象は感じない。
フランシミアはロンフェイも顔がいいんだよな、なんて心の中で呟くとまた外を見た。
ユングとアドラーが来たらどういう風にこの突拍子もない話を説明しようか。
そう考えながら、窓の外に広がる当たり前の町の景色にため息をついたのだった。




